戦乱の聖王 悲願の天獣6

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「戦乱の聖王 悲願の天獣」6 「女性の戦場」  その社は、海の中に聳えるらしい。  とてつもなく、美しい社であると言う。  絢爛豪華と言う言葉が、似合わぬ社が多い世界で、その社は珍しく、絢爛豪華と言う言葉が似合った。  そして、その絢爛豪華さを、喜ぶ方が祀られているのだと言う。  強く美しい女神であるそうだ。  戦う事もある強き女神であるために、必勝祈願などに訪れる者も多くいる。3姉妹の女神が祀られていて、中央に鎮座するのは最も有名で、人々から愛される、一番上の姉の女神様であった。  実はこの女神様、男女で参拝をすると、別れさせる事があるのだと言う。  だから、女神様が嫉妬をしているのだ、などと誤解をする者もいるのだが……しかし、神は人に嫉妬などしない。  犬が他の犬と仲良くしていて、猫が他の猫と仲良くしていて、人がそれに嫉妬をするか、と言う話である。人が犬や猫に嫉妬をしないように、神も人に嫉妬などしないのである。次元の違うご存在なのだ。  では、何故別れさせるのかと言うと……この女神様はまさに「女性の味方」であり、この女性に相応しくない男だと判断された時、その男との縁を切るのだと言う。だから、見定めたい相手と共に参拝をするのが良いと言うし、女神様のお墨付きをもらいたいと言って、この女神様の元で結婚式をあげる男女も、実は多かった。  この女神様、先程言ったように「女性の味方」なので、女性の参拝をとても喜んでくださる。  しっかりと化粧をし、華やかに着飾って参拝をする方が、喜ばれると言われていた。  そして……その、華やかな参拝客を喜ぶ女神だからこそ、社を絢爛豪華にする事もまた、喜んでくださるのだと言う。  シャンルメは噂を聞き、そのお社に、いつかは行きたいと思っていた。  その海に聳える豪華な社には、出来れば女性同士で行きたいな。などと考えていたのである。  その社にほど近い土地に、攻め込む事になった。  モトーリ家のオオクナリと言う男。  老獪と言う言葉の似合う、倒せる者はいない、などと言われた謀略家。  その男と戦うのである。  ショークが領土を広げて行った事で、ついに、この強敵とぶつかった。  ギンミノウと張る程の、領土の広さを持つ国。  そんな国はこの世界に、この国の他には無い。  オオクナリは強いて言うならば、シャンルメの父であるイザシュウに近い。ショークほどの成り上がり者な訳では無いが、まさかここまで大きな勢力になり、巨大な国を統治するとはと、驚かれた男である。  大変な手腕の持ち主であり、自身だけで無く、モトーリ家と言う、一族による統治を試みている。  モトーリ家は「鏡を使う」一族なのだと聞く。その鏡で、どのような戦法を使うのかは、詳しくは分からない。だが、契約を結んでいるのは、鏡の神だけでは無いようだ。  オオクナリが鏡の神と契約を結び、そして、子息達もそれぞれ、他の神と契約を結んでいる。  そして、一族の全ての者が、鏡による恩恵を受けている。どうやら、そのような事らしい。  そして、実は多くの者が、この戦いを固唾を飲んで見守っていた。何故なら、ショーコーハバリは百戦錬磨。戦で負けた事が無い。  そうして、オオクナリも謀略の塊のような男。  戦で負けた事が無いのである。  さて。この両者が戦えば、どうなるのか。  そのように、人々は固唾を飲んだ。  その敵に攻め込む。その敵と戦う。  そう言われた時に……  シャンルメは、自分の復帰戦は、この戦しかあるまいと思った。  チュウチャは5歳になっていた。  あと3ヶ月で6つになる。  6つになるまで、戦に赴かないつもりでいたのだが、この強敵と戦うのなら、話は別だ。  政治向きの事には奮闘していたが、今まで戦を共にしない事を、こんなに待ってくれていて、本当にありがとう。そう、シャンルメはショークに頭を下げた。  そして、勿論その戦が無事に終えたらでいいから、その、女神様の社に、シオジョウとトヨウキツと3人で行かせてくれないか、と頼んだのである。  万が一、シャンルメと共にその女神の元を尋ねたら、女神は自分を別れさせようとするだろう。  実は、ショークはそう思っていた。  正直に言えば、女神など恐れてはいない。  女神であろうとも、偉大な神であろうとも、自分とシャンルメの縁を切る事など、出来ぬと思っている。  しかし、相応しくない男だと判断され、2人を別れさせるために、運命がおかしな動きをしたら、それは厄介だ。そんな厄介は避けておくべきだ。  だから、一緒に参拝に行きたいと言われたら、どう断るものかと考えていたのである。  そんな事は勿論、シャンルメは知らない。  知らないが、共に行きたいと言われなくて、ショークは内心、安堵したのである。  女性の味方の女神様だから、女性同士で行きたい。  その言葉に彼は「行って来い」と笑みを浮かべた。  ともあれ。ついに南の土地にまで勢力を広げるべく、モトーリ家のオオクナリと戦う事になったのである。  戦に行く事になったと言う話を、シャンルメはチュウチャにした。  母は戦場で、戦わなければならない。  戦の間は、傍にいられなくなる。  もしかしたら、生きて帰って来れないかも知れない。それも、覚悟をして欲しい。  そう言ったのだが、それを5歳の子供に納得してもらおうなどと、無理な話だった。  おまけに、シオジョウもトヨウキツも戦に連れて行く。3人の母が全員いなくなる。もちろん父もだ。 「絶対に嫌だ!絶対に嫌だ!」  そう言って、チュウチャは泣いた。 「チュウチャも行く!母上と行く!戦場に行く!」  と言うのである。 「だけど……戦場になんて連れて行ったら、万が一、戦に巻き込まれて、チュウチャにもしもの事があったら……」  そう言ったのだが、絶対に付いて行くと言ってチュウチャは聞かない。  そのうちショークが 「連れて行け」  と言い出した。 「そなたが生きて帰らぬ事を考えたらな。連れて行ってやった方が良いと思う。チュウチャに万が一が起きる時は、俺とそなたも生きていないかも知れぬ。後悔と言う奴は、行動を止められた時の方が大きい」  そう言われシャンルメは 「絶対に危険の無いように。常にトヨウキツの母上と一緒に、母上と父上の帰りを待っているんだよ」  と、チュウチャに言った。 「うん!」  と言って、チュウチャは笑みを浮かべる。  やがて、チュウチャが戦に行く事を知ったイツメが 「わたしも行きたい」  と言い出した。 「わたしも、戦う父上と兄様をお側で見守りたい」  などと言うのである。 「イツメが一緒に行ったら、嬉しい!」  とチュウチャは喜ぶ。 「うむ。戦に子供を連れて行くなど、非常識とは思うが。どちらも俺の子だ。好きにさせてやれ」  そのショークの鶴の一声で、2人は戦に連れて行かれる事になったのである。 オオクナリはその一族を大きく巨大なものとし、その領土を広げ、国を大変豊かな国とした。  すでに70を過ぎている老人である彼は、10代で初陣を戦って以来、ほとんど休む事など無く、常に戦い続けている人生であった。  彼は、己の息子や孫を使い、自身だけで無く、一族による統治を試みたが……だが、自身の息子や娘、孫達を、けっして信じてはいなかった。  血の繋がりがあるからと言って、全てが信じられる訳では無い。まだ若かりし頃、自らを守るために、弟達と戦い、殺さねばならなくなった。その時の事が、彼には堪えていた。  まして、自分に忠誠を誓う、部下達を信じなかった。自分が守り、自分を慕う民達も信じなかった。  だが、この全く信じていない者達を、彼は深く深く愛したのだ。  誰も信じぬ。心からは信じぬ。  だが、それでも彼らを大切にした。  己の子孫達の繁栄を願うからこそ、一族を巨大なものとして、民達の暮らしを思うからこそ領土を広げ、善政を行ったのである。  そして、何も誰も信じぬオオクナリが、心から信じている存在がある。  神仏である。  神仏を信じ、神仏を恐れた。  神と仏を心から信じるからこそ、彼は不必要な殺戮をけっしてしなかった。  時には、降伏をして来た者を殺すような非道な事もしたが、それでも、出来る限りの者は、殺さずにいたいと心から願っていたのである。  信仰心と疑り深さ。  それが、彼をショークの百戦錬磨とは違う、誰にも倒せぬと言われた、偉大でとてつもなく恐ろしい存在へと導いたのである。  そう、その強敵と、ついに戦う事になったのだ。  敵は海を戦場とし、そして、空を戦場とする者達である。ショークは実は今までは、あまり船では戦った事が無い。全くない訳では無いのだが、水軍のような物は、今まで、しっかりと持った事は無かった。  この敵に乗り込む前に、むろん、頑丈で沈まぬ船を多く、財を使い作らせ、そして、自身と自身の精鋭達も、荒波の海に幾度も繰り出し、それを慣れさせた。  シャンルメもそれを慣らすために、幾度か海に共に出たのだが、彼女は船酔いをした。  真っ青になりしゃがみ込む彼女に、海での戦いは任せておけと、彼は笑った。  そのため、多くの船に囲まれたその戦いには、ショークとその精鋭達が向かって行った。  しかし、相手はそもそも船を戦場とする者達。 予想はしていたが、その船の数が桁違いに多い。  倍近くの船に、彼らは囲まれた。  ショークは海を泳ぐ恐竜……水竜と名付けたそれにより、船を攻撃させた。  とにかく巨大な、船にも見劣りのしない大きさの、海から出現する竜の姿に、人々は驚いた。  モトーリ家のオオクナリには、鏡の神以外も契約をしていて、水を操るのだと言う噂がある。奴は自身が鏡以外、何の神と契約をしているかを秘密にしている男である。だが、戦った者達は皆、水や氷を操るのを、海上での戦いで感じるのだと言う。  そして、オオクナリ以外の息子に、同じく水の神の能力を操る者がいると言う。  水軍を指揮させるのは、その息子である筈だ。  海を荒らさせる事も静かにする事も、可能なのだろう。だが、大きな海の竜による、攻撃は避けられまい。そう思い、その竜を使った。  水竜は次々に敵の船をひっくり返し、人々を海の底に沈めて行った。すると、なんとショークを乗せた船にだけ、物凄い勢いで雨雲が雨を降らせて来た。  やはり。これが水の能力と言うやつか。  ショーク達は激しい嵐に遭い、立つ事すら困難になった。すると、自身の側にいた精鋭の1人が 「(くう)の神!」  と叫び、ショークと彼ら数人が宙に浮いた。  激しい豪雨の中、その雨を受けながら、彼らは僅かに宙に浮いたのだ。  ショークにニヤリと笑んだ。  この豪雨に気を取られ、敵は俺達が僅かに宙に浮いている事に、気付いていない、と。  ショークは闇の刃を用い、微かに宙に浮きながら、相手を船ごと傷つける。やがて、空の神の力を使う、自身の精鋭に近づき 「海の上に行けるか」  と小声で聞いた。 「宙に浮いたまま、ですね。行けます」  そう答えた彼と共に僅かに浮かんだまま、まるで、その豪雨のために外に落ちたかのように演出し、海の上へと行った。  誤解をして、敵は歓声をあげた。  その隙にそっと、その手を海に触れる。  ショークはジッと目を閉じ 「海底から導き、闇の波動!!」  と叫んだ。  次々に敵の船は、闇の波動を受け、粉々に砕かれ、海の藻屑と消えていく。  その船を指揮する大将である、キッカトハルは1つだけ残された船の上にいた。  いや、実を言うと、鏡を使った影武者とも言うべき幻が、他に13体いたのだが、どれも海の底に消えていたのだ。  多くの者が彼を守ろうと盾になり、後ろに庇うのを見て、ショークはその男が大将だと悟った。 「闇の刃!!」  刃を向けられたキッカトハルは、庇っていた人々ごと、黒き剣のような物に切り刻まれた……かのように見えた。  幻だったのだ。彼は瞬時にして消えてしまった。  モトーリ家には代々伝わる2つの鏡がある。  その鏡で軍隊の大将となる者を挟む。  すると敵にも味方にも本人としか見えぬ、幻の姿が14体も出現するのである。  そして、敵を欺くには、まず味方から。  味方の兵士達は14体のうちの、どれが大将なのかを知らぬのである。  キッカトハルはショークを侮ってはいなかった。最も逃げやすい船にいた15体のうちの1人。それが彼だったのだ。  当然もうすでに、彼の姿はこの戦場には無かったのである。  ほとんどの船を海底に沈め、僅かな船だけ逃げられ、ショークは船を止め、海岸へと戻った。  そして、先ほどの空の神の能力を使いし精鋭に礼を言った。すると 「お役に立てた事、本当に嬉しい」  と、彼は涙を浮かべて言った。  実は、貴方は誰よりも強く、自身だけでいくらでも敵を倒せる人だから、精鋭などと呼ばれていても、俺達は必要とされていないのでは無いかと、時に思い悩む時があった。ジョードガンサンギャとの戦いで、貴方を守り死んで行った精鋭達を、羨ましく思う時があった程だ。と彼は言った。  そうだったのか。 そのような思いを部下達にさせていた事。俺は気付かなかった。  精鋭達をもっともっと頼り、もっともっと活躍させてやらねばならぬ。  彼はそんな風に胸に誓った。 鳥の神と言う事だ。  鳥達に紐をつけ、それにより自由に空中を飛ぶ部隊。  その部隊とシャンルメは戦った。  情けないが、自分は船酔いをしてしまう。  船での戦いはショークに任せていた。  モトーリ家のオオクナリの孫。テルミナカタとの戦いであった。  モトーリ家はモトーリ家と呼ばれているにも関わらず、多くのオオクナリの子供達は、その姓がモトーリでは無い。様々な姓を名乗っている。  領土を広げ、広く領土を統治するために、子供達の半数以上を養子に出しているのである。  その中で孫であるテルミナカタは、テルミナカタ・モトーリ。すなわち、正真正銘オオクナリの跡継ぎと言われた男なのである。  空を飛んでいるテルミナカタを倒さねばならない。  彼らの部隊に近づこうと、シャンルメが翼で空を飛ぶと、鏡で光を反射し、刺すような攻撃を飛んで来た。  モトーリ家は、鏡の神との契約を結んでいる。  当たると弓で射られたような傷を負い、傷を負わずとも、眩しさに飛んでいる事が困難となる。  シャンルメの風の翼はバランスを失い、微かに落ちそうになり、何とか立て直した。  何とか立て直したところに、光の弓のような攻撃が飛んで来て、彼女は肩に傷を負った。 「空を飛んでいる時に攻撃を受けたら危ない!ひとまずお引きください!」  そうシオジョウの声が、脳裏に届く。  かつて、ヤツカミモトとの戦いの時、身近にいすぎたためか、シャンルメとシオジョウは互いの声が届く、儀式をすましていなかった。そのために、あの戦いは苦戦をしたのである。 その戦いの後、当然2人は、お互いの心の声がいつでも届くようにしていたのだ。  その彼女の声が脳裏に届き、シャンルメは地上へと降りた。地上に降り、すぐさまシオジョウの元へと向かった。  シオジョウはそこにいるジュウギョクに 「ジュウギョク、空中に向かい影を作るのは出来ますか?」  と聞いた。ジュウギョクが出来ると答えると 「広く広く、鳥達の多くを影に入れてください。そして、眠らせます」  そう言われたジュウギョクは、多くの鳥達を眠らせ、落下させた。  半数以上の鳥と人が、地上に落ちた。  半数どころではない、多くの者達が落ちて来た。  亡くなった者も、傷を負い、うずくまる者もいた。  だが未だ、空にいる者もいる。  敵があまりにも広範囲にいたためである。  彼らも落下させよう。ジュウギョクはそう思い、影を空中に出現させた。  すると、鳥を眠らされ落下させられる時に、テルミナカタが鏡で照らし、影を無くさせる。  そして、ジュウギョクに向かい、光の矢を射た。  胸に深い傷を負い、ジュウギョクは引かざるを得なくなってしまった。  しかし、 「部隊の大部分を戦闘不能に出来た。お前のおかげだ。ありがとう、ジュウギョク」  と、シャンルメはしかとジュウギョクの手を握り 「ナガナヒコの治療を受けてくれ。頼む」  と言った。  海での戦闘を終えたショークがやって来た。 「空での戦いか。分かった、俺が出よう」  と言って、 「歴史の闇に葬られし者、翼竜召喚!」  と叫び、何と12頭もの翼竜を召喚した。  そして、先ほどの精鋭の男に 「お前は放り出されても、空の神で飛べるな。どうだ、乗ってみる気はないか」  と笑って聞いた。  男は目を輝かせ 「是非!」  と答える。 「他に、こいつらを操る自信のある者はいるか」  そう聞かれ、10人の者が固い決意を込めて瞳で、手をあげた。  ショーク達は翼竜に乗って出る。  ショークを先頭に12頭の翼竜が空を飛ぶ。 そして、闇の刃を次々に向けた。  光の攻撃をテルミナカタは向けたが、ショークは自身の頭上に黒い渦を出現させた。 「黒き穴!跳ね返し!」  そう叫ぶと、何と矢のような光の攻撃が、相手へと跳ね返る。まさか闇の力を使う自分が、光の攻撃を跳ね返せるなど、驚きであろうとショークは思った。  そして、跳ね返るその様を見て、その攻撃がどこから来ているのかを、彼は察した。  あの鏡か。分かった。闇の刃で鏡を粉々に壊す。  すると、鏡が壊れた途端、そこにいた4体のテルミナカタの幻が消えた。  そうか……鏡による幻なので、鏡が消えたら、消え失せるのか。  それならば先ほどの大将も、鏡を壊していたのなら、本体を狙い、倒せたやも知れぬ。 自身も、自身の精鋭達も、次々に敵を地上から落とし、その命を奪った。  なすすべも無いテルミナカタは 「お逃げください、早く!」  と言われ、強い強い光を放った。  光で攻撃し、目くらまししている隙に逃げたのだ。  彼らにとっては、テルミナカタ以外、数名の従者を残し、空の部隊が絶滅する程の惨敗となった。  傷ついている人々を見て、イツメは涙を流した。  僅かではあるが、シャンルメも傷を負って帰って来たから、なおさらである。 「兄様、兄様、大丈夫?」  と泣くイツメに、 「わたしは大丈夫だ」  そう、頭を撫でた。  チュウチャよりも、イツメの方が良く泣いた。  チュウチャは母を思い心配していても、気丈にもあまり泣かなかった。 「チュウチャがいるのは戦場だから」  なんと5歳の子供が、そう言ったのだ。  シャンルメは心底驚いた。  そんな気丈なチュウチャが、取り乱した事がある。そう、ジュウギョクが胸を打たれて、大怪我を負い、運ばれて来た時である。 「ジュウギョク、ジュウギョク、大丈夫?」  と言って、必死にこらえながらも、こらえきれず涙を浮かべ、本当に心配していた。  シャンルメは、やはり我が子はジュウギョクの事を、少し特別な感情で好きなのかも知れない、と思い……そう言えば、誰が誰を好きだと言うような事が、全く分からない人だと、言われる事があるのに……  我が子の思いにだけ気付くのは、わたしが親である証なのだろうか。  そんな風にシャンルメは思った。  負傷者は次々に陣営に運ばれた。  腕を失ったり、怪我を負っている人々の姿にイツメは涙を流し、なんと、その人達に近づいて行った。  行かせまいとするシャンルメを、なんとナガナヒコが止めた。 「霊圧で分かります。あの子は幼いからまだ声は聞こえない。でも、姉君やわたしと同じ、治癒の能力者になるだろう、治癒の神に愛される子供です」  その言葉を聞き、この戦場に来た事を、あの子達にとって、きっと意味のあるものとしよう。そうシャンルメは思った。  シャンルメは兵士達の治療を、なんとイツメに手伝わせた。人々に食料を届ける事もさせた。  わたしも手伝う。そう言ってチュウチャもついて行った。  2人の愛らしい幼子の姿に、傷ついた人々は心底癒されていた。  夜になると、ショークは夜襲をかけに出かける。  ショークが夜襲をかける中、明日に備え、そなたは寝ていろとシャンルメは言われた。夜の間、多くの者が寝ずの番をして、シャンルメと子供達を守った。  イツメは眠る時 「兄様と寝たい」  と言って、シャンルメに抱き着いた。  するとチュウチャが 「チュウチャも母上と」  と言って、2人の子供に挟まれるようにして、シャンルメは寝た。  夜襲をかけて戦うショークを思うと、とても眠れぬのだが、しかし、ここでしっかりと体を休め、昼間のうちに戦えるようにしておくのも、大切な事だ。  そう思い、彼女は子供達に挟まれ、瞳を閉じた。  シャンルメが眠りにつく頃、ショークは夜襲をかけていた。  空の部隊を指揮しているコバタカゲと言う、オオクナリの息子との戦いである。  この男、父親のオオクナリ程では無いにしろ、相当の強敵と聞いている。  ショークは翼竜に乗り、闇の中で見る事の出来ない、敵の、鳥の部隊へと突っ込んで行った。  すると、覆い尽くすような炎が、彼を襲った。  そうか。ハルスサやカゲヨミのような、目に見える神だ。これは恐らく、火の鳥と呼ばれる存在だ。  ハルスサの獅子王やカゲヨミの龍神は、彼らにしか見る事は出来ぬが、火の鳥は火の存在であるために、その輪郭が敵である自分達にも分かった。  空の上で、俺を焼き殺そうと言う訳か。  炎に飲まれる寸前に、翼竜から飛び降り 「巨神獣、召喚!」  と叫び足下に化石を投げつける。  すると、とてつもなく巨大な幻の竜に乗った事で、落下もせず、燃え尽きもせずにすんだ。  火の鳥はその火の粉を、次々にショークと、ショークの連れている精鋭達に向ける。  まるで山火事のような状態に陥る。巨神獣の足下も燃えていた。そのため、巨神獣はショークを背に暴れた。このまま火の鳥に好きにさせていては、自分達の部隊が潰されてしまう。  ショークは思う。炎と闇とは相性がいい。  巨神獣から翼竜の背に飛び乗り、そこまで燃えてはいない地面へと、翼竜の背から降りた。  微かに燃える地面へと降り、その熱い地面へと手を置き、 「大地から導き、闇の波動!!」  そう叫び、闇の波動を彼は火の鳥に向けた。  闇の波動は火の鳥をも飲み込み、巨大すぎる炎が空一面を満たした。  そう、自らの火の鳥の炎に、焼かれるがいい。  鳥により空を飛んでいた敵の部隊が、次々にその炎に焼かれ、落ちて行くのが見えた。  ショークは火傷を負いながら、闇の波動を彼らに向けた。すると、精鋭の1人がショークの元に駆け寄り 「水の神!」  と叫び、ショークの周囲の炎を、水により消した。  そして、ショークの背の火傷を癒やした。  ショークは驚き、精鋭の男を振り返った。 「貴方は傷を負う事を全く恐れない方だ。だが、負わずにすむ傷は、負わずにいて欲しい。そのためにも、俺達はいる」 そう言って、精鋭の男は笑った。  その男だけで無く、多くの精鋭達がショークを囲み、水や風、檄の力で、ショークを炎から守った。  実は闇の波動は、大地から上へと向けるだけで無く、上空から闇を導く事も出来る。かつて、ハルスサとの戦いでも使っているやり方である。  まして、今は夜だ。上空から闇を導くなどたやすい事であった。  だが、ショークはそれをしないで、わざわざ火の粉の舞い散る地上へと降り、大地からの闇の波動を天空に向けた。  それは何故かと言うと、上空から闇の波動を導き、地上にその波動を向けてしまったら、おそらく地上にいる精鋭達を、闇と炎で焼き殺してしまう恐れがある。そう思ったからである。  精鋭達は、ショークのその思いは知らぬ。  知らぬまま、彼を賢明に炎から守り、戦った。  闇の中、微かに日がさして行く。  闇の波動と炎に焼かれ、燃え尽きて多くの敵が地面へと落ちていた。そして、落ちた鳥と人以外は、空を飛び逃げて行った事が、ショークには分かった。 逃げられたのか。  そう思いながら、彼は日が昇るのを見入っていた。  ショークが火の鳥の部隊と戦う中、寝ずの番をして見張りをしていたトーキャネ達の元に、光の矢のような物が、次々に落ちて来た。  硝子?破片?いや、鏡だ。  鏡?何故、鏡が?  いや、そうだ。聞いた事がある。  モトーリ家は鏡の神と契約をしている。  どうやら、オオクナリその人が、鏡の神と契約をしているらしいのだが……その恩恵を、一族全てが受けているのだと言う。  トーキャネは知らぬのだが、孫のテルミナカタは、自身も鏡の神と契約をしている。息子のキッカハトルは水の神。コバタカゲは火の鳥だ。キッカトハルもコバタカゲも、オオクナリの持つ巨大な2つの鏡に姿を写し、14体もの幻を出現させている。そう、オオクナリその人が、その技を息子に対し、使うのである。そのオオクナリは、息子のキッカトハルと同じ水の神とも契約をしているらしい。そう、なんと2柱の神と契約している、すさまじき男なのだ。  とてつもない男。オオクナリ。  その手下の者達が、空から鏡を降らせている。  お館様を狙っているのか。あの男には適わぬからか。何としても何としても、お守りせねばならぬ。  お館様を守るため。そのためにおれは生きている。  熱風で鏡の破片を飛ばして行ったが、やがてそれは強い光線のようになって降って来た。  連携しなければならない。  トーキャネはそう思った。  空中から攻撃して来る相手を、撃退しなければ。  そう、彼らはやはり鳥により空中にいたのだ。夜のために相手は良く見えず、そして、空から鏡の破片を降らせていた。 「鏡である事が気になる。これは朝の光が射したら、何か違う攻撃に変化する物かも知れぬ」  そうミカライが言い 「なるほど。敵はあの謀略家。あり得る」  とトーキャネは言った。 ミカライとトーキャネで爆破する炎を作り出す。  その爆破する炎で、降ってくる鏡を、欠片も残さず燃やし尽くす。そして、落ちて来た物は、日が射す前にミカライとトーキャネで、やはり燃やす。  ショークが炎と戦う中、トーキャネ達は自らが炎により戦っていたのだ。  トーキャネとミカライは、自分達も攻撃するが、皆も一緒になって攻撃をしてくれと、兵士達に頼んだ。  だが、全員にその攻撃をさせたら、大きな炎が起こった時に、火消しが大変な事になる。  我こそはと思う、槍や弓、剣の名手に任せたい。  幾人かの男達とトスィーチヲ、そしてなんと、カツンロクが名乗り出た。  そのような仕事をさせても良いのか、と驚くトーキャネに、俺にも時には活躍をさせてくれ。剣術には自信がある。とカツンロクは言った。  トスィーチヲは槍を振るい、その炎を爆破で次々に敵を倒した。  カツンロクも自信があると言っただけあり、その剣術はたいしたものであった。  敵の大将では無いか。そう思える鏡を持っている者が、日が射すにつれて分かるようになり、全員でその者に向かい、爆破と炎の攻撃を向けた。  傷を負い、逃げるように彼は帰って行く。  仕留められはしなかった。だが、奴らからお館様を守れた筈だ。  やがて、地上に落ちた鏡を焼き払う前に、ミカライは2つの鏡の破片を持ち、片方の鏡に石を映した。そして、もう片方の鏡から、その石の幻を出現させた。その光景にトーキャネは驚いた。 「やはりな」  ミカライはそう笑う。 「どう使うつもりだったかは分からぬが、鏡を用いて俺達を壊滅させるつもりだったのだろう。カズサヌテラス様達を狙っていた筈だ」  そう言われてトーキャネは 「おれ1人では徹底的に鏡を壊すなど浮かばなかった。ミカライ殿、本当に感謝する」  そう言って、ミカライに深く頭を下げた。 「何。感謝などいらぬ。俺とそなたは同じ、カズサヌテラス様の3人衆よ」  そう言って、ミカライは笑んだ。 そのような危機があった事など、シャンルメは知らぬ。知らぬまま、子供に挟まれて眠りについていた。  完全に日が昇り、夜襲を終え、帰って来たショークはその様子を見て、思わず微笑んだ。  眠りについていたシャンルメの髪をそっと撫でると、シャンルメは静かにその目を開いた。 「ショーク……」  ショークの瞳をじっと見つめ 「戦う貴方を思うと、休んでなどいられないけれども、貴方が休める時間を作るため、夜襲の間に休んでおくのもわたしの役目だと思って、賢明に目を閉じていた。そうしたら、いつしか眠りについていて……」  そう静かに語ったシャンルメに 「そうか……チュウチャとイツメに囲まれているのは、どうだった」  と聞いた。 「時々、お腹や背中を蹴られた」  と言ったシャンルメにショークは 「のどかなばかりでは無いのだな」  と笑って言った。 幾度か海の戦いを繰り広げ……オオクナリ本人やその息子の、召喚出来る水の神。その水の神が雨を降らす事の出来る一帯は、どうやら、さほど広くないと言う事がシオジョウには分かった。  3隻か4隻にしか、水を……雨を降らせぬ。  船での戦いなのだ。もしも一帯全てに雨を降らせられるのならば、こちらの船の全てに雨を降らせてくるだろう。だが、それをしない。ショークのいる船をめがけて、雨を降らせてくるのだ。 「それならば……火攻めにしたなら、雨を降らせて火を止めようとする一帯に、オオクナリがいる、と言う事では無いでしょうか」  そう言ったシオジョウにショークは、うむ、と言った。その可能性は大いにある。  シャンルメは風を操れる。トーキャネは火を起こせる。それにより相手の軍の一帯全てに火をかけたなら、相手が水を降らして火を止めようとするところ。そこに、絶対にオオクナリはいる。  その作戦を、ショークとシャンルメは聞いた。 相手はあの謀略の塊。  到底、簡単に勝つ事はあり得ぬだろう。  そして、船での戦いでは、シャンルメが出る事が出来ないし、船から船への移動も困難だ。  空の軍に対し、火攻めなど使える筈も無い。  彼らを地上に導かなければ。  彼らを地上に導く方法を、シオジョウは考えた。  何よりも、空の部隊を壊滅に追いやらなければならない。鳥による部隊を、全滅に近い状態にしなければ。こちらは地上に陣を引いても、あちらは空から攻撃をしてくる。  そう言われたショークは翼竜に乗り、賢明に戦い、空の部隊を全滅に追い込んで行った。  そもそも、ジュウギョクが影で空の部隊の多くを戦闘不能としていたので、その空の部隊を壊滅に追い込む事は、ショークにとってさほど大変な事では無かった。もう、奴らは僅かにしか、空を飛ぶ者は残っていまい。その僅かな数で、空から攻撃などしてこないだろう。ショークはそう言った。  地上に彼らを導く。  そのためには……とシオジョウは 「銀山を攻撃しましょう。アキシマには巨大な銀山があります」  と言った。 「銀山?そんな物を攻撃してどうするのだ?」 「父上、鏡を作るのは、硝子と銀からですよ。銀山を失ったら、彼らは鏡を作れぬのです」 「なるほど。せっかく鏡の神と契約をしていても、鏡を作れぬのならば、意味は無いな」 「そう。新たな鏡を失わぬため、彼らは銀山を守りに、銀山へと地上へと、出撃してくる筈です」  そして、シオジョウは言った。  此度の戦いは、別々に指揮を執るような真似はしないで欲しい。2人で力を合わせ、連携して戦って欲しいと。  そして、シャンルメに向かい、 「火攻めをするための相談。トーキャネとしてきてもらえますか?」  と言った。シャンルメは深くうなずき 「分かった」  と言って、トーキャネの元に向かう。  父と2人になったシオジョウは 「父上、戦う残酷な自分を見られて、シャンルメ様に嫌われるのではなんて、気にしている時ではありませんよ。これを期に、連携して戦う事を覚えてください」 と言った。ショークは、ううむとうなり 「何故、俺がそのように考えていた事が分かる。俺はそんなに分かりやすい男なのか」  そう聞いたショークに 「はい、分かりやすいです。分からないのはシャンルメ様くらいのものでしょう」  とシオジョウは言った。  銀山への攻撃を開始した。  普通の軍隊ならば、銀山を攻撃したら、銀山から銀を横取りするだろうが、ショークはただただ、派手に暴れ、奴らをおびき出す事を考えていた。  この銀は俺の物だなどと、略奪に近い行為を、部下達が行う事を望まなかったのだ。  乱取りで得た物を口にしない事と言い、ショークにはああ見えて、甘いところがある。  この毒蛇にそんなところがあるなどと、戦っている者達には信じられぬ事だろう。  空の部隊を壊滅に追いやられてもなお、よくぞこれだけの軍隊が残っていたものだと、感心してしまうような大軍で、オオクナリ達は向かって来た。  もしや、こちらの手を読んでいるのやも知れぬ。  そう、オオクナリのいる場所にだけ、集中攻撃をする気である事を。  相手が大軍だと、それは少し困難になる。  それを分かっているのかも知れぬ。 トーキャネが火の矢を無数に作り、それを地上から、そして、翼竜に乗れる精鋭達に持たせ、空からも降らせた。また、ミカライが爆発したら炎へと変わる石を無数に作り、それも投げつけたり、降らせたりした。  相手の軍隊は、炎の中に飲まれた。  すると、5カ所で雨が降り出した。  5カ所……そんなに沢山の場所で、雨を降らせられるのか?  最も近い、雨の降っている場所。  そこに突撃すると、なんと、全く雨など降っていない。火が赤々と燃えているままだ。  そう、この雨は鏡を用いて作った、幻なのだ。  5カ所を回り、どこにオオクナリがいるか探す。  それしか無いのか。  俺がハルスサであれば、瞬時に移動をして、すぐにでも見つけられるのに。  それをショークは苦々しく思った。  するとシャンルメの元で、火を降らせ大活躍していたトーキャネが 「お館様!本物の水が降っているのは、間違いなく2カ所です。熱が違います!」  と言い出した。  遠目にもよく見ると、トーキャネの言う2カ所は、少しずつ炎が落ち着いて来ているのが分かる。  この醜い小僧はやはり、なかなか役に立つ奴だ。いや、もう、小僧などと言う歳では無いだろう。  シャンルメを想う、その醜い男をショークは見入る。 「さすがだな。トーキャネ。うん、そちらに向かうよ」  そう言ったシャンルメの言葉に、その醜い男は嬉しそうに笑んでいた。  自分達から近かった、その2カ所のうちの1カ所に着き、ショークは闇の刃でとどめを刺すように戦った。シャンルメも風を吹かせ、炎を消すまいとして攻撃をする。この敵は、たいした攻撃力では無い。そう悟ったショークは 「ここでは無い」  と言い出した。 「オオクナリがこんなに弱い訳が無い。あと1カ所の方にオオクナリがいる」  そう言い、翼竜に乗り、シャンルメを自身の前に乗せて、もう1カ所へと飛び立つ。  多くの兵士達が、馬や翼竜で2人を追った。  トーキャネはチビで馬に乗れず、翼竜に乗る自信も無い。今回はお役に立てて、さすがだなんて言ってもらえたが、活躍できるのはここまでか。と、少し残念そうに息を吐いた。 ここにオオクナリがいる筈だ。  その場所へとシャンルメとショークは翼竜で舞い降りた。炎の大部分はもう消えかけている。  空気が違う。ひんやりと感じるのは、ただ雨を降らせていたから、だけでは無いだろう。  これがオオクナリの霊圧なのだろうか。  シャンルメはそう思った。 向かって行ったシャンルメとショーク達にめがけ、巨大な水晶の柱のような印象の、無数の剣のようにも見える鋭い大きな氷が、襲いかかって来た。  闇の刃を向け、何とか素早くかわすが、それは襲いかかる寸前、粉々に砕け、多くの者達の命を奪った。ショークもシャンルメを守るようにして、深い大きな傷を負う。大変な攻撃力だ。  傷を負うなどといつもの事だ。  心配するシャンルメに、ショークはそう笑った。  そうだ。これがオオクナリの力だろう。  間違いなく、奴はここにいる。  これが水の神の力。そして、その水を凍らせる事も出来る。凍らせた物に鏡の神の力を用い、光の攻撃を宿し、撃てる訳である。大変な強敵だ。  ショークはそう思い、前方をしかと見入る。  再び、巨大な剣のような氷が向かって来る。  ショークは大地に手を置き、もう片方の手を向かってくる氷にめがけ、横からの闇の波動を向けた。  闇の波動を、このような使い方をするのは珍しい。  そして、わずかに飛び散って攻撃してくる氷の破片を、シャンルメは風で賢明に散らせた。  強い風を起こすために、シャンルメは後方に飛びそうになった。そのシャンルメをショークはしかと自身の体で支えた。 「ありがとう、ショーク」  そう言って微笑むシャンルメに、確かに無理に別々に指揮など、取っていなくても良かったかも知れぬ。とショークは思う。  攻撃を散らすばかりで無く、奴に近づいていかねばならぬ。そう言い、ショークは攻撃を散らしながら、シャンルメと2人、そして、精鋭達と共に、奥へ奥へと進んだ。  ふと、攻撃がやむ。8つ程の剣のような氷の攻撃を散らした後であろうか。  今だ!そう思い、闇の刃で攻撃をしながら、翼竜に乗り込んだ。  しまった。シャンルメを連れていない。  戦いになると、大事な事を失念してしまう。  やはり俺は、シャンルメとは、別々に指揮を執るべきなのかも知れぬ。  そんな風にまた、頭の片隅で思う。  思いながらも、後には引けぬ。  ショークはそのまま、オオクナリをめがけた。  誰が誰なのか、全く分からぬ。  皆、同じような鎧を同じように着ている。  オオクナリには自分のように、体が大きいなどと言う個性も無い。  鏡だ。鏡を割ればいい。  割った時に姿の消えた者。  その者と同じ姿をしている者……  そして、若い者では無い。老人だ。  鏡を割り、姿を消した老人。  それが、オオクナリなのだ。  敵陣の中に、大きく聳える鏡。  それを戦いながら、賢明に探した。 鏡だ。あった。  ショークは闇の刃でそれを割る。  鏡を割った時に、3体の老人の姿が消えた。  そして、その消えた老人と同じ姿をした者をショークはしかと見つけた。  視力には自信がある。  見定められて良かった。  そうだ。これが本体なのだと、ショークはその姿を追った。  すると、物凄い速さで、オオクナリは逃げた。  ハルスサの瞬間移動ほどの速さでは無く、去って行く姿は目で追える。  しかし、速い。  自分は移動の速度は、さほど速くは無い。  逃がしてたまるか。  そう思い、その姿を何とか追う。  その速度が、自分が追いつける程に、少しずつ減速している事にショークは気付かなかった。  何とか追いつき、そして、闇の刃で斬りつけた瞬間に気付く。 こいつは幻だ。  その幻は揺らいで、消えて行った。  幻を追わされていたのだ。本体はどこだ。  一体どういうからくりなのか分からぬが、うまく幻を本体だと思わされてしまった。  恐らくは、もう逃げ去った後であろう。  おとりを追わされていたのだ。 口惜しいが、一度の戦いで勝てるような相手であるとは思っていなかった。  やがてそこに、再び、老人の……オオクナリの幻が現れた。そして、その幻は口を開いた。 「この戦、互いに指揮官の首は1つも取れなかった。引き分けと言う事になろう。損害は我が隊の方が大きい。そなた達の勝ちであると宣言しても良い」  そう言われたショークは笑い 「いや。お前も言ったろう。互いに大将の首を取れなかったのだ。引き分けだ。倒せぬ存在と言われた事のあるお前が、こんな戦いで黒星をつける事はあるまい。俺は勝ち負けに、さほどこだわらぬ。最終的にそこに立ち笑っている者が、俺であればいい」 「そんなそなたが、百戦錬磨、戦に負けた事が無いと言われていたと言うのは、まことに面白い話だ」  そう、幻のオオクナリは笑った。 「停戦としよう。この戦は終わりだ。そして……我々は停戦協定を結ぶ。むろん、それで完全に我々の戦いが、終わりを告げる事はなかろうが……」 「ああ。俺は天下を諦めてはいない。だが、お前とは確かにそう簡単には一戦交えられぬ。一時でも協定を結ぼう。良く分かった」  そう笑ったショークの元に、息を切らしてシャンルメがやって来た。相手はあの謀略家。ショークとは言えども、苦戦をしてはいまいか、とても心配をしていたのだ。  そこにいた老人の姿を見つめたシャンルメに 「幻だ」  とショークは言った。  幻のオオクナリをシャンルメは見入った。  皺の深い、痩せて背の高い、白髪のその老人が、噂に聞くような恐ろしい存在では無く、どこか優しげであるように、シャンルメには思えた。 「まんまと逃げられた。停戦となったのだ」  そう苦笑いを浮かべたショークに 「そうか。でも……貴方が無事でいてくれて、本当に良かった」  そう胸をなで下ろして小さく言い、シャンルメは微笑んだ。 戦が終わり、国に帰る前に、かの女神様の社に行く事になった。  シャンルメはこの戦が大変だったために、今回は女神様のお社に行くのは、やめようかと思うと言い出したが、何を言うか。せっかくなのだから行っておけ。とショークに言われて、行く事にした。  だが、俺は行かぬぞ。と彼は強く言った。  その事がシオジョウには、とても不思議だった。  シオジョウとトヨウキツ、そして、イツメとチュウチャも女の子だ。女性達だけで、その、海の底に沈む事もあるお社に向かった。  海の底にある状態で参拝をしようと、海中に潜り、頑張る人もいるのだと聞くが、海から鳥居が見えている状態になったので、船で近づいて行った。  海に聳える立派な社。  その姿を見て、イツメは 「綺麗……」  と言って、涙ぐんで微笑んだ。 「ここの女神様は、きっと、兄様に似ている」  そんな風にも言った。 「神様に似ているだなんて、とんでもない」  と言いながらも 「ありがとう、イツメ」  とシャンルメは微笑んだ。 「凄く綺麗。こんなに綺麗なところがあるんだね」  そう言ってチュウチャも微笑む。  女性達はしばし、海の上で待っていた。  時がたち、潮が引き、やがて海から地面が出現し、歩けるようになると、海から出現した社へと近づいて行った。  女性の神様の社に来るのは、久しぶりかも知れない。そんな風にシャンルメは思った。  美しく強い女神様。  女性達の守り神様。 「みんな、もう、分かってると思うけど……」  と皆の方を見て、ここの神様は女神様であり、強く美しい女神様で、女性を祝福してくれる方なのだと、シャンルメは告げた。  それを聞いたシオジョウはうなずき、 「なるほど。それでは父が、俺は行かぬと固く言っていたのも納得です」  と言って微笑んだ。  ショークがギンミノウに、シャンルメがイナオーバリに戻ってから1週間が過ぎた頃、シャンルメはショークに呼び出された。 「シャンルメ、話がある」  そう真面目な顔で言われ、シャンルメは何だろうと思った。 「実は俺の嫡男に、オオクナリが末の娘を娶って欲しいと言い出した。同盟を結ぼうと言うのだ」  その言葉に 「戦を休戦した相手からの申し出としては、普通だけど……でも、相手はあの謀略家だから、気になるな」 「ああ。そうだろう。俺も娘を嫁がせた相手は4人も殺している。同じような事を、奴も考えるだろう。奴が命を狙っているのは、俺の嫡男よりも俺であろう」 「でも……申し出を断る事が得策とは思えない。一度休戦した相手からの申し出としては、ごく自然な申し出だ。貴方も嫡男も充分用心し、オオクナリの娘を、迎えるしかないかも知れない」 「そうだ。それを断ると言う事は、再び一戦交える気であると言う事になってしまう。あの謀略家。奴とはそう簡単には一戦交えられん」  オオクナリの娘は、美しい娘だった。  だが、3度目の輿入れと言うのが気になる。  2度は相手が亡くなったと言う話だが、自分が娘にさせたように、殺させたのだろうとショークは思った。  娘は輿に乗り、多くの者を連れてギンミノウにやって来た。だがその娘の連れを、全員帰らせた。  この地には入れぬ。この娘の世話をする者は、全てこちらで手配する。と言った。  娘の嫁入り道具を、一切持参させなかった。  モトーリ家から嫁ぐ娘が、謀略のための何かを持参せぬ訳が無いと思ったからだ。  城に入れさせずに奪った大きな鏡が、霊圧を感じる物であった。ショークは、やはりと思った。  鉄壁の城のナヤーマ城を、内側から落とすつもりであったのだろう。  娘を問いただすと、そんな事は知らない。それはただ、身だしなみを整えるためにと、父からいただいた物だったなどと、怯えた様子で言った。  自分にそんな気持ちは無いのだと、ただ1人知らぬ土地に嫁いで来た自分を疑い、孤立させないで欲しいなどと、泣きながら言って来た。  こんな女の?泣きに騙されるようなら、自分も毒蛇などと呼ばれていない。  娘の目の前で、嫁入り道具の全てを破壊し、そして燃やした。特にその霊圧を感じた鏡は、ショーク自らの手で粉々に壊した。  怯えたそぶりを続ける娘に 「とにかく、お前に必要な物は、全てこちらで手配をする。連れは全員帰らせる。もしも帰らぬ者がいたら、この手で殺す。この先、実家から何かを贈られても、全て没収するから、そのつもりでいろ」  と、吐き捨てるように言った。  タカリュウはその娘を見て 「まあ。予想はしていたけれど、美しい娘だな。嫁は美しい方が、そりゃあいいが……」  と言い、少し困ったような様子で、頭をかいた。 「よろしくお願いします」  と小さく言い、頭を下げた娘に、タカリュウはどのような想いを抱えれば良いのか、分からなかった。  娘と褥を共にしたタカリュウは 「お前は床上手だな。きっとあれだ。相手の男を満足させる術みたいな物を、学んで来たのだろうなあ」  などと言った。 「まあ。褥を共にしても、抱き甲斐が無いよりはずっといいな。それだけは、本当に救いだな」  タカリュウはそう言って 「実は結婚をしたら、真っ先に絶対にやろうと思っていた事があるんだ」  等と言い出すから、娘は何かと思ったら、なんと側室を3人、城に迎え入れたのだ。  真っ先に絶対にやりたい事が、側室を迎え入れると言うのは……そんな事を正室に向かい、嬉々として宣言するのは、どう言う事だと娘は思った。  そして、 「どうして3人の側室を、城に入れたのです」  と聞いた。  するとタカリュウは 「うむ。父上は、女は3人だとこだわっている方だ。だから、俺も付き合う女は3人にしていた。どの女も正室に出来る程の身分じゃない。だから、正室を迎える時に、側室にしようと思っていたんだ」  などとあっけらかんと言った。  この男は駄目だと、娘は思った。  3度目の輿入れ。今までの2度は、相手を虜にする事、仲たがいさせる事、殺す事は、容易では無くとも可能だった。  特に、必ず相手の男は、自分の虜になった。 そんな気配を、まるで感じない。  褥を共にしても、床上手なのは救いだとは言うが、自分の虜になったそぶりは無い。  そして……それ以上に……  この男の父をこの男以上に、自分の虜にせよと、そう伝えられていたのに……  嫁入り道具を全て壊され、燃やされた時に、流した涙は、嘘泣きでも何でも無かった。  実は、怖かったのだ。  見た事もない程に巨体な男が、自分を狩りで殺す獲物でも見るような目で見て来て、自分の目の前で、持参した物を、全て破壊し、燃やした。  本当に暮らすために必要な物、自分にとって大切な品もあったと言うのに。  それに、共に来た仲間達も全員帰らされた。  もしも、国に入って来た者がいたなら、自分の手で殺すなどと言われ、誰かを残すなんて出来なかった。  あんな、恐ろしい男を誘惑しろだなんて。  どうしろと言うのだ、一体。  出来れば、もう二度と会いたくない。  今まで、父であるオオクナリの謀略のために、懸命に頑張っては来たが……  とても、ここでは頑張れそうにない。  ここから、一刻も早く逃げ出したい。  早く、両国の戦が始まって欲しい。  そうすれば、ギンミノウからアキシマに帰れるのに。  娘にはそれしか、考える事が出来なかった。  シャンルメは勿論、ショークに聞いた。 「嫁いできた女性は、どのような人だったのかな」  そう聞いた彼女に 「大方予想通りだな」  とショークは言った。 「予想と言うと」 「まず美女だ。まあ、相当な美女だな。そして本当なら、嫡男では無く、俺に嫁ぎたかったと言って来た。俺ほどの男が城に正妻が1人と言うのはおかしいと。他に一体、誰がいるのだ。などと言って来たのだ」 「それは……正直、凄く嫌だな……」 「ああ。でも安心しろ。俺はそんな女の口先の誘惑に負けるような、趣味の悪い男では無いからな。そもそも、そなたに出会うまで、女は3人と決めていた。心から信頼出来る女に、心底愛されなければ気がすまん。俺は贅沢者だ。そんな、見え透いた芝居の、見かけが良いだけの女には、全く興味は無い。そもそも、演技なのか何なのか分からんが、妙に俺に対して、怯えたそぶりをする。そんな怯えた女に、俺に嫁ぎたかったなどと言われても、訳が分からん」 「うん。貴方がそんな女性に手を出すような人で無い事は分かっているけれど。絶対に他の手も使って来る。用心に用心をしておいた方がいい。そして……わたしもその人に、挨拶をしておこうと思う」 「いや。そなたが会う必要は無いだろう。あの女が俺では無く、そなたを狙う恐れもある」 「お互いに腹の探り合いにはなるだろうけど、でも、出来ればわたしは、その人の戦意を喪失させたいんだ。貴方や、貴方の嫡男を狙うような気持ちを、無くして欲しいと思っている。会わずに何となく、相手を悪く思い、怯えているより、会って、味方とする術を考えた方が良い気がする」 「そうか……そなたは面白い事を考える。気は進まぬが少し会っただけで、そなたをどうこうしようとは思うまい。まあ、そうだな。引き合わせよう」 シャンルメはナヤーマ城で娘と向かい合った。  シャンルメの微笑みを見た時、娘は、初めてこの地でわたしの目を見て、微笑みを浮かべる人がいたと、その事に驚いた。  この女は敵である。と言う目でしか、見て来る人はいなかったからだ。  嫁いだタカリュウも、その父のショーコーハバリも、彼らに仕えている多くの人達も皆、自分を敵であると言う目で見て来ていた。  その事に、シャンルメのその微笑みを見て、改めて気付く思いがした。  そして、シャンルメは 「遠い地に1人嫁いで来て、心細い事もあるでしょう。わたしは、ギンミノウとは固く同盟で結ばれている、イナオーバリの領主、カズサヌテラスです」  と、朗らかに言った。 「わ……わたしはオオクナリの娘、コウリョです」  娘は返した。そう、娘はコウリョと言う名だった。  そのまま、2人は話し込んだ。  故郷から連れて来た人達を全員帰らされ、故郷から届く文も品も、全て没収されると言う話を、思わずコウリョはしてしまった。  どうしても、自分の胸の中の苦しみを、誰かに聞いて欲しかったのだ。  この笑顔を見た時、気を許してしまった。 「そうだったんだ……それはおつらかったでしょう」  そう言って、シャンルメは 「コウリョさん、わたしで良ければいつでも話し相手になる。故郷から離れ、寂しく思うでしょうけれど、貴方が嫁いだタカリュウ殿と、父親のショーコーハバリ殿から、信頼されるまでの、辛抱だと思って欲しい。けっして諦めてしまわないで。望まぬ結婚だったかも知れない。でも、今以上につらい状況にならないように、わたしも協力するから」  その言葉に、コウリョは思わず泣きだした。  いっそ、こちらに嫁いで来れたら良かったのに。  そう思う反面、この人を何とか使い、オオクナリのお役に立てないだろうか、と娘は考えた。  この優しい人を利用するのは胸が痛むが、しかし、この人以外に、利用できそうな人はいない。  そうも思った。  カズサヌテラスに対する情報をもらう。  故郷とは、文のやり取りは禁止されていた。  文が届いたなら、見られるし、自分が目を通す前に燃やされる。  だが、コウリョは能力者であり、偵察隊のような者達と、声でやり取りをしていた。  頭の中に、どんな声が降っているのか。  そんな事までは監視が出来ない。  カズサヌテラスと言う領主。  戦に強いが、相手を不必要に殺さない。  誰も殺さずに、降伏させるような手を使う。  だが、14歳の時に初陣で、大変な相手を自身1人で、一騎打ちにて討ち破っている。  相手を倒す戦でも、活躍をしているのだ。  女だと言う噂がある。  もしや、ただの噂では無いかも知れぬと言う程に、その噂が広がっている。  そして、衆道の仲なのか、本当は女なのかは知らんが、とにかくショーコーハバリと愛し合っている。  特に病の時に、あの毒蛇がカズサヌテラスの領土を、あそこまで守り抜いた事を考えると、2人が愛し合う事は、事実であろうという事だった。  あんな恐ろしい男と、愛し合う人がいるのか。  しかも、あんなに優しそうな人が。  あの優しそうな人が、何故、あんな男と愛し合っているのだろう。  そう思う反面、コウリョは思う。  使うべきはカズサヌテラスだ。  間違いない。  カズサヌテラスを使って、何としても父オオクナリのお役に立たなければ。  そう思ったのである。  あのカズサヌテラスをどう使うか。  まずは、この手だ。  そんな風にコウリョは思った。 「どこからそんな情報を入手したのか。あの女が嫡男に、俺はナヤーマ城はシャンルメに渡すと、お前は国外に追放する気であると、言っているようだ」 「それは……」  シャンルメはしばし黙り 「貴方の嫡男と、話をしに行く。ナヤーマ城に」 「うむ。話をする必要はあるが……」 「2人で会う。貴方も自分の息子を、もっと信用した方がいい。貴方達2人に、ちゃんとした信頼関係があれば、あの女性に引っ掻き回されたりはしないんだ。でも、わたしもだ。わたしも貴方の嫡男と、信頼関係を築かなきゃいけない。ちゃんと貴方の嫡男と、本当に腹を割って話をしてくるよ」  シャンルメとナヤーマ城で向かい合ったタカリュウは、挨拶もそうそう 「カズサヌテラス殿、大事な話とは」  と聞いた。 「その……以前にも言ったけれど、わたしはこんな話はしたくない。ショークが亡くなった後、我々がどうするかなんて話は、正直したくない。彼を失った時の事なんて考えられない。でも……」  そう言い、しばしシャンルメは言葉を探した。 「ショークは遺書に、ナヤーマ城はわたしの居城とするようにと記したと聞いている。だけど、わたしはこの城から、貴方を追い出す気なんて無い。確かにもし彼がいなくなったら、わたしはイナオーバリからギンミノウに住処を移すべきだ。だから、ギンミノウに新たな城を作らせてもらおうと思っている。その城に、自身と家族とで住むつもりでいる」  そこまで聞いたタカリュウは 「待ってくれ。新たにギンミノウに建てる城には俺が移るべきだろう。父の遺書にはこの城は、貴方にやりたいと書いてあるのだから」 「でも……本当ならこの城は、貴方の……」 「いや。俺とてな、お前はいらんから国外に出て行けなどと言われたら、確かに腹が立つが、国に新たな城を建てるから、そちらに移れと言われたら、それに従わぬ訳では無い」  その言葉を聞き、シャンルメは安堵から涙が零れた。 「貴方と争うのだけは、どうしても嫌だった……」  そう言って、シャンルメは泣いたのだ。 「そんなに泣かないでくれ。俺は女性の涙に弱い」  そうタカリュウは微かに笑い 「俺は貴方には申し訳ない思いがある。俺に父の跡継ぎになれる程の技量があるなら、貴方は自分の望むように女性として生きられるのだ。本当なら愛する我が子を育て、愛する父を待つだけの日々を送りたいと、そう言っておられただろう。その望みを叶えてあげられない事が、何とも悔しい」 「いや……そんな戯言は忘れて欲しい。わたしは覚悟を持って、波乱の生涯を送るつもりでいる。そんな、望むような人生を送れない事は、分かっているから」  その言葉を、隣室でショークは聞いていた。  息子を信じろと言われたが、信じていなかったのだ。  そして、2人がどのような会話を交わすか、それも気になっていた。  シャンルメが居城に来ていて、息子と対話をする。  その対話を、聞かぬ訳が無かった。  本当なら愛する我が子を育て、愛する男を待つだけの日々を送りたい。  息子の言っていた言葉に、我が身を貫かれたような衝撃を受けた。  俺の生涯が無意味なものになってしまっても、それでも、シャンルメを自由にしてやりたい。  だが、あの娘はそれを望んではいないのだと、そう言い聞かせて、戦場へ連れていた。  望んでいたのか。本当は。  ただの女として生きる事を。  ならば俺は、どうすべきなのか。 俺は、どうすればいいのだ。  そう呆然とするショークに 「正直に言えば、俺は、あんな女を嫁がせるために、独身でいた訳では無いのに、と思う」  そう言う嫡男の声が耳に届いた。 「美貌かも知れんが、床上手でもあるが、全く愛情が湧かん。相手にそれが無いからだ。あの女は父上を失脚させようと企んでいる。俺にだって、さすがにそれは分かる。一番欲しくなかった嫁が来てしまった。俺は自分の姉達のような嫁が来るのが嫌で、ずっと嫁入りを断っていたんだ。そしたら、あんな娘と結婚する羽目になってしまった。全く嘆かわしいよ。離縁してやりたいと思うが、それは、宣戦布告になってしまうからな」  タカリュウはため息をつき 「貴方が羨ましい。愛する男と共にいれて。俺も愛する娘と結婚したかった」  そんな風に言った。  これ以上の話し合いは必要なかろうと、ショークはその場に顔を出した。  2人は少し驚いて、彼を見つめた。 「父上、話し合いは終わりました。カズサヌテラス殿に、何か用が……」 「うむ。そうだな……しばし俺とシャンルメを2人にして欲しい」 「分かりました。では、俺はこれにて失礼します」  そうタカリュウは席を立ち 「カズサヌテラス殿、お元気で」  そう言って微笑んだ。 「ビックリした。いきなり貴方が現れたから」  シャンルメの言葉にショークは 「実は……そなた達が何を話すのか、気になって聞いていたのだ。隣室で」  と言った。 「え……そうだったんだ。そんな事をしないで、同席すれば良かったのに」  何も気にする事など無いように、シャンルメは朗らかに笑う。 「そなたは……俺の帰りを待ち、チュウチャを育てるだけの日々を、送りたいと思っていたのか?」  そう言われシャンルメは 「確かに、それを強く望んでいた時もあるけれど……それが不可能なのは分かっている。つまらない戯言だよ。気にしないで」 「いや……だが……そなたがそれを望んでいるのなら、俺はそなたを、戦場に立たせるべきでは無い。そして、そなたを俺の跡目になど、考えるべきでは無い」 「そんな事は無いよ。だって、貴方を失った後に貴方の跡目を継ぐ事は、少しもつらい事じゃない。むしろ、貴方の夢を授けてもらえて、嬉しいくらいだもの」  そうシャンルメは朗らかに笑う。 「一番大切な事はね、貴方が死なない事」  そう言いながら、彼の両手をギュッと握り 「貴方が生きていてくれるなら、隣にいてくれるなら、わたしはそれだけで幸せに生きられる。その幸せを壊さないで欲しい。それしか、貴方には望んでいない」  そう言われ、ショークはシャンルメをしばしジッと見つめ、やがて抱き寄せて唇を奪った。  奪われて驚き、やがて瞳を閉じる。  唇を離した後 「どうしたの?」  と、少し驚いたように彼女は聞いた。 「そなたが愛おしくてならぬ。誰にも渡したくはない。正直に言えば、俺が死んだ後に他の男となんて、考えただけで、はらわたが煮えくり返る」  シャンルメは驚き、ショークを見つめ 「そんな風に思ってくれていたんだ……」  そう微笑んだ。 「だが、そんな身勝手な事は言えん。俺はそなたを充分すぎる程振り回している。これ以上は振り回せん」 「そんな事気にしなくていいよ。わたしは貴方と出会えた事は、運命だと思っているから。神様が用意してくださった、運命だと。貴方のいない生涯はわたしには考えられない。自信を持って。それだけ愛されているんだって」 「ああ……」  再び2人は口づけを交わし、そのまま強く抱き合った。そして、 「耐えられん」  と言ってシャンルメをその場に倒した。  覆いかぶさる彼に、シャンルメは 「駄目」  と言った。 「何故だ」  と聞いたショークに 「この城は貴方の城だ。そして、それと同時にオオミさんの城なんだ。この城の中で、貴方とオオミさんは愛し合っているのでしょう?」 「ああ。そうだが、だが……」 「もしも、マシロカの寺や、わたしのキョス城で、貴方が他の女性と愛し合ったら、わたしは死にたいくらいにつらい思いになるよ。オオミさんをそんな気持ちにはさせたくない。だから、ここでは駄目。分かって欲しい」 「オオミは、そんな事を気にせんと思うが……」 「それでも、わたしが嫌なの。そんな不誠実な事は、貴方にして欲しくない」 そう言われ、ショークはしばし押し黙り 「仕方ない……」  と、まるで叱られた子供のようにいじけた。  その姿を見て 「ごめん。また、イナオーバリで愛し合おう」  そう言って彼を抱きしめ、シャンルメはキョス城へと帰って行った。  それを気にするかどうか、と言う事を聞かれ、オオミは目を開いて驚き 「そんな事は全く気にしませんよ。かつてこの城には、ミョーシノ殿もいらっしゃいましたし。おおいに結構だと思いますよ。どこで貴方が、カズサヌテラスさんと愛し合おうとも」 「うむ。そうだろうな。そなたはきっと、そう言うと思っていた」 「だけど、あの女の部屋の近くでは、絶対にやめた方がいいと思いますよ。あの女にはくれぐれも用心しておいた方がいいと思います」  そう言われてショークは 「あの女、見張りを付けているし、故郷から届く物も没収しているし、孤立無援な筈だが……確かに用心に用心は重ねた方が、良いかも知れぬ」 「そうですよ。くれぐれもお気をつけくださいね」 「あの女、追い出してやりたい。いっそ、新たな居城を作り、そこにあの女とタカリュウを移してやろうと思いもするが……」 「その気持ちも分かりますが、それではタカリュウ殿が、あまりにもお可哀相です」 「そうだな。俺もそう思う。あの女、俺から引き離されたら、タカリュウを殺すやも知れぬ」 「そうですよ。ご嫡男が殺されていいのですか?……と言っても、貴方はあまりそれを、気にしないかも知れない人でした」 「いや。俺もそこまで肉親の情が無い男では無いぞ」 「どうだか。娘に嫁ぎ先の相手を殺させる人ですからね。肉親の情があったら、そんな事出来ないと思います。正直、貴方に懐かないシオジョウの気持ちが、わたし、少し分かるんです。物を深く考えないで、とんでも無い相手に惚れて、嫁いでしまったなあ、って。血も涙も無い人では無い。人を愛する人だから、タチが悪い。何て人の正室になってしまったんだろう、と思う時があるのですよ。わたしにも」  そう言われ、ショークは 「そなたの本心は初めて聞いたな」  と言って笑った。  イナオーバリとギンミノウの国境近くに……そこに、その旅の一座はやって来た。  ついに、ずっと再会したかったその人に会えた。 「シャンルメ!!久しぶりだね!!」  そう言いながら、イチキタユはシャンルメに抱き着いた。シャンルメは微笑み、しばし強く抱き合った。再会したイチキタユに、シャンルメはまず、娘のチュウチャを見せた。 「この子が、わたしとショークの娘のチュウチャ」  と微笑んでから、 「チュウチャ、挨拶をして。わたしの、とっても大切な友達だよ。イチキタユさん」  そうチュウチャに言った。 「いちちたうさん」  と言ったチュウチャに、イチキタユは笑い出した。 「ちょっと、あたしの名前は子供には呼びづらいかも知れないね。まあ、いいよ。いちちたうでさ」  それから、イチキタユはシャンルメを見つめ 「あんたにはずうっと会いたかった!それでさ、今回やっぱり、あんたにも曲芸をやって欲しいんだよ!」 「そんな……わたしは自分の国の人達に、見てもらえれる程の腕は……」 「ある!大丈夫だよ!今から少し練習しよう。あんたは筋がいいから、大丈夫だ!」  ジッとそのままシャンルメを見つめて 「でさ、領主として、曲芸をやる気は無いかい?一座の中の女に扮しても構わないけど。でも、きっと民はあんたがカズサヌテラスとして曲芸をした方が、喜ぶと思うんだ!」 「そんな……そんな事が出来るのなら……そりゃあ、とても嬉しいけど……」 「よし、決まりだ!一緒にやろう!今から特訓だ!」  イチキタユはチュウチャに微笑み 「お母さんをしばらく貸して。あたしの子供達と遊んでおいてくれ」  と言った。  カズサヌテラスとして、曲芸を民に披露する。  そのとんでも無い事に、シャンルメはどうしたものかと、珍しくあがってしまった。  でも、一座でも城でも、職務に差し障りのない程度の、出来る限りの練習をして、その日の披露に望む事になった。  木は無い、草原のような、山に囲まれた谷のような平地に、一座は大きなテントのような物を張った。  その小高い草原に人々が座り、遠くの者にも、上の方にいる者にも、見てもらうために、この場所にした訳である。  多くの人々が、その小高い草原に駆け付けた。  7日も前から、場所を陣取る者達がいた。  場所の奪い合いのような事になり、徹夜をする者も多くいた。  その大きなテントの中に練習をしにに来ていたシャンルメは、人々が、場所の奪い合いで大騒ぎをしている事を知り、彼らの前に顔を出した。  人々は騒然となった。 「誰かが傷ついて大怪我をしたりしたら、公演は出来なくなる。だから、分かって欲しい」  彼女から直接そう言われ、人々は頭を下げて謝り、それからは大きな騒動が無く、当日を迎えた。  シオジョウは、シャンルメのその曲芸を、絶対に一番近くで見たいと言うチュウチャに対し、 「いいけど。掛け声をかける時に、母上なんて言ったら、いけないからね」  と言った。 「なんで?」 「母上は、男の人って事になっているから。だから、掛け声をかけるなら、父上だからね」  そう言ったシオジョウに 「ええ~っ!母上は母上だよ!父上は父上だ!」  そうチュウチャは口を尖らせた。 「気持ちは分かる。そりゃそうだよね。だから、なるべく掛け声をかけないでいてね。わーとか、あーとか、言っておけばいいから」  チュウチャは唇を尖らせたまま 「分かった」  と小さく言った。  チュウチャの隣にイツメが来た。  2人は特等席のように、一番見える場所で、座って曲芸を眺めていた。  まずは、イチキタユの一座の者達の曲芸を見た。  チュウチャは、手足をばたつかせて興奮して喜び、イツメは大人しく目を輝かせて曲芸を見ていた。  すると、ショークがいつぞやの誕生日に贈った、華やかな着物で、シャンルメが登場した。  人々はまるで、振動を感じる程に大きな歓声をあげ、チュウチャとイツメも声をあげた。  この歓声なら、母上なんて呼んだって誰も気づかないなと、シオジョウは思った。  でも、チュウチャは言いつけを守り、母の事を呼ばなかった。  良くそんな素早くて器用な曲芸が出来るものだと、心底感心してしまうような曲芸を、手足を大きく使い、シャンルメはやった。  1人で行う物を見せた後、イチキタユとの2人での曲芸も行った。  先頭にいるチュウチャとイツメの背後に、シオジョウとトヨウキツ。その隣にオオミとショークがいた。オオミとショークの隣に、オオミの息子達とタカリュウとその妻達がいた。  正妻として嫁いできた娘コウリョは、側室の3人と初めて顔を合わせて、一体何を言ったらいいのか分からない、少し居心地の悪い思いをしていた。  だが、いざ曲芸が始まると、そんな居心地の悪さなど忘れてしまった。  コウリョだけでは無い。人々は普段の心配事や苦労などを、全て忘れて、その曲芸を楽しんだ。  コウリョ達のさらに背後に、物凄い数の群衆がいた。  一座とシャンルメは、その曲芸を、何より子供達に楽しんでもらおうと、子供達が1人の保護者と共に見る席を、広く用意していた。そして、本当に小さな子達は、大人に肩車をしてもらって見る。  群衆が声を、大歓声をあげる。  人々の喜びの先に、シャンルメがいた。  曲芸が終わると、シャンルメは群衆を見つめ、微笑んで頭を下げた。  興奮し、歓喜し、泣き出す人々もいた。 「兄様、素敵。兄様、綺麗」  そう言って、イツメは珍しく飛び跳ねて喜んだ。  まるでチュウチャみたいな喜び方だと、シオジョウは思った。  すると、いつもは飛び跳ねているチュウチャが 「母上、本当に綺麗だねえ」  と、涙ぐんでイツメに、小声で言った。  本当に感動すると、人はいつもと違う反応を見せるのだな。そう、何となくシオジョウは感心した。  実はこの曲芸を見るために、トーキャネやジュウギョクやミカライも勿論、特等席を用意されていた。  しかし、本当に情けない話なのだが、トーキャネは背が低すぎて、用意されていた特等席だと、シャンルメが良く見えないので、いっそ民に紛れて7日前から場所を陣取ろうかと、本気で考えた。  見やすい席を用意してもらっている、子供達が羨ましかった。自分は身長では、子供と変わらない。本当に情けない話だ。  すると何と、カツンロクが席を代わってくれた。  代々オーマ家に仕えていて、ナコの城の城主でもあるカツンロクは、部下達の中では一番の最前列にいたのである。 「俺は確かに古参で、そのために身分はあるかも知れないが、活躍はお前の方がしている」  などと言ってくれて、トーキャネは少し泣いた。  誰からも愛されるようになれ。  かつて、シャンルメはそう言ってくれた。  そのように、皆から好かれるように頑張っていた事が、少し報われた気がした。  これからも、誰にでも親切で優しい人間でいよう。その方がお館様がお喜びになる。そう思った。  カツンロクの代わってくれた特等席で、トーキャネはシャンルメを見た。  とても美しい着物を着て、驚くくらいに見事な曲芸を彼女はやった。  トーキャネは驚きに息を呑み、初めて、美しい姿の彼女を見ても泣かなかった。  涙が出なかったので、視界が霞まず、最後まで見事で美しい彼女の姿を、見ている事が出来た。  曲芸が終わり、ふわりと彼女が頭を下げた時、初めてトーキャネは涙が零れた。  それからは、後から後から涙が溢れ、止まらない。  あまりにも素晴らしい物を見たと思った。  最近、シャンルメの誕生会も、正月の祝いも、あのにっくき男の方針でやらない。  また、この一座が来てくれないだろうか。  このお美しいお館様が見れるのなら、おれは何だって頑張れる。  トーキャネはそう思った。  見終わった後に、自分と席を交換してくれたカツンロクの元に真っ先に行き、本当にありがたかった。心から感謝すると、礼を言った。  カツンロクは、いや構わぬ。本当に素晴らしかったな、と言って、笑っていた。  一座の芸が終わると、そこに大きなたらいが置かれ、芸を見て感動した者は、ここに少しばかりの金を置いて行ってくれと、一座の女座長は言った。  一座の者もあんた達の元に回って行くから、そこに渡してくれてもいい。とも言った。  ただ、そんなに大金はいらない。明日からの暮らしに困らないようにね。何より、あんた達が一番感動しただろうカズサヌテラス様は、お金をいらないと言う人だから、そのお金は全部、一座の物になる。それでも金をくれるって言う、心優しく懐の深い人は、お金を置いて行っておくれ。 その言葉にトーキャネは、とりあえず懐に入れてあった財布の中身を、全部たらいに入れようと思った。  もう少し、持って来ていたら良かったな。とも思った。  金を入れようとした時、ちょうど、金を入れようとしているジュウギョクに会った。  2人とも、素晴らしかった、ビックリしたなどと、感想を言い合った。 「トーキャネ殿、すまんが、財布の中身を全部入れるのは、やめてくれぬか」  とジュウギョクは言った。  何故か尋ねると 「興奮冷めやらぬので、このまま、誰かとこの興奮を分かち合いたい。呑みに行きたいと思うのだが、どうだろうか」  と彼は言った。 「おお。喜んで」  とトーキャネは言って、呑みに行けるだけの金は懐に残し、それ以外はたらいに入れる事にした。  そう言えば、ミカライがいない。  どうやら、ミカライ殿は来たかったが、奥方様が人ごみを嫌がったらしい。ならば1人で行くと言ったのだが、それも嫌がられたみたいだ。と言う話をジュウギョクに聞いて、トーキャネは心底同情した。  本当に、そんな政略結婚を、自分がさせられたなら、とても耐えられない。 そう思いながら、独身男2人は飲み屋へと向かった。  一通りの曲芸が終わり、挨拶や金の収集も終わった後で、シャンルメは衣装のまんまチュウチャとイツメの元にやって来た。 「素敵だった!」  と言って、チュウチャもイツメもシャンルメに抱き着いた。  そう言えば、2人はシャンルメを奪い合っても不思議じゃない程、2人してシャンルメに懐いているのに、2人とも仲良しなのは、不思議だなあとシオジョウは思っていた。  人々はパラパラと帰りだしたが、誰もが興奮冷めやらぬ様子で、そこに残り、話し込む者もいた。  曲芸をしていた者達に、話しかける者もいた。  そのにぎやかな状況の中で、イチキタユはショークの方を見て、腰に手を当てて、ふんぞり返るようなそぶりをしながら 「これはこれは。ショーコーハバリ・サイム様、お久しぶりでございますねえ」  などと言った。  さすがに、これだけ沢山の人々の前で「このジジイ」とか「ヤクザのジジイ」とか「くそジジイ」とは言えないんだなあ、とシャンルメは思わず笑った。  ショークも口先だけのイチキタユの言葉に、思わず笑っていた。  その光景を見ていたオオクナリの娘コウリョは、思う。この旅芸人の女座長は、口先では敬意を払うような言葉を言っているが、内実は違う。きっと、2人きりになったら、もっとずっと、尊大な口をきくんじゃないだろうか。  そう考えながら、ふと思い出す。父上は女は3人だとこだわっているから、自分も3人の女と付き合っていた。と言う、タカリュウの言葉。  1人目は正室のオオミ。2人目は絶対にシャンルメと呼ばれているカズサヌテラスだ。そうして、3人目は、この旅芸人の女座長なのでは無いだろうか。そう思った。  正直……ギンミノウの毒蛇を、誘惑して落とす自信は全く無い。絶対に不可能だろう。この男は自分の事を、敵だと、獲物だと、隙あらば殺すと、そういう目でしか見て来ない。  自分は、度胸のある方だと思っていた。  こんなに恐ろしい男がこの世にいたのか。そう思い、その恐ろしさに泣いてしまった。  どんなに父に、落とせと言われても、この男には自分の、女としての武器を使う事は出来ない。  だが、この男にとって、大切な女であろうシャンルメとイチキタユを、利用する事は出来ないだろうか。  コウリョはそう思っていた。  コウリョの武器は「偵察」である。  偵察隊の声を聞き、自分も声を届ける事が出来る。  もう1つ、オオクナリの娘に相応しい、鏡を使った偵察が出来た。  そう、霊圧を感じる物は没収されるが、彼女はごく普通の鏡も使う事が出来た。  化粧をするためと言って、小さな手鏡をタカリュウからもらっていた。  その手鏡から、城の、鏡のある部屋全てを、見る事が出来るのである。ただ手鏡を覗き込んでいるとしか思われないので、見張りの目も欺ける。  この女性は隠しカメラさながら、鏡のある場所ならば見る事が出来た。  今まで嫁いだ相手は、彼女が多くの鏡を設置した事を、1人目は気にもしなかった。2人目は用心をして、新たな鏡を置かせたがらなかったが、元から鏡の置いている部屋は多く、偵察は容易だった。  まるで、こちらの手を読んでいるかのように、この城には鏡が少ないな、とコウリョは思っていた。もし城に鏡を置きたいなどと言ったら、あの男に疑われ、この手鏡すらも没収されるだろう。それを分かっていたから、言えなかった。数少ない鏡のもたらす映像を、時折、見るしか出来なかった。  すると、手鏡に人の姿が映った。  慌てて覗き見る。  ショーコーハバリとカズサヌテラスだ。  2人は何かを話している。勿論、声は聞こえない。  口づけを交わした後、少し乱暴に、その巨体の男は彼女に覆いかぶさった。  彼女は必死に抵抗し、拒んでいるように見えた。  やがて、泣き出すと、泣き出した彼女を抱きしめるように、男は覆いかぶさる。  そこで……鏡が倒れたのだろう。光景が途切れた。  コウリョは、どういう事だろう、と思った。  2人は愛し合っていると聞いた。  だが、彼女は彼を拒んでいる。  そうして、絶対にカズサヌテラスは女性だ。  その事を、確信のように思った。  出会った時も、曲芸を見た時も思った。それが今、確信に変わった。女性であると。  鏡が倒れた事に、少しホッとした。  あの女性が乱暴される様を、見たくなかった。  だが、本当なら助けてあげたかったと言う、その気持ちになり、コウリョは自分に驚いた。  彼女も敵の1人、利用する相手の1人なのに。  唯一、自分に微笑みを向けてくれた人。  その微笑みにいつの間にか、ほだされている。  しかし……どういう事なのだ。2人は愛し合ってはいないのか?  だが、おかしいとは思っていた。  カズサヌテラスはほとんどの敵を、殺さない、降伏させると言うやり方で、戦をする。 ショーコーハバリは、相手を殺し尽くす男だ。  その2人が同盟を結んでいる事も、そして、あんなに優し気な女性が、あんな恐ろしい男と愛し合っている事も、変だと思っていた。  何かあるのか。何か裏があるのか。  どうにかして、自分と、そして彼女とを、あの男から救い出す事は出来ないのだろうか。  コウリョはいつしか、そう思っていた。  オオミさんに悪いから、ナヤーマ城ではしたくない。そう言っているのに、その日のショークは少し、聞き訳が悪かった。  オオミは気にしないと言っている。  などと強く言う。  どうしても、そなたが欲しいと言われ、シャンルメは戸惑った。戸惑い、拒み切れず、泣いてしまった。  すると、彼女が泣き出した事にビックリして、彼は彼女を抱きしめた。  気にしすぎなのかも知れないけど……  貴方がわたしのキョス城や、マシロカの寺で、他の女性と愛し合ったらなんて、思ったら本当につらくて泣けてくるんだ。  そんな不誠実な事は、したくないの。  お願い。分かって。  そう返した彼女に、ショークは彼女をしかと抱きしめ、結局、その日は仲直りをした。  その光景がコウリョに見られている事。  女だと悟られた事。誤解をされた事を、シャンルメは勿論、気付かなかった。  シャンルメは時折、ナヤーマ城に来ていた。  ナヤーマ城からタカリュウを追い出すつもりであると疑われ、話し合いの場を設けてからは、いずれは、この城はシャンルメの居城になるのだと、その立場がハッキリしたため、以前以上に足を運ぶ場所となったのだ。大切な話し合いをナヤーマ城でする事が増えた。やはり鉄壁の守りの城だからだ。  その城に来ていたシャンルメは、イナオーバリに戻ろうとしたところを、コウリョに声をかけられた。 「いつでも相談に乗る。そう言ってくれた筈です」  そう言われ、シャンルメは 「もちろん。わたしに何のお話でしょう」  と言って微笑んだ。  2人はコウリョの部屋へと向かった。  向かい合った後、しばしコウリョは黙り、やがて意を決して、口を開いた。 「正直に言って欲しいんです。貴方があの男と同盟を結んでいるのも、あの男に抱かれているのも、何か、訳があるんじゃないですか?」  そう言われ、シャンルメはビックリし 「何故、そう思うんですか?」  と聞いた。 「貴方は相手を殺さないやり方で戦う方。とても優しい方です。あんな恐ろしい男と同盟を結んでいるのも、愛し合っているのもおかしい。いや……愛し合ってなど、いないのでは無いですか?本当はあの男を、愛してなどいないのでは……」 「そんな事は無いですよ。わたしはあの人を愛しています」 「嘘。絶対に嘘」  そう言って、コウリョは泣き出した。 「わたしはあんなに恐ろしい男と、会った事は無い。本当に怖くて怖くて、あの男の元から逃げ出したい。貴方だって本当は、あの男の元から逃げ出したい筈だ。だから、貴方を助けられたらと……貴方と自分を救出出来ないものかと、そう思ってわたしは貴方に告げているのです。だから、正直に言ってください」  泣いているコウリョを、シャンルメはそっと抱きしめた。 「そんなに彼が怖いのですね。彼は……貴方のその苦しみには気付かない人。彼は自分の娘2人に、嫁ぎ先の相手を殺す事を命じていました。その2人の娘が、どんなにつらく、どんなに怖かったか、分からない人だったんです。だから、勿論、貴方のつらさなんて、気付いてはくれない。そのように、望まぬ相手に嫁ぎ、しかも、相手を出来るなら殺せなどと、言われているなんて、本当におつらかったでしょう。わたしなら、とても耐えられない」  そう言ってシャンルメは、コウリョの髪を撫でた。  まるで小さな子供のように、コウリョは泣いた。  コウリョは顔をあげ 「やはり……そのようなお考えを持つ、貴方は、女性なのですよね?」  とシャンルメに尋ねた。  その問いにしばし戸惑いながらも、シャンルメはコウリョをまっすぐに見つめ、小さく 「はい……」 と返した。 「この秘密はわたしの大切な部下でも、知っている者の少ない秘密です。それを貴方に正直に告げました」 「わたしを敵対する相手だとは、思わぬのですか?」 「難しい問いですね。貴方に全てを話してしまうのは、怖いと言う思いは、確かにあります。それでも……ただ怯え、悪い相手なのだと思っていたくは無いのです。貴方は……父親の役に立とうと奮闘している、普通の女性なのだと思うから」  コウリョは、はあ、と息をつき 「自身が女性だと素直に言ってくださった貴方なのに、それでも、あの男と愛し合っているのだと言い張るのですか?」  その問いにシャンルメは、驚いてから微笑み 「言い張っている訳ではなく……わたしは、その……本当にあの人を、愛しているのですよ」  と答えた。コウリョは驚き 「本当に?何故?わたしには信じられません」  涙を拭いながら、ため息をつくように言った。 「怖い人だとは思います。それでも、あの人に出会えた事は、わたしの人生の全てです」 「では、なんで彼を拒んでいたのです?かつて、このお城で」  そう言われ、目を見開き 「見ていらっしゃったのですか?」  とシャンルメは言う。 「すいません。偵察をしていました」 「それは驚きました。その……あの時は……何と言ったらいいのかな……」  シャンルメは、しばし言葉を探し 「わたしには彼と愛し合うために、いつも利用している寺がありまして。その、御仏に信心を捧げる筈の場所で愛し合っているなんて、罰当たりかも知れないんですけど」  そう微笑みながら、シャンルメは続ける。 「もしも、その寺に彼が、他の女性を連れ込んだらと、考えるだけで泣けるんです。つらいんです。わたしの居城もですね。彼が他の女性を連れ込んだら、わたしは大切な城を、壊したいと思うかも知れない。ナヤーマ城でわたしと愛し合うと言う事は、オオミさんに対して、それだけつらい思いをさせる事だと、言っているのに、あの人は聞いてくれなかったんです。だから、思わず泣いてしまって。オオミはそんな事気にしない。そう言うけれど、わたしはそんな不誠実な事はしたくないんです」  その発言を聞き、コウリョはため息をついた。 「そう言われれば納得いきます。なるほど……偵察は声は聞こえないんです……と、自分も手のうちを随分、明かしてしまいました。父に怒られると思います」 「わたしは貴方が偵察が出来ると言う事、ショークには告げません。彼にそれを告げたら、貴方はますます自由を奪われるでしょう。だから……それを秘密にしますので、出来るなら、わたしが女だと言う事は、秘密にしてもらいたい。貴方のお父上には、知らせずにおいて欲しいのです」 しばし戸惑いながらもコウリョは 「はい……」  と小さく返した。 「良かった。ちょうど、父にはその報告をしていませんでした。もっと確信が持ててから、しようと思っていたのです」  その言葉に、シャンルメは安堵したように微笑んだ。  相手は、彼女の父は、あの謀略家。  自分には、考えも及ばないような手を使う人だ。 その秘密を知ったなら、どのような策を講じるのか。  その心配をせずにすんだ。 「父には告げずにおきます」  頭を下げながらそう言うコウリョに 「ありがとうございます」  と、シャンルメは微笑む。 「わたし達は今日、いくつかの秘密を共有する仲になりました。それで……1つ提案なんですけど、ずっとお城の中にいると、気が滅入りませんか?」 「滅入ります。とても、気が滅入っています」 「今度、イチキタユさんと会って、エチクインの町を巡る約束をしているんです。貴方も良かったらご一緒にどうですか?あの、旅芸人の女座長の女性ですよ」  そう言ったシャンルメに 「あの女性も、ショーコーハバリの女の1人なんじゃ無いんですか?」  とコウリョは聞いた。その言葉に 「イチキタユさんが!?」  と言って、シャンルメは笑い出した。  こんなに大きく気持ちよく笑う女性は、初めて会ったかも知れない。そうコウリョは思っていた。  こっそりとコウリョを連れ出すより、ちゃんとそれをショークとタカリュウに告げておくべきだとシャンルメは思った。そこで、4人で会った。 「彼女は、このお城で孤立無援で、とっても怖い思いをしているし、本当に気が滅入っているそうだから、今度イチキタユさんと遊びに行く時に、彼女も連れて行こうと思うんだ」  そう言われて、ショークもタカリュウも驚いた。 「いや、その娘を誰だと思っている。オオクナリの娘だぞ」  そう言ったショークに 「貴方も自分の娘を敵方に嫁がせている。そこでもし、貴方の大切な娘が、とても怖い思いをしていて、孤立無援で気が滅入っていたら、誰かに手を差し伸べてあげて欲しいと思わないかな?」 「いや……そう言う問題か?」 「そう言う問題だと思う。彼女は敵対心を持ってこの城に来たのかも知れない。でも、出来ればその敵対心を無くして欲しいとわたしは思う。だから、この子を町に連れて行ってあげたい。もしも、どうしても気になるなら……」  と言ってタカリュウを見つめ 「貴方も、ご一緒にどうかな?」  とシャンルメは言った。 「ど、どうして俺が……」 「だって、2人は夫婦なのだし。それに、ショークの事は彼女は怖いそうなんで。一緒にいたらきっと、委縮してしまうと思うから」  そう聞いて、ショークは笑い出した。 「そうか。お前は俺が怖かったのか。怯えたそぶりばかりする。芝居の下手な女だと思っていた」  笑った後、 「いいだろう。連れて行ってやれ。タカリュウが行くかどうかは、タカリュウに任せる」  結局タカリュウは付いて来た。  どうするか少し悩んでいたようだが、付いて来る事にしたそうだ。  どうするか悩んだのは、女性達の会話に、付いていけないだろうと思ったからだ。と言っていた。  でも、妻の動向が、やはり気になるとも思ったようだった。  イチキタユに2人付いて来る人がいるけれど、いいかな。と伝えると、あんたと2人が良かった。けど、悪いヤツじゃないならいいよ。  そう言ってくれた。  2人をイチキタユに、まず紹介した。 「タカリュウさんとコウリョさん。見覚えがあるよね」  そう言ったシャンルメに 「ああ。あの男の嫡男だ。それと、その嫁だ」 「さすがはイチキタユさん。一目で覚えたんだね」 「まあね。人を覚えるのは得意なんだ。じゃないと、女座長なんて務まらない」 「イチキタユさん、コウリョさんはね、貴方もショークの女性だと思っていたんだって」  そう笑って言ったシャンルメに、イチキタユは大きな口を開け、笑い出した。 「おいおい!何をどう見たら、そう見えるんだよ!」 「だよね。わたしも大笑いしちゃった」 「あたしはこの子みたいに、男の趣味が悪い女じゃないよ!」 「その言い方は酷いなあ。わたしにとってショークは、とってもいい男だよ」 「はいはい。あんな男が好きだなんて、相変わらず、あんたはおめでたいね……と、嫡男の前で言うのはマズかったかね」  と言いながら、タカリュウの顔をジッと見て 「目元とか、似ているね。あの男みたいに馬鹿でかくならなかったのは良かったね」  などとイチキタユは言った。 「良かったのかな……俺はもっと身長が欲しかった」  本当に不満げに、タカリュウは口を開いた。 「なんで。あんなに馬鹿でかくなったら、色々と大変だろ。目立ってしょうがないし。あいつは百戦錬磨かも知れないけど、とにかく傷が絶えないんだろ?それは、あいつが馬鹿でかくて目立つからだよ。別に鎧も着物も、目立つ物を着ちゃいないだろうに」 「そうなのか……そういう考えもあるのかな……」  そうタカリュウは言い 「実は母も凄く身長のある女性だったんだ。なのに、自分がこんなに小さいのを、気にしていて」 「気にする程小さくないよ。贅沢な悩みだねえ。充分身長あるって。いい男だし、モテるだろ」 「まあ。そうだなあ……でも、父上が女は3人とこだわっている人だから、俺も、側室は3人だ」 「おいおい。あの男は正室も入れて3人とこだわってたし、生涯で3人ってこだわってたんだからね。とは言っても、あっさりシャンルメに惚れて、その決まり事を破っちまったけどね」 「ああ。そうだなあ。言ってたよ。カズサヌ……いやシャンルメ殿。貴方は50を過ぎてからの、初めての初恋の相手なんだって」  そう言われて、シャンルメは驚いた。 「そ……それは……どういう意味なのかな……だって、ショークには、マーセリさんもオオミさんも、貴方のお母上だっているのに……」  と言いながら、シャンルメは顔が真っ赤になった。 「そんな嬉しい事を言われたら、その気になってしまうから、あんまり言わないで」 「ああ。貴方は気持ちを告げると、口先だけだなんて言う、困った女性だそうだね」  そう言われて、シャンルメはますます赤くなり 「そんな事何度か言われるけど……わたしは一体いつ、口先だけだなんて言ったのか、覚えて無いんだ」  そう肩をすくめて照れた。そして、 「貴方とショークは、色々と話し合っているんだなあ。仲の良い親子みたいで嬉しい」 「ああ。話し合っていると言うか、時々、酒を一緒に飲むんだ。父上も酔うと本音が出る」  それからシャンルメは、ふう、と息をついて 「大丈夫かな?わたし達に付いて来れてる?」  とコウリョを振り返った。 「さっきから一言も喋っていないけれど、つまらなく無いかな?」  そう言われて驚きながら 「いえ……その……確かにちょっと、緊張はしているけど……」  そう言いながら微笑み 「イチキタユさんがこんなに面白い女性だとは思わなかったから、驚きました。そして……貴方は確かに、あの恐ろしい人が好きなのですね。良く分かりました。実は、まだ疑っていました」  そのコウリョの言葉を聞き 「ああ!分かるよ!あんな男が好きだなんて、苦手な人間には信じられないよね!この子は男の趣味が、正直、悪すぎるよな!」  イチキタユは大きな声でそう言う。 「だから。イチキタユさん、そんな事言わないでって言っているでしょう」 そう少し怒ったそぶりのシャンルメに、一同は笑い出し、笑いながらエチクインへと向かった。  エチクインは豊かな町だった。  そう、一緒にどこかを巡ろうと約束をした時に……イナオーバリの中を観光したなら、曲芸を見た民も大勢いるし、イチキタユが誰か分かる人もいるかも知れない。そこから隣にいる娘のなりのシャンルメが、実はカズサヌテラスだと分かってしまう人がいても、正直困ると思い……どこにするかを考えた。  都やサカイまでは、足を運べない。  イナオーバリやギンミノウと、そう遠くない土地である、エチクインに行こうと言う事になったのだ。  それならば、日帰りで楽しめる。  実はエチクインの豊かさに、一番目を輝かせて喜んでいたのは、来るかどうか悩んでいた筈の、タカリュウだった。彼は他国へなど、そうそう来た事が無い。  コウリョも見た事の無い豊かな国だと、エチクインを思った。色とりどりとはこの事を言うのだろう。本当に華やかな場所だった。  シャンルメは、主であるヤシャケイの美意識を感じた。エチクインは美意識を感じる、物珍しい国だ。  都とも違う。サカイとも違う。ヤマラトとも違う。勿論、イナオーバリとも違っていた。  だけど、しいて言うなら、実はサカイに近い。  サカイを良く知らないシャンルメは、その事に気づかなかったが、エチクインはサカイに似ている。  そう、にぎやかなのだ。にぎやかで華やかだ。  サカイの恩恵を受けている、土地だからなのかも知れなかった。  時々、楽しむあまりに、女性達を置いて行ってしまうタカリュウを、女性達はちょくちょく引き留めた。イチキタユは 「あんたは大人なのに、子供みたいな男だね」  なんて言って笑っていた。  シャンルメもイチキタユと話しながら笑い、そして、時折コウリョを見て 「大丈夫?楽しんでいる?」  とか 「大丈夫?疲れていない?」  と言って、声をかけていた。  コウリョはかすかに涙ぐみ 「わたしをこんな場所に、連れて来てくれて、本当にありがとう」  と言って微笑んでいた。  シャンルメは、シオジョウとトヨウキツ、そして何より、チュウチャへのお土産を買った。  手荷物を持つシャンルメに 「あんたの子はまだ小さいだろ。あんたが傍にいなくて大丈夫なのかい?」  とイチキタユは聞いた。 「あの子にはお母さんが3人いるんだ。あとの2人が見てくれている。それに……今、城の中に移って来て。実は今まではずっと、違うお屋敷に居たんだ。きっと、わたしと一緒に城にいたら、わたしの仕事の妨害をしてしまうだろうから、って」  そう言ってからシャンルメは 「それで、今年やっと城に移って来たんだけど、あの子は凄くいい子で、わたしの仕事の邪魔なんて、ほとんどしないんだ。1人遊びをしながら、わたしの仕事が終わるのを待ってくれている。それでも、わたしとずっと一緒にいられるのが、嬉しいと言ってくれて。こんなに聞き訳がいいのなら、もっと、早くお城にいれてあげれば良かった。って思ってる」 「いやあ。そりゃ、聞き訳がいい歳になったから、何とかなってんのさ。ホントに小さい頃に入れてたら、きっと大変だったね。でも、あんたのあの子はいい子みたいだね。唯一気になるのがさあ……」  と言ってから、小声で 「なんか、あの男に似ていないかい?」 とイチキタユは言った。 「ああ。時々言われる」 「だよね。お母さんに似ていた方が、美人だったのにさあ。あんた将来きっと言われるよ。なんで母親似に産んでくれなかったんだい、って」 「そんな事、チュウチャは言わないと思うけどな」  そう言って、シャンルメは笑った。  イチキタユは皆を、個室のある料亭に連れて来た。 「エチクインにも何度か曲芸をしに来ているからね。この料亭は良く使うんだ。何しろ個室がある。料理が運ばれて来てから、3刻は個室で話し込める。店の者も他の客も近付かないから、安心だ」 「すごい。さすがはイチキタユさん」 「もっと言って、もっと言って。まあ、あたしの知り合いは、個室を必要とするような奴が多くてね。そのくらいの気は使わせてもらってるよ」  それからシャンルメはコウリョを見て 「今まで詳しい話は出来なかった。でも改めて、貴方をイチキタユさんに紹介してもらえるかな」  と言った。 「え……ええと……紹介……」  コウリョは戸惑いながら 「モトーリ家のオオクナリの娘コウリョです……」  と言った。 「ああ!あの凄い謀略家!知ってるよ。ショーコーハバリは百戦錬磨。戦に負けた事は無い。そして、あの謀略家も戦に負けた事は無い。どっちが勝つか、皆で賭けをしてたんだ。そしたら引き分けちまった。冗談じゃないって、色んな奴らが言ってたよ」 「父は、その……恐ろしい人だと言われるけれど……実は、わたしの母や、亡くなった正妻の女性を、凄く愛している人でした」 「そうなのかい!そりゃ、意外な一面だね!」 「恐ろしい人だなあ。と思うところもあるけれど……確かに娘達を、政略に利用するけれど、その娘が敵地で命を落とさぬようには、ちゃんと気を配ってくれる。だから、わたしも安心してギンミノウに嫁いで来たんですけど……その……思っていたような処じゃなくって……」 「思っていたって言うのは?」 「うん……その……その……」  コウリョは、ふうと息をついて 「父も恐ろしい男だとは言われますが、あんなに怖い印象の男性には、会った事が無かったので」 「ああ!あのヤクザのジジイだね!」 そう言ったイチキタユの言葉に、コウリョは思わず目を丸くした。ヤクザと言う言葉の意味は、一応は分かるけれど…… 「あのね、ショークは都に……何て言ったらいいのかな。抗争をしている、軍事的組織を持っていて……」 「そう。ヤクザなの。あの男。まずはヤクザになってから、国盗りをした男なんだよ。ヤクザと大名って言う、妙な二足草鞋を履いているのさ」  どうしてその情報を、自分は知らなかったんだろう、とコウリョは思った。  2人の言葉にタカリュウは 「都に屋敷を持っているって話は聞くけど。それが何でなのかは良く知らなかった。父上は都で抗争をしているんだな」  と言った。 「なんだい、あんた。息子なのに知らないの?」 「都では、商売をしているんだと思っていた。父上は良く油売りと言われている。侮蔑を込めて」 「都で商売をしているのはマーセリさんだよ。油売りをしているのもマーセリさんだ。いまや、油だけじゃ無いけどね。彼女が取り扱ってるのは。侮蔑を込めて?ふん。腹が立つなあ。成り上がり者をけなしてやりたいんだろうけど。あの男をけなすのは良いけど、マーセリさんを悪く言うのは許せないね。彼女がどんだけ立派な大商人かも知らないでさ」 「うん。そうだよね。コウリョさん、ショークの1番目の奥さんのマーセリさんは、大商人なんだ。本当に商人としての才能が豊かで、とってもお優しい女性なんだよ。素晴らしい人だ」  そう言って、シャンルメは微笑み 「貴方、もしかして、旦那様を好いている人なんじゃないの?初めて会った時に、いきなりそう言われて、本当にビックリした。謝るしか出来なかった。わたしにも、とっても優しくしてくれるんだ」 「そうか……父上の3人の女性の中の1人が、どんな女性なのかは、実はずっと気になっていたな。一時、城にかくまわれていた事は知っていたが、あの女性は大商人の女性だったんだな」  そこに料理が運ばれて来た。  運ばれて来た料理の華やかさに、シャンルメ達は驚いた。一番驚いていたのがタカリュウな事に、シャンルメは、領主の息子とは言えどあの質素な食事を食べるショークの息子なら、こんな華やかな料理は確かに、見た事が無いのかも……と思った。  恐る恐る口に入れると、都の味ほど薄くない。  食べ慣れているイナオーバリでの食事に比べれば、薄味と言えるが、味気ない事は全くなく、本当に美味しい料理だと思った。 「凄い。エチクインの料理は美味しいなあ」  そう言ったシャンルメに 「美食家のヤシャケイの町だからね」  とイチキタユは言った。 「ヤシャケイ殿は美食家なんだ」 「そう。城にうまい料理を並べて、人をもてなすのが大好きなんだよ」 「そうなんだ。どうして、わたしとミカライを誘ってくれないんだろう」 「ミカライ?」 「ヤシャケイ殿の娘を娶ったわたしの部下だよ。部下とは言っても、代々領主の家柄の男なんだ。とってもいい人だ。実直で誠実で」 「うーん。そりゃきっと、ヤクザのジジイがついてきたら嫌だからだね。あと、あれだ。ヤシャケイは基本受け身なんだよ。誘われれば遊ぶ。頼まれたら助ける。そういうところがある」 「そうなんだ。それであれだけ人望があるのは、やはり良い人だからだね」 「まあ、都合よく利用されている感はあるけどね。ま、良い奴ではあるね」 「良い人だし、エチクインの町は、何だかヤシャケイ殿の美意識を感じる町だなあと思った」  と言ったシャンルメに 「ああ。美意識ね。あの男は戦に弱いくせに金の兜とか着ちゃってさ。戦に出る時はやたら着飾るんだよね。悪いけど、ちょっと笑っちゃうね。でも、良い奴だ。少し優柔不断なところはあるけど、あたしは好きだね。さっき言った食事会も、何度か顔を出してる」 「ああ、そうか。何だか知り合いみたいに言っているなあと思ったら。イチキタユさんは、ヤシャケイ殿の知り合いでもあるんだね」 「もちろん。世界各国の大名と知り合いだからね」 「ヤシャケイ殿のおかげで、わたしやショークはサカイにも顔が利くようになった」 「へえ。あんたはともかくとして、あのヤクザのジジイまで、恩恵にあやかってるのは驚きだな」 「うん。ヤシャケイ殿はショークが好きじゃないからね。でも、恩恵を受けてる。ありがたい話だ。サカイにはジョードガンサンギャの城があるでしょう。実はヤシャケイ殿は、ジョードガンサンギャが好きじゃないそうなんだ。御仏の前では全ての者は平等。その教えが好きじゃないんだって」 「へえ。そいつは初耳だ」 「わたしは……御仏の前で全ての者は平等だと言うのは、間違いじゃないと思う。でも、間違いじゃないけれど、とっても危険な教えだとも思う」 「ほう。それは何故かい?」 「この教えを守る人は平等。でも、守らない人は違う。同じ御仏を、同じように信仰していない人は、平等の中に含まれない。むしろ敵なんだって。そういう発想を、彼らは持っているよね。ジョードガンサンギャは物凄い軍事勢力を持っているし、サカイのオウサイにオウサイ城と言う、ナヤーマ城にも負けないような鉄壁の守りの城を持っている。それは何故かと言うと、他の信仰を持つ人達と、大きな戦争をしたからだ。戦闘員である僧兵は勿論、女性や子供や、信者じゃない人まで巻き込まれ、10年戦争を超えるような死者を出した。そこから絶対に抗争に負けないように、ジョードガンサンギャは武装に、とてつもない力を入れるようになったんだ」  ふう、とシャンルメは息を吐き 「どんな御仏を信じる人も、どんな神様を信じている人も、どんな信仰を持つ人も、人はすべて平等。そうならないと、本当に平和な世の中は来ない。いつしか、そこまで人々の意識は変わらないだろうかと、そんな世の中にならないだろうかと、わたしは思っている」 「なるほどねえ。まあ、難しい話ではあるけど分かるよ。しかし、その戦争があった頃、あんたは生まれて来たか来ないかくらいだろ。よく勉強したねえ」 「有名な戦争だし。それに、戦う相手だからね。少しは学ばないと。実は……その……どんな信仰を持つ人も平等。そう言ってくれるのなら、ジョードガンサンギャの信仰は、良い信仰だと思っているんだ。戦っている相手なのにね」 「ジョードガンサンギャは……信者な訳では無いけれど……父が、手を結んでいる相手です……」  そう小さく言ったコウリョに 「ああ。そうだよね。モトーリ家とジョードガンサンギャが、本当に組んで攻めて来たら、きっとわたしとショークも大変だと思う」 「でも……あなた方もカゲヨミと言う同盟者がいるでしょう。もしも、この間の戦争で、カゲヨミも来ていたなら、おそらく、自分は負けていたかも知れない。そう父は言っていました」 「そうだよね。カゲヨミはわたしとショークがアキシマに攻め込んだちょうどその時に、ジョードガンサンギャと戦う事になったと聞いた」  そう言い、シャンルメはジッとコウリョを見つめ 「それを仕向けたのは、貴方のお父上だよね」  と微笑んだ。コウリョは少し戸惑いながらも 「ええ。そうです」  と小さく答えた。 「カゲヨミは御仏を信じる、とても信心深い人だけれど、ジョードガンサンギャとは相容れないんだよね。その一族の大切な肉親を、ジョードガンサンギャとの戦いにより失っているからだ。だから、ジョードガンサンギャが決起したら、戦わない訳が無い。彼がジョードガンサンギャと戦うように、貴方のお父上は仕向けた。だけど……そんな事をしなくても、ショークはカゲヨミに出陣は、頼まなかったと思う」  そう聞いてコウリョは驚き 「何故?」  と聞いた。 「カゲヨミに出陣を頼むのは、きっと、よほどの時だよ。わたしはカゲヨミが好きだけど、ショークは実は、カゲヨミが好きじゃない」 「えっ、それは何故……」 「衆道家なのが好きじゃないみたい」 「えっ、そんな理由で嫌いなのか?」  もくもくと食べていたタカリュウは驚いて、初めて口を開いた。 「俺も良くは知らんが、衆道家って言うのは、生まれつきなんだろ?生まれつき、なんか良く分からんが、男が好きなように生まれちまった。それは当人のせいじゃないし、そんな事を嫌ったり責めたりするのは、何だか悪い気がするけどな」 「うん……カゲヨミも実は、女性を抱けない事を凄く苦しんでいたんだよ」 「そうなのか。それは不憫な話だな。俺は普通に女好きに生まれて来れて、良かったと思ってる」 「うん……わたしも本当はショークとカゲヨミには、もっと、仲良くして欲しいなあ。せっかく強い味方を得れたんだから」 「そうだよな。まあ、一度一緒に戦に立てば、認められるようになるだろう。俺にはそう思えるな」 「うん。そうだよね。わたしが2人の橋渡しになれるように頑張りたい」  そう微笑んで言ったシャンルメに、タカリュウは身を乗り出した。そう言えば、彼は一足先に食事が終わっている。よほどうまかったのだろう。米粒1つ残さず食べていた。 「でな、シャンルメ殿。男にも衆道家がいるが、女にも、女が好きな女がいるだろう?」  とタカリュウは聞いた。 「シオジョウは?そういう女なのか?貴方の事が好きなのか?」 「そんな事は無いよ。わたし達は、強い絆で結ばれているけれど、それは友情であって恋じゃない」  そう答えたシャンルメに 「ああ。やっぱりな。実は……シオジョウの好きな相手は、ジュウギョクじゃないかと思ってるんだ」  と、タカリュウは言った。  その言葉に、シャンルメは目を丸くした。 「ジュウギョクは貴方の事が好きだ。貴方の事が好きで、嫁も貰わないし、恋人すら作らない。でも、そんな報われない思いを持たせていないで、なんとかシオジョウと……」  そう言ったタカリュウに、シャンルメは 「ちょ、ちょっと待って!」  と焦ったように言った。 「ジュウギョクがわたしを好き?そんな訳は……」 「えっ、気付いていないのか!?」 「そんな事、無いと思うんだけど……」 「無い訳ないだろ。ジュウギョクは貴方がチュウチャを身ごもった時に、父上を憎いと言ったんだぞ。あの優しい男が、父上を憎いと言う程、貴方が好きなんだ」  2人の様子を見ていたイチキタユは 「ちょっと待った待った。シャンルメ困ってるじゃ無いの。ただ……気になるな。そのジュウギョクって男。シャンルメを好きだから、嫁も貰わないし恋人も作らないの?いい男なのかい?」 「ああ。いい男だ。武将としてもとても優秀な男だし、美丈夫で有名だ」 「いいじゃないか。あの男から、あんたを奪って欲しいくらいだね」 「な……何言って……イチキタユさん!」 真っ赤になったシャンルメは、やがてタカリュウを見つめ 「わたしには鈍いところがあるから、正直、貴方の言う、ジュウギョクとシオジョウの気持ちが本当なのか分からない。でも……わたしはシオジョウにも、恋をして欲しいと思っているんだ。実はシオジョウが好きだと言う男性も、現れたんだけど……」  そう言ってからシャンルメは、しばし言葉を探し 「その男性はシオジョウを好きなんだけど、シオジョウはその男性を全く好きじゃなくって。わたしはその様子を見て、安心してしまったんだ。少し身勝手だなあと思った。自分にもショークと言う愛する男性がいるのだから、シオジョウにも愛する男性と恋をして欲しい。そんな事でわたし達の大切な友情は、失われたりしないから」 「うん。そうだよな。シオジョウは貴方の事をとても大切に思っている」 「だから……とりあえず、本人から気持ちを聞かせてもらって、それから色々考えようと思う」 「うん。分かった。まあ、その……俺もおせっかいだとは思うけど、妹や親友に、幸せになってもらいたいんだよ」  話し込んだ後で、4人は店を出て、のんびりと歩き、2人はナヤーマ城に、シャンルメはキョス城に、そして、イチキタユは都に戻る事になった。  イチキタユは、一座の人達が彼女を迎えに来ていた。  最後に、ギュッとシャンルメを抱きしめ 「あんたに会いに来れて良かった。絶対にまた一緒に曲芸をやろうな!」  と言った。 「うん。貴方はわたしの、とても大切な友達だ!曲芸はわたしの、とても大切な趣味だ!」  そう微笑んで、2人は何度も何度も手をふった。  そのまま3人は東に向かい歩き出したが、やがて、 「では、わたしはここで」  と言ってシャンルメは厩に向かった。 「コウリョさん、タカリュウ殿、とても楽しかった。ありがとう。お2人も、これからも仲良く」  そう微笑んで、赤馬に乗るシャンルメを2人は見送った。やがて、 「俺達も馬で帰るか」  とタカリュウは言った。  コウリョを前に乗せて、後ろでタカリュウは手綱を持って、馬を走らせた。 「しっかり乗っておけよ。落ちないようにな」  そう言った後に 「お前は普通の娘なんだな。今日の事で良く分かった。これからは、俺の4人目の女として、大切にしようと思う。父上も女は3人とこだわっていたのに、4人目の女が出来た。俺と同じだ」  そんな風に笑って言った。 城に戻って来た時、コウリョは驚いた。  道すがら思っていた。父に報告しようと。  ショーコーハバリが都ではいわゆるヤクザで、都に軍事勢力を築き、その妻が大商人である事や、何より衆道家であるカゲヨミが好きでは無いので、滅多な事では出陣を頼まないだろうと言う事を、父に報告しなければと、そう思いながら帰って来たのに……  いざ帰って来て、自分の部屋に着いたら、そんな気持ちがどこかに行ってしまった。  何度も自分を気遣い、振り返り声をかけてくれたカズサヌテラスや、4番目の女として大切にすると言ってくれたタカリュウを思うと、とても、そんな事を父に報告する気持ちになれなかった。  こんな気持ちになったのは、初めてだ。  今までの嫁ぎ先では、無かった事だった。  どうしたものか。そう戸惑いながらも  報告しなくても……父なら知っている筈……  そんな風に自分に言い聞かせた。  キョス城に戻って来たシャンルメは、チュウチャにお土産を渡し、そのお土産で一緒に遊んだ。  思い切り遊んだ後に、少し片づけなければならない仕事があると言い、職務に取り掛かった。  食事は3人の母と会話をしながら一緒に取り、食事の後にまた少しシャンルメと遊び、チュウチャは機嫌よく床についた。  チュウチャが眠った後に、また少し仕事を片付け、それから、シャンルメはシオジョウに話をした。  シオジョウは眉間にしわを寄せ 「ついに、あの兄が貴方にまで言い出しましたか!」  なんて言った。 「何度違うと言っても、兄は、わたしがジュウギョクを好きだと決めつけるんです!!」  実はジュウギョクには母がいて、とても賢い素敵な女性で、その女性に会いたいために会いに行っていたのに、勝手にジュウギョクに惚れただとか言い出して、迷惑千万。本当に迷惑だった。  と言う、内容の事を言われたので…… 「なあんだ。貴方がジュウギョクを好きなのも、ジュウギョクがわたしを好きなのも、タカリュウ殿の誤解なんだね」  と、シャンルメはホッと息をついた。 「どうでしょう。ジュウギョクがシャンルメ様を好きなのは、誤解じゃないかも知れないです。あの兄は、見当外れな誤解もしますが、シャンルメ様が女で、父と愛し合っているのは、見抜きましたからね。ジュウギョクが父上を憎いと言ったと言うのも、わたしには驚きです。そんな事を言うような男じゃ無いのに」 「うん……でも……その……」  シャンルメは困った顔をして 「実は、トーキャネもわたしを好きだと、ショークに言われて……」 「ああ。トーキャネはシャンルメ様が好きですね。それは、わたしも分かります」 「分かるんだ。わたしは分からなかった」  ふう、とシャンルメは息をして 「トーキャネもジュウギョクもお嫁さんを貰わない。それがもし、わたしを好きだからならば、わたしはどうすれば良いんだろう。どう2人に、お嫁さんをもらって、幸せになってもらえば……」 「それは気にしても仕方が無いです。何より、聞かなかった事にしてあげた方がいいです。好きだと言う気持ちを、勝手に周りの人間に告げられてたなんて、なかなか当人には口惜しい話です」 「そうなんだ……聞かなかった事に……」 「そうです。ただ、何事も無かったように、今まで通りにふるまっておけば、良いんです」  シャンルメとショークは戦に赴いた。  南で大きな戦をオオクナリとした後の、初めての戦だった。今度は北だ。北へと赴く。  チュウチャに、待っていて欲しいと頼んだ。  兵糧を徹底的に確保し、トヨウキツをチュウチャの元に残す事にした。シオジョウは連れて行く。  毎回毎回、大切な娘達を戦に連れて行く事に、どうしてもシャンルメは抵抗を感じたのだ。  チュウチャは初め、ぐずって嫌がったが、今回は残ると言う事を納得してくれた。イツメも泣いてシャンルメを心配したが、チュウチャと一緒に残ると言った。戦の間はイナオーバリに、チュウチャの元に来ていると、イツメは言い出した。  イツメは不思議な子だな、とシャンルメは思った。  あまり、父親のショークを心配しないのだ。  彼の方がずっと、傷を負っているのに。  シャンルメの心配ばかりする。  そう言えばナガナヒコが、イツメは治癒の能力者としての、霊圧を持っていると言っていた。  だから、だろうか。能力者として、ショークが簡単には死なぬ男である事が、分かるのだろうか、とシャンルメは思った。  宣戦布告をした戦地に赴いた。  シャンルメとショークは乱取りをしない。  それはすなわち、いきなり城下町を攻めるような真似は絶対にしない、と言う事でもあった。  常に正々堂々と宣戦布告をし、戦場を指定するような、そんなやり方で戦っていた。勿論、裏をかかれるような事もある。それでもいきなり相手の住処を奪うような、真似はしなかった。  突然相手を攻めるような事をすれば、絶対にその城下町は戦場になり、略奪が起こる。  その戦い方をするつもりは、シャンルメにもショークにも無かった。  しかし、戦場に相手の軍隊が来ない。  だが、城下町に直接殴り込みになど来てもらいたく無いから、ほとんどの戦う相手は逃げるような事はせずに、指定した戦場に赴いていた。  もしくは、裏をかくような真似をするか、望む戦場におびき寄せるか……そして、一番多いのは、戦わずに屈して来る事だ。  何か事情があるな。そうショークは思った。  すると、戦う相手である筈のミャセンから、それこそ、命からがらと言う様子で使者がやって来た。  実は城下町が、さらに北の少数民族の国アルから攻め込まれた。城下町では略奪の限りを尽くされ、乱取りにより多くの市民達が命を奪われている。  我々ミャセンは、貴方達の支配下に置かれよう。  貴方達は戦闘員は殺し尽くすが、乱取りをけっしてしない、そして、支配下においた土地に大きな恩恵をもたらす方々だと聞いている。  支配されるのならば、貴方達がいい。  どうか、城下町に攻め込んで来たアルを倒してくれ。  そう言われ、ショークとシャンルメはミャセンの城下町へと軍をあげた。  突然攻め込まれ、多くの市民の命を奪われ、略奪に遭い、女子供を攫われていたミャセンの人々は、助けに来たシャンルメとショークの軍隊を、何者なのか分からなかったようだった。  敵であるような振る舞いはしていないが、まさか救いに来た味方だとは、思えなかった様子だった。  シャンルメはまず、逃げ惑う市民達を、襲われていた女性と子供達を、救う事に奮闘した。  まさに、目の前で行われる乱取りを、彼女は初めて見た。泣きながら逃げ惑う娘を、抱き寄せるように救い、風の刃を男達に向ける。自分自身は勿論、1人1人の兵士達を賢明に戦わせ、人々を救わせた。 今まさに衣服を剥ぎ取られ、乱暴を働かれようとしている女性を、シャンルメは賢明に助けた。  その人を抱きかかえるように救い 「この女性を傷つける事は許さない!」  と言った。  言われた男達は呆気にとられ 「お前が代わりになるって言うのか?いいじゃねえか、喜ばせてくれよ」  と笑って言った。  背筋が凍り付くような、悪寒を感じた。  戦わなければ。戦ってこの人を守らなければ。  そう決意したシャンルメに、男は突如 「う……動けない……」  と言った。  そう、ジュウギョクが影を射ていたのだ。  そのままジュウギョクは光の矢を放ち、男は絶命した。シャンルメの元に駆けつけようとして、転んでいたトーキャネが 「よくやった、ジュウギョク殿!」  と言った。 「出来る限りの人は殺したくない。しかし、あのような男は別です」  そんな風にジュウギョクは言った。  子供達が次々に袋に入れられて攫われていく。  そうか、これを大袋と言うのか。  人を袋に入れて売買する。  それが世界各国にあるのは知っていた。  その子供達を救うべく、シャンルメ達は賢明に戦い、彼らの乱取りを止めた。  泣いてはいけない。相手が見えなくなる。  そう思いながら、そう堪えながら、彼女は戦った。  女性や子供を救うべく、戦った。  乱取りをこの世界から消す。そう決意をしていた身ではあるが、実際に目の前で行われる乱取りを見たのは、彼女には初めての事だったのだ。  本当に許しがたく、何としても1人でも多くの人を救わなければと思った。  乱取りをこの世界から、無くさねばと思った。  奮闘するシャンルメの身を、トーキャネは心配した。泣きながら、しかし泣くまいと賢明に戦う彼女は、本当にいつもに比べ、多くの傷を負ったのだ。  城下町から一兵残らず、殺すか撤退させるために、ショークは先頭切って戦っていた。  彼のすさまじい攻撃に、多くの人達は死に、そして、逃げ惑って行った。  城下町を救い、一息ついた時に、ショークは初めてシャンルメが溢れる涙を堪えながら、傷を負いながら戦っていた事を知った。  傷を負った彼女の姿にショークは、従軍させていたナガナヒコを呼び、 「今すぐに癒やせ。治せるな」  と低い声で言った。その迫力は味方にも恐ろしい程だった。  シャンルメは勿論すぐに、無傷の状態に戻った。  ショークは、アルの侵略軍を城下町から追い払った後、侵略を受けた雪辱を晴らしたいだろうと言い、ミャセンの軍隊の者達を自らの指揮下に置き、戦わせる事にした。  ミャセンの城には、多くの人々が逃げ込んでいた。  そう、城と言う物は民を救うためにある。逃げ込めなかった人々が、乱取りの被害に遭ったのだ。その城に領主の若君だと言う、1人の少年がいた。  8つだと言う。チュウチャの2つ上、イツメの1つ上だ。もしも自分に男の子がいたら、こんな感じなのだろうかと、シャンルメは思った。  美しい子供だった。幼いながらに、愛らしいと言うよりも精悍と言う言葉が似合うような、凜々しい外見をしている。傷を負ったのか、右目に眼帯をしていた。その眼帯が、不思議と良く似合った。 「おれにも戦わせたください」  左目から涙を流し、彼は言った。 「お前にはまだ早い。戦うためにはもっと強くなれ」  ショークは彼にそう言った。 「ならば、貴方の戦いをこの目で見せて欲しい」  彼はそう言い出した。 「よかろう。実は俺も初めて戦ったのは、お前と同じ8つであった」  ショークはそう言い、若君を戦場に連れた。  そして別行動をする、シャンルメに言った。  降伏をさせる、いつもの戦い方をするな。  ミャセンの者達は、降伏で相手を許す気など無い。彼らの思いを尊重するべきだ。  そして……彼らを俺の元で戦わせるために、ジュウギョクを貸してくれないか。  そう言われた。  そう、精鋭では無い弱き者を指揮するのを、ジュウギョクは得意としている。  タカリュウは、ナヤーマ城を守っていていなかった。  降伏をさせないのだ。ジュウギョクは勿論、貴方の元に送る。  シャンルメはそう言った。  ショークのような殺し尽くすような戦い方では無いが、シャンルメは風の力を使い、賢明に軍を指揮して戦った。  彼女の元で、ミカライやトーキャネ達も自らの力を使い、奮闘していった。  戦場でジュウギョクが自分のすぐ近くにいない事は、もししかしたら初めてかも知れない。  シャンルメは、そう思っていた。  そのジュウギョクの部下の1人に、女性がいた。  一時、合流をした時に、その女性が、顔に傷を負っている事に、シャンルメは気がついた。  目の大きい、眉の太い、肌の色の濃い、健康そうな外見の女性で、一見あまり女性に見えないのだが……その娘が、勇ましい外見をしているが、女性だと言う話は、シャンルメも聞いていた。  戦の中で、頬に大きな傷を負ったのだ。  シャンルメはジュウギョクを呼び、その女性にナガナヒコの治療を受けさせるようにと言った。  ジュウギョクは何と、その人を女性だと気づいていなかったようだ。話すと 「それは、治療を受けさせねばなりませんね。気づかずにいて申し訳ない」  と言って、その女性フィルクの元に行った。  そしてフィルクに、ナガナヒコの治療を受けるようにと伝えた。  すると、男勝りな外見のフィルクは泣き出し、 「そのように気を配っていただけたなんて、嬉しい」  と、ジュウギョクに幾度も幾度も感謝を伝えた。  男勝りな外見をしていても、女性なのだ。  部下に女性がいた事に、気を配っていなかった事をジュウギョクは悔やんだ。  最初に指定していた、ミャセンと戦う筈だった戦場。そこにシャンルメとショークは陣を引いた。  だが、城下町から脱出したアルの者達は、シャンルメ達が指定した戦場から、遠く逃げた。  彼らは山岳の民だったのだ。  勝手知ったる、山の中で戦おうとした。 追うより他に無い。ショークとシャンルメは彼らの後を追い、山の道を進んだ。  そして、決戦に望んだ。  アルはまさか、自分達がミャセンを攻め込んだ時に、ショーク達と戦う羽目になるとは、思いもしなかったようだった。  だが、こうなったら、何としても相手を倒さなければならない。そのように覚悟を決めたようだ。  そして、わずかにでも勝機のある、山岳部を戦場と定めたのである。  確かにショークは、平原や草原のような場所の方が、戦う事は得意としている。  だが、山岳部を戦場にしたからと言って、やすやすと負けるような男では無い。  闇の波動により相手だけでは無く、山の木々も多く、燃え尽きるように枯らした。  枯らしてしまえば、こっちのものだ。  わずかな苦戦はしたものの、アルの者達を次々に血祭りにあげて行った。 その戦いぶりを、ショークの元で若君は、その片目の目をそらさずに見つめていた。  すると、その山岳部隊を治める、アルの王の1人が、ショークと精鋭達の元に突撃してきた。 「獣王の神!」  と、王の男が叫ぶと、その男と周りの兵士達は皆、一回り、体も纏う空気も、大きくなったように見えた。  ハルスサの獅子王の神に近い。  強いて言うならば、バーサーカー。  獣王の神と言う、獣としての強さを持つ神を、自身と周りの兵士達に乗り移らせたのだ。  その攻撃力は増したが、それ以上に増したのは素早さだった。  王の男と兵士達は皆、とてつもない速さで攻撃をしてきた。  ショークは賢明にその攻撃をかわし、闇の刃を向けたが、それを凄い速さで避けて行く。  これしか無いと思った。 「皆の者!この地から……俺から遠く離れろ!」  精鋭達にその言葉を届けた。  しばし強い攻撃を受けながら、両肩から血を流しながら、ショークは大地に手を置き、目を閉じた。 「大地から導き、闇の波動!」  そう大きく叫んだ途端、とてつもない範囲が闇の、焼けるような攻撃に包まれた。  どんな素早さでも逃げようもない程、大きな攻撃を、敵方に向けたのだ。  自身もその攻撃を受け、いつも以上にショークは満身創痍、深い傷を負っていた。  そして……遠く逃げたつもりの、獣王の神の男は、その右手と右足を失い、倒れ伏した。  その姿を見たショークは、その男に闇の刃を向け、完全に命を奪った。  なかなかの強敵であった。  そんな風にショークは思っていた。  山岳部隊のアルは、実は3人の王と言える指導者により、導かれている国だった。その3人のうちの1人が女性だった。その女性は軍を引き連れ、シャンルメの前にやって来た。そして 「わたしが戦いたいのは、カズサヌテラスよ。カズサヌテラス、わたしと一騎打ちをしろ!」  と大きな声で言った。  その声に導かれるように、シャンルメはその女性と向き合った。 「カズサヌテラス、お前は女だろう!」  そう、そこに立つ、凜々しき女性は言った。 「女でありながら、男と偽り生きている。その上で、女として男に守ってもらっている訳だ。わたしは自身を偽ったりしない。こうして、女として戦場に立っている。お前のような、卑怯な生き方をしたりはしない!お前はわたしにとって、許せぬ存在だ!」  そうか。この女性から見ると、自分の生き方は卑怯に見えるのか。その事にシャンルメは驚いた。  そして、その一方で、胸に言い知れぬ思いが湧いた。女性をしかと見つめ、シャンルメは胸に湧いた、その思いを口にした。 「1つ聞きたい。貴方は女性であると言うのに、何故、部下達の乱取りを許すのだ。貴方の配下の者達が、城下町で多くの女性に、本当に酷い乱暴を働くのをわたしは見て来た。自身が女性でありながら……何故……何故、そのような暴力を許すのだ!」  シャンルメの瞳から涙が零れる。  その光景を見入りながら、女性の王は 「何を言っている。部下達が勝手に乱暴狼藉を働いた事で、何故わたしを責めるのか!」  と怒ったように言った。  そうか。わたしは、理不尽な事を口にしているのかも知れない。それでも、やはり乱取りは許せない。  この世界から、乱取りを無くさなければならない。  それを平然と実行させられるこの人は、わたしとは相容れない人だ。 「貴方はわたしを許さぬと言った。わたしも貴方を許さない。ああ、正々堂々と戦おう!」  そう言いながらシャンルメは風の翼を取り出し、女性に向かい、しかと構えた。  女性はふわりと宙に浮いた。  よく見ると布のような物の上に立ち、それが浮いているのだ。浮いている状態のまま、物凄い速度でこちらに向かって来た。  そして、シャンルメの風の刃とはまた違う、鉄球のように固い空気の塊を、シャンルメにぶつけて来た。  ショークを助けた事のある精鋭と同じ、空の神だ。  シャンルメは固い空気の塊にぶつかり、わずかに弾き飛ばされ、傷を負った。 「ふん。噂ほどでも無いな」  そう言い、女性の王は口の端を上げた。  シャンルメは風の翼に乗り、空を飛んだ。  空を飛ぶ、女性同士の戦いとなる。  空気の球をぶつけて来る女性に対し、空を飛びながら風の刃を向けた。風の刃で空気の球を相殺し、そして、女性にも風の刃を向けて斬りつける。  戦いは互角だった。  お互いに傷を負っている。  シャンルメは、はたと気がつき、女性の乗るその布に向かい、風の刃を向けた。  すると布は切り裂かれ、破れて、女性は地上へと落ちて行く。  その時に、風の刃により、深い傷も負っていた。 「降伏して欲しい」  そうシャンルメは言った。 「わたしは女性を傷つける事を、快しとしない」  そう言ったシャンルメに対し、女の王は目を開き 「女であるお前にまで、そんな同情をされるなんて、ごめんだ!」  そう言いながら、シャンルメを睨むように見つめた。 「お前の男が殺した、獣王の神を召喚していた、あの男はわたしの婚約者だった。腕と足を失った。だからもう、戦う事は不可能だった。そこで命を助ける事も出来ただろう。なのに、お前の男は命を奪った!」  そう一筋、女性の目から涙が零れた。 「それなのに、お前がわたしを殺さないと言うなんて、何という皮肉だろう。お前はやはり、許せない!」  そう言いながら、最後の抵抗のように、女性は空気の球を次々にシャンルメにぶつけた。  傷と打撃を受けながら、シャンルメは 「分かった……貴方をこの手で殺す」  そう小さく言い、風の刃を彼女に向けた。  向けられた風の刃を受け、もう一太刀の風の刃を受け、その女性は絶命した。 シャンルメが自身が女だと言われた事を否定しなかった事で、兵士達の間で「お館様は本当に女なのでは無いか」と言う噂が広がり、ちょっとした騒動になった。 「お館様は、女性だと言われて否定をしなかった。それに、あれだけ女が酷い目に遭う事に心を痛めておられる。お館様は女性なんだ」 「何を言うか。お館様はお優しい方だから、心を痛めておられるだけだ。お館様が女性な訳があるか」 「いや、お館様は絶対に女性だ。今までもそう思っていた。もはや、確信に変わった」 「ならば、どうやって、本当に女性であるのかを、確認すれば良いのか」  などと、兵士達の間で言い合いが起こったのである。  その、ちょっとした騒動を見ながら、トーキャネは正直どう、その騒動を止めたら良いのかが分からなかった。するとトスィーチヲが 「おいおい、お前ら!」  と大きな声で兵士達に向かい 「お前らはようするに、お館様が女性である方が嬉しいのだろう?ならば、勝手に信じておけ。お館様が女性なんだと、思っておけばいいじゃないか!」  などと笑って言った。  そのまま、その真相を確かめようなどと言う声は、次第に無くなって行き、その様子にトーキャネはホッと息をついた。 「全く。馬鹿な噂を信じる奴らがいるなあ」  などと言うトスィーチヲを見て、トーキャネは、そういうお前はなんで、お館様が女性だと分からないんだろうなあ。と思い、「訳の分からんヤツで、そこが面白い」と、この親友は自分の事を言うが、それは自分もこの親友に対し、思う事だと心から思った。 突然、城下町が戦場になり、そして、その戦場を山岳部に移した事で、予定よりも長い事戦場にいる事になってしまった。  トヨウキツの手筈で兵糧は確保しているから、何とかなった。シャンルメとショークはトヨウキツの存在に、心から感謝した。  戦場にいると、ショークは髪を剃らない。  白髪交じりのその髪が、短くはあるのだが少し伸びてきた。剃っているのが勿体ないくらい、彼の髪はふさふさとしている。  それだけで無く、彼は戦場にいると戦う事以外に気を配らなくなる。何しろ、寝るのも地べただ。  シャンルメは毎日、湯を沸かし体を拭いて、寝間着に着替えて、小さな寝台で寝る。  この間は何と、トーキャネに助けてもらい、洗った髪を乾かしてもらった。これはシオジョウもしてもらった。トーキャネの熱風は、髪が良く乾く。  さすがに汚れてきたショークが気になって、シャンルメはショークを自身の寝台のある、小さな部屋のような場所に呼んだ。  湯をたっぷり沸かし、彼の体を拭いたのである。  髭も整えた。髪はいいと言われた。短い彼の髪を、切りはしないが洗ってあげた。放っておけば乾くと言われた。  そして、負った傷の手当てをし、汚れた体をよくよく拭いた。するとショークは 「参った……」  と小さく言い 「裸でそなたと向き合っていると、その気になってきた……」  と言い出した。 「え……」  戸惑うシャンルメに 「すまん。口づけだけでもいいか」  とショークは聞いた。  そのまま2人は口づけを交わしたが、それで終わる筈は無く、小さな寝台で2人は愛を交わした。  戦場で抱かれる事を、拒むのでは無いかと心配していたシャンルメは、それを泣いたり嫌がったりしなかったので、ショークはホッとした。  終わった時に 「すまん。なんて男だ。俺は」  とショークは言った。 「大丈夫。戦場にいる間も、毎日薬を飲んでいるから」  そうシャンルメは朗らかに笑った。 「俺に抱かれる事は、嫌では無かったか」  そう聞かれたシャンルメは、しばし言葉につまった。そして、 「マーセリさんは、恐ろしい目に遭ったために、貴方に抱かれる事が出来なくなったと言っていた」  と小さく言った。 「ミャセンの城下町で、まさにそのような目に遭う、女性達を見た。わたしは……彼女達をその苦しみから救いたかった。そのような悲劇から救いたかった。でも、救えなかった人がいた。わたしだっていつ、そのような恐ろしい目に遭うか、分からない」 「何を言うか。そなたは俺が守る」  そう言ったショークにシャンルメは 「でも……現にマーセリさんは、傷つけられている。例え貴方でも、守る事が叶わない時もあると思う」  と言いながら、一筋の涙を流した。 「貴方を責めている訳では無いんだ。ただ、現実とは、時にとても残酷で、恐ろしいものだから……」  その言葉にショークはただ 「ああ……」  と返す事しか出来なかった。 「貴方に抱かれる事の出来る自分が、わたしは本当に嬉しかった。マーセリさんや彼女達には、とても申し訳ない思いもした。それでも、わたしは1人でも多くの人を救いたい。その上で、貴方の事を愛し抜きたいと思う」  泣きながら、まっすぐに自分を見つめ、そう言って来たシャンルメを見て……シャンルメは、何故泣いているのかとショークは思った。  ミャセンの町で、沢山の女性達が被害に遭った。  そして……女の王を、自分の手で殺さねばならなかった事も、とてもつらかったのだろう。  そのための涙なのだと言う事が、ショークにも分かった。  この娘は、心優しい娘だ。  その心優しい、傷つきやすい娘を、戦い続ける道に人を殺し続ける道に、自分は導いてしまった。  もしも、かの女神の社に2人で行けば、女神は絶対に自分の事を「この娘を不幸にする男だ」と思い、別れさせようとするだろう。そうだ、俺はこの娘を不幸にする男なのだ。  だが……別れられない。この娘を失う事など出来ぬ。天獣を呼び寄せる、使命のためだけでは無い。  それを口にしたら、この娘は「口先だけだ」と言うから言葉には出来ぬ。だが、かつてマーセリに言われたように、俺はこの娘を一番に愛しているのだ。  そう思いながらショークは、シャンルメの涙をそっと拭い、そうして静かに口づけを交わした。  シャンルメは、抱かれる事に抵抗を感じなかった。喜びを感じたと言ってくれた。人々を救う決意と共に、自分を愛し抜くとも言ってくれた。  だが、ショークは自身の精鋭である部下達の元に戻って来た時、正直、彼らに合わせる顔が無かった。  部下達に禁欲を強いていると言うのに、俺と言う奴はなんて男だ、と思った。  それが恥ずかしかったために、翌日からいつも以上にやる気を出し、賢明に戦った。 3人の王のうちの、最後の1人。  その男が、ショークの元に現れた。  ショークは現れた王をジッと見つめた。 「わたしは共に国を治める、姉と、姉の婚約者とを、あなた方に殺された」  そう言いながらまだ少年に見える、その王の男は、手を翳し 「皆の者、この者達を殺せ!」  と言った。  少年が導いている兵士達だけでは無く、なんと山に住む沢山の動物達、熊や鹿や猪達が、ショークをめがけて突進して来た。  ショークは胸にしまっておいた、ありったけの石を放り投げ、 「歴史の闇に葬られし者達よ!」  と叫んだ。  沢山の恐竜達が出現した。  暴獣が熊に突進して行く。巨象が鹿を踏み潰して行く。翼竜が兵士達に突撃して行く。  大変な混戦状態に陥った。  その様子を眼帯の若君は、目を輝かせて見ていた。  兵士達、動物達に守られるようにして、逃げていた少年王に向かい、ショークは闇の刃を向けた。  沢山の鳥達が少年の盾となり、死んで行く。  だが、少年には当たらない。  ならばと、大地に手を置き目をつぶり、闇の波動を向けた。  少年を守る兵士達、動物達を巻き添いにして、最後のアルの王は、闇の波動により死して行った。  山岳の国のアルを倒し、その北の大地を制圧した。  二カ国の非常に広い領土を、一度の戦いで手に入れたのである。  天下が、この広い世界が、統一されようとしている事をシャンルメは感じた。そして恐らく再び、オオクナリと、ジョードガンサンギャとの戦いを、せねばならぬだろうと、そう思った。  オオクナリとの戦いが始まったなら、あの女性コウリョは国に帰るのだろうか、と、ぼんやりと思った。 コウリョの事を、好きになっている自分に気がついた。国に戻ろうとも元気でいて欲しいと、そんな風にシャンルメは思っていた。  そして……シャンルメは改めて、ショークについて戦いを見ていた若君のところに来て、その目は傷なのかと聞いた。  傷を負ったし、見えなくなった、と彼は答えた。  ナガナヒコの元に行き、あの若君の目の傷を治してあげて欲しいと言った。  するとナガナヒコは、それは出来ないと言った。  何故と聞くと、自分には分かる、と言った。  あの若君はいつか、その目を治す人に巡り会う。  自分には、視力まで取り戻させる事は出来ない。  だが、それが出来る人と巡り会うだろう。  わたしには予知のような力も、少しある。  彼がその人に巡り会う時のために、わたしは彼の傷は治さないでおく。  そう言って、ナガナヒコは微笑んだ。  若君は最後に、ショークの元に行き 「いつか、貴方のような武将になる」  と言って、まっすぐに彼を見つめて来た。 「子供だが、ミャセンを救う事に全力を尽くす」  とも言った。 「ああ。お前が戦場に立つ日を楽しみにしているぞ」  ショークは、そう言って微笑んだ。  イナオーバリに帰って来ると、チュウチャとイツメは泣きながらシャンルメに抱きついてきた。そして 「今回は我慢したよ。でも、毎回毎回待っていろなんて言わないで欲しい」  と2人に言われて、シャンルメは戸惑った。  こんなに遅くなると思わなかった。本当に心配したんだ、と何度も言われた。それは無理も無い気がした。  ショークは、ならば自分が良いと判断した時には、2人を連れて行く。と言った。  城でチュウチャと日々を過ごしている中で、シャンルメは噂を聞いた。  傷を負って治したあの娘フィルクは、ジュウギョクに感謝して、かいがいしく彼の面倒を見に行っていると言う。ジュウギョクは想いを寄せる女性が多いから、時に他の女性達と張り合って、喧嘩をし、水をかけられたりしながらも、ジュウギョクの世話を焼くのを、必ず自分がすると、諦めないのだと言う。  そして、そもそもフィルクが女だてらに、戦場に赴くようになったのは、どうやらジュウギョクが好きだからであるようだ。  彼女は、武家の良家の娘だった。  戦場に立つ女性がいない訳では無いが、そのほとんどが腕っぷしに自信があり、金を稼ぐために戦場に赴いた貧しい娘達だった。  フィルクは違う。良家の娘が、戦場になど赴く必要は無いのだ。  それでもジュウギョクを思うあまりに、父を何とか説得して、彼の部下になったのだと言う。  彼女の傷に気づいて治していて、本当に良かった。良家の娘が傷を負って帰って来たら、彼女の父親は、二度を娘を戦場にやるかと思ったに違いない。  シャンルメは、そのままフィルクがジュウギョクの妻になってくれまいか、と思った。  そして、2人を城に呼んだ。 「すっかり傷が癒えたみたいだね。良かった」  そうフィルクに微笑んだシャンルメは 「ジュウギョク、これからもフィルクを大切な部下として、仲良くしてやって欲しい」  とジュウギョクに言った。  お嫁さんにどうか、とまでは、さすがに言えなかったが、ジュウギョクは少し照れたようなそぶりで 「いや……最近、彼女には身の回りの世話のような事もやってもらっていて……独り身なもので助かっているのですが……何やら、申し訳ない思いが……」  そう言ったジュウギョクに 「申し訳なくなどありません!わたしが、好きでしているのです!お世話をさせてくださり、本当に感謝しています!」  そうキッパリとフィルクは言った。  スエヒ城に戻って来た時、ジュウギョクは 「わたしは、あの方が嫌いです」  とフィルクに言われた。  そう言われたジュウギョクは首をかしげ 「あの方とは……」  と聞いた。 「カズサヌテラス様の事です」  とフィルクは言った。  カズサヌテラスを嫌う人がいる。  その事に、ジュウギョクは驚いた。 「何故だ。あの方は素晴らしい君主だ。そなたの顔の傷も、あの方が治してあげて欲しいと……」  そう言われ、フィルクは目を見開き 「ジュウギョク様が、気づいて、おっしゃってくださったのじゃ、無かったのですか……!?」  と言い、なんと泣き出した。 「そんな事言って欲しくなかった。ジュウギョク様がおっしゃってくださったのだと、思っていたかった。貴方はわたしに、カズサヌテラス様を好きなって欲しいのかも知れないけど、貴方があの方を褒めれば褒める程、わたしはあの方を嫌いになります!」 「そ、それは何故……」  戸惑うジュウギョクに 「だって、貴方はあの方が、好きなのでしょう?」  とフィルクは聞いて来た。  そう言われ、ジュウギョクは戸惑い、耳まで赤くなった。 「い、いや……そ、そんな事は……」  そう言うジュウギョクに 「言葉は否定していても、お顔が否定していません!」  とフィルクは言った。 「そりゃあ、わたしよりもずうっとお顔も美しくて、女性に見えますもの。ジュウギョク様が例え衆道の気が無くたって、好きになるのは仕方ないかも知れないですけど……」  そう言われ、はたとジュウギョクは思う。  そうか、この娘は、あの方を男だと思っているのだ。そうだ。その秘密は、隠さなければならない。 「でも、あの方はですね、他に好きな男性がいるじゃないですか!」 「い、いや……あの、な……その……」  何をどう伝えたら良いのか分からず、ジュウギョクは戸惑った。 「こんなに素晴らしい、素敵でお優しい方に想われておきながら、あんなにも凶暴で残酷な人を好いていて……わたし達2人を呼んだのだって、これでジュウギョクも、わたしの事を諦めてくれるだろう。良かった良かったとでも、思っているんですよ。きっと」  そう、すねるように言ったフィルクは 「分かっていますよ。素晴らしい人なのは。お優しい立派な方ですよ。でも、貴方の事を好きな限り、あの方は好きにはなれません。わたしにあの方を好きになって欲しいなんて、無茶を言わないでくださいね」  そう言われ、ジュウギョクは驚き 「いや……そなたがわたしを好きな事は……その……気付いてはいたが……」  と小さく返した。 「はい。気付かれぬ訳が無いですものね。何だか勢い任せの告白になってしまいましたが……わたしは貴方が好きで、それで、貴方の隊に入りました。わたしのような外見が取り立てて美しい訳でない娘が、貴方に気をかけてもらうには、苦楽を共にするのが、一番だと思ったのです。そのためには、まず共に戦場を体験しようと思いました」  言い寄る娘は、1人や2人では無かったが……  自分のために、戦場にまで来た娘は初めてだ。  ここまで誰かに強く想われたのは、初めてであるような気がした。  自分は、素直な性分では無いのかも知れない。  想われて言い寄られても、それを素直に喜ぶところがあまり無かった。  だが、フィルクの想いが真実である事は、なんだか疑いようも無く思えた。  フィルクはジュウギョクをじっと見つめ 「わたしを避けたりしないでくださいね。貴方に嫌われたら、わたしは生きてはいけません。どうかこれからも、身の回りのお世話をさせて欲しい」  と言った。 「ならば……わたしの主である、カズサヌテラス様の事も……その……わたしの主として……」 「好きになってもらいたいのですか?そうはいきません!無理なものは無理です!」  そうキッパリと言ったフィルクは 「でも、確かに、こんな風に陰口を叩いているのは、わたしの性に合いません。カズサヌテラス様にハッキリと言ってきます。ジュウギョク様に想われているのに、答えようとしない、貴方は嫌いだと!」  そんな事を言いだしたので、ジュウギョクは何とかフィルクを止めた。止めながら 「分かった。そなたを避けたりしないから。これからも面倒を見てもらうから。無理にあの方を好きになれとも言わぬから……」  そう、フィルクに言った。  フィルクは嬉しそうに 「ありがとうございます!よろしくお願いします!」  と言った。 ジュウギョクは不思議に思っていた。  今までの言い寄って来た娘達とは、フィルクは少し違うと思った。  何が違うのだろうか。そう、居心地が良いのだ。  何でも思った事を口にする、その性格によるのだろうか。気を遣わなくても良かった。  特に、自分がカズサヌテラスを想っている事を、分かってくれている事に、居心地の良さを感じた。  そんなものに居心地の良さを感じる自分は、フィルクに対してもカズサヌテラスに対しても、失礼なのでは無いか。  そんな風にジュウギョクは思った。  するとある日、彼女の父親がジュウギョクのスエヒ城を訪ねて来た。  娘は、貴方以外の元には嫁がぬと言って聞かぬ。  女のお前は戦地に赴かなくても良いと、何度言っても聞かぬ。  どうか、娘をもらってやってはくださいませぬか。  どうしても他に好いている方がいるのなら、妾でも側女でも構わぬ。  そう言ったフィルクの父に対して、いや、わたしは妾や側女を持つつもりは無いし、良家の娘であるフィルク殿は、結婚するならば勿論、正室として迎えるつもりだ。とジュウギョクは答えた。  結婚するならば……と言う話だったのだが、それを聞いたフィルクの父は、男泣きに泣いた。  勿論、その場に同席したフィルクも大泣きした。  しまった。後にひけなくなってしまった。  そんな風に思いながらも、思う。  縁があるのを待つ。  ずっと、そう言っていて、嫁を娶らなかった。  これが、縁があったと言う事なのでは無いか。  ジュウギョクは、そう静かに覚悟を決めた。  想い人が他にいる。  その自分を、不実な男だと思わぬでも無い。  だが、ここまで自分を想う相手には初めて会ったと思った女性を、自分なりに大切にしてみよう。そんな風に静かに決意をした。 2人は、結婚をする事になった。  フィルクとジュウギョクが結婚する事を知ったシャンルメは、まず、我が子チュウチャに何と伝えるかを悩んだ。チュウチャはもしかしたら、ジュウギョクが好きなのでは無いかと思っていたからだ。  何気ない話の後に、そう言えばね、と言い 「ジュウギョクが結婚する事になったの」  と娘に告げた。  チュウチャはしばらく両目を見開き、やがて 「そう……」  と小さく言って、いじけたようにうつむいた。  そのまま、しばらくいじけさせていた。  何と声をかけて良いのか、分からない。  自分はチュウチャのようには、初恋が早くない。  正直、自分の初恋は、チュウチャの父であるショークだ。ショークには他に妻が3人いる。  でも、もしもショークに、他の妻を娶るから、お前はいらないとか、やはり女は3人がいいから別れようなどと言われたら、落ち込むとかいじけるでは、すまないだろうと思った。  チュウチャは、小さくても女の子なのだ。  しばし1人にさせた後、一緒に土いじりをして静かに遊んだ。少しずつ元気になり、その夜は普段よりは少なめではあるが、普通に食事をとって寝た。  数日は少し、元気が無かったかも知れない。  でも、チュウチャが少しずつ元気を取り戻した事に、シャンルメはホッと息をついた。  ジュウギョクはタカリュウに文を書いた。  成り行きなのだが、結婚する事になった。  彼女は俺が貴方の言うように、カズサヌテラス様に報われぬ想いを抱えている事を、分かっている。  そんな想いを抱えたまま、結婚をするのは彼女に対しても、カズサヌテラス様に対しても、失礼では無いかと悩まぬ訳では無かったが、一方で理解をしてくれている人と、結婚できるのはありがたいとも思ってしまった。  いつかは、彼女を貴方にも引き合わせたい。  結婚式は小さく、内輪でやるつもりだ。  そう伝えたら、「ジュウギョクの嫁を見に行く」と言って、タカリュウは式にやって来た。  自分の幼なじみの大切な友人なのだと、フィルクには紹介した。  ショーコーハバリの子だとは、伝えられなかった。  どうも、ショーコーハバリに対しては、フィルクは良くない気持ちを抱えているようだったからだ。  良くない気持ちを抱えるのも、正直言って分からぬ訳では無い。無理からぬ事だと思った。  タカリュウは、後で2人になった時 「お前は面食いじゃなかったんだな」  などと、少し失礼な事を言ってきた。  実は仲人をカズサヌテラスにしてもらうと言って、ジュウギョクは泣かれた。  あんな最強の恋敵が、わたし達の式に参加するなんて嫌だ、と言われたのだ。  しかし、あの方はわたしの大切な主だ。結婚式に呼ばぬなどあり得ぬぞ、とジュウギョクは泣くフィルクを説得した。  当然だが、カズサヌテラスは式にやって来た。 「2人仲良く、穏やかな家庭を築いて欲しい」  と微笑んだカズサヌテラスに、フィルクはただ 「ありがとうございます……」  と小さく返した。  この女性は無口だな。戦場にいると言うのに、少し気の弱い人なのかも知れない。  そんな気の弱い女性が、戦場に赴くほどにジュウギョクが好きだったのだな。  結ばれて、本当に良かった。  ジュウギョクが自分を好きだったと言うのが、本当なのか勘違いだったのか、それは分からないけれど。戦場に赴く程に好きになってくれた娘と、ジュウギョクが結ばれた事を、シャンルメはとても嬉しく思った。  当然、式にはトーキャネも呼ばれていた。  ついに、いつまでも嫁をもらわぬ独り身が、彼1人になってしまったのだ。  式が終わってから、トーキャネはトスゥーチヲに飲みに誘われ、お前はなんで、いつまでも嫁をもらわないんだ、と聞かれた。  そう言うトスゥーチヲはもう、7人も子供がいる。今8人目の子が、妻のお腹にいた。  彼は珍しく、1人の妻を大切にする男だった。 「おれはなあ……実は、愛する女性がいるのだ」  そう言いながら、酒を飲み、トーキャネは少し赤い顔をしている。 「お前はたいした出世頭で、ホントなら城を任される程の男だ。好きな女性と結婚くらい、出来るだろう」 「それが出来んのだ」 「えっ、なんでだ?」 「その女性には惚れた男がいるのだ。全く腹立たしい、憎ったらしい男がいるのだ。おれなど眼中にない」 「うーむ……なら、その女性を諦めて……」  そう言われたトーキャネは 「無理だ!!」  と酒を手に、大きな声で言った。 「おれにはあの方しかいない。本当に好きなんだ。いつか必ず、あの男を超えてやる。おれはあの方をずっとずっと、想い続けてやるのだ」 「でも、好いていても抱けぬだろう?お前って奴は、女を知らないんじゃないか?」  そう言われ、トーキャネは笑い出し 「それが何だ!もう、頭の中じゃ、何べんも抱いておるわい!」  と言った。 「あ、頭の中って……」 「忙しくって頭の中で抱く時間が無い時は、ほうっておけば夢に出てきてくださる」  そんな事を嬉しそうに語るトーキャネに 「不思議だなあ。何やら不憫な話と思えんよ。とうのお前が、何だか、幸せそうなんだもんなあ」  そうあきれ顔でトスゥーチヲは笑った。  しばらく時が過ぎ、トーキャネはジュウギョクに飲みに誘われた。  ジュウギョクは新婚だが、仲間達と飲みに行ったりする事は、新妻は嫌がらないらしい。  それは嫌がらないのだが……  この話をするために、個室を用意したのだな、と、トーキャネにも分かった。 「きっと、貴方も同じだと思う。俺はその……長らく、カズサヌテラス様を想ってきた。妻は、その気持ちに気付いている女性だったのだ。その……気持ちに気付いている人だから、結婚する事が、気が楽だったのもある。しかし、いつまでも妻は、あの方の事を好いてくれない。嫌いだと言うのだ。俺があの方を褒める程嫌いになるから、あの方の話はしないでくれ、などと言うのだ」  そう困ったようにジュウギョクは笑う。 「これからは時折俺と、俺達の主の話に、付き合ってもらえるだろうか」  そう言ったジュウギョクに、トーキャネはもちろんと答えた。  妻は献身的に尽くしてくれる女性で、それ以外には何も不満は無いとジュウギョクは言うが、そんな不満がある妻とは、絶対に結婚などしたくないとトーキャネは想った。  トーキャネには母がいる。  本当は先日、旅の一座が来ていた時、トーキャネは母の席も用意してもらっていた。だが、母もトーキャネと同じく、とても背の低い女性で、おまけに年を取って、ますます小さくなっていたので、用意してもらった席だと、とても見えないだろうと思ったのだ。カツンロクが変わってくれたのは、トーキャネの分の席だけだったからだ。  最近、ますます小さく頼りなくなって来た母を、人混みに連れ出すのも、良いものかと気になり、母には家で待ってもらっていた。  ちなみに、甥っ子と姪っ子の席も勿論、シャンルメは取ってくれていた。甥っ子と姪っ子はトーキャネの血縁者とは思えないくらいに、普通に身長がある。だから、何の問題も無く、用意された特等席で見る事が出来て、2人ともとても喜んでいた。  トーキャネはその日は、甥っ子と姪っ子だけを家に先に帰し、ジュウギョクと飲みに出かけた訳なのであるが、甥っ子と姪っ子から、どれだけ曲芸が楽しかったか、母は聞かされた。  そして家に帰ってから、お館様がどれだけお美しく素晴らしかったかを、熱く語ったトーキャネに母は、見たかったなあ、と言った。  母に見せる事の出来なかった自分を悔やんだ。  トーキャネは母に、いつもお館様の話をする。  母の聞く、トーキャネの口から出る話は、半分以上、お館様の話だった。  母は、お館様は素晴らしい人だね。お優しい人だね。と相づちをうち、時に涙ぐんで 「お前がそんなに頑張れているのは、お館様のおかげだねえ」  と言ってくれる。  一度、どうしてもお館様を一目見たいと言われて、シャンルメに母を引き合わせた事もある。  母に会ったシャンルメは 「トーキャネの大切な、自慢の母に会えて嬉しい」  と喜んで、母の手をしかと握ってくれた。  母はその事に感激し、トーキャネに負けぬくらいに、シャンルメを好きになってくれたのだ。 「本当に、あんなに美しい人は初めて見た」  と、母は何度も何度も言って、感激していた。  母の事は元より大好きなのだが、シャンルメを想う自分を応援してくれるから、だから、なおさらに母が大好きなのだ。もしも、母がいなくなって、代わりにシャンルメの事を大嫌いだなどと言う嫁が来たら、と思うと、正直ゾッとする。  ジュウギョクの妻の顔を思い出せない。  あまり美しくない嫁さんだな、とぼんやり思った事しか覚えていない。  どうしてジュウギョク殿は、そんな嫁と結婚できたのか、おれならば絶対にできない。  ミカライ殿は政略結婚だ。仕方ないかも知れない。でも、ジュウギョク殿は違う。何故結婚したのか。  いつまでも独身なのを気にした、世間体と言うやつなのかも知れないな、と思い……  世間体がなんだ。おれは絶対に結婚などしない。  そんな風にトーキャネは、心に誓うのだった。  あとがき  前回の5話について、ご意見をいただきました。  赤ちゃんの育つ順番が違う、と。  な、なんてこった!  そこで、色んな方に、赤ちゃんの育つ順番を聞いてみたのですが、凄く個人差があるみたいで。  でも、とりあえず、「離乳食は喋るのや立つのより、早い」と、よーく分かったので、直しました。 「女性にしか描けない歴史物風の物語」  を描きたいのに。  そこをちゃんと取材しないで、書いていた自分が情けないです。 この物語と言うのは、女性にも男性にも読んでいただけたら嬉しいと、凄く思っているんだけど。  その一方で「女性ならでは」なところが欲しく。  そこのところが間違っちゃ、いけないですよね。  以後、本当に気をつけます。ご意見、本当にありがとうございます。  さておき。今回の物語、ジュウギョクが結婚してしまいました。おいおい、ジュウギョク、シャンルメが好きなくせに何結婚してんだよ!と言う、ツッコミが聞こえる気がします(笑)  でも、ジュウギョクはですね、誰とくっつけるか、結構悩んだ人物でして。  最初、実を言うと、チュウチャかイツメのどちらかとくっつけようと思ってたんですよ。彼女達が大人に、年頃になってから。  チュウチャの初恋って、ジュウギョクだし。  イツメとくっつくなら、こんなエピソードにしよう。とかも考えたりして。  しかしそうすると、あんまりに長い事、独身男。  さすがにリアリティが無いかなあ。  トーキャネならともかく、ジュウギョクがなあ。  もっと早くちゃんと、誰かとくっついた方が、自然な気がするよなあ。  誰とくっつけよう。うーん……と悩んだ上で、フィルクと言う人物を作りました。  そして、ですね……  わたしは漫画の「風の谷のナウシカ」を、すごーく特別な感情で好きなのですが……  ナウシカが名作である理由の1つに「クロトワとナムリス」の2人を、あげる事があります。  そう、ナウシカを嫌いな「いい人」クロトワと、ナウシカを嫌いな「悪人」ナムリスです。  映画だと、クロトワってナウシカ嫌いなキャラでは無いんですが、漫画だと「あの小娘」みたいに思っている人なんですよ。ナウシカは好きじゃ無く、クシャナを好きな人物が、クロトワなんです。  そう。誰からも愛されると言っても過言じゃ無い、ナウシカと言う魅力的で大切なヒロインに「嫌いだ」と言う人物がいる。「いい人」と「悪人」で1人ずついる。それが、物語を深くしている。  そんな人物は、シャンルメにも必要だ。  そう思ったのです。  そこで、ジュウギョクの妻フィルクに「クロトワ」になってもらいました。  シャンルメを嫌いな、いい人な訳です。  ナウシカの作者の宮崎駿さんは男性ですから、クロトワもナムリスも男性ですけど、自分は女なので、そりゃ「いい人」も「悪人」も、女性にするべきだな、と思ったのです。 今回、敵方にもシャンルメを嫌う女性、出てきましたが、この人は「いい人」とも「悪人」ともつかない人ですよね。「許さない」と言うシャンルメの気持ちも分かるけれど、「そんな事責めるな」と怒る彼女の言い分も分かる。この人物も面白い人物ですが、この人とはまた他に、物語の後半、シャンルメの事を嫌う、「悪人」の女性が出てきます。  どんな女性なのかは、今は内緒にしておきます。  さてさて。しかし、フィルクには嫌われたシャンルメですが、コウリョには好かれました。  コウリョ。はい、自分の男にハニートラップをかけに来た女性と、仲良くなっちゃうシャンルメ。  普通だったら「敵だ」と思って戦うような女性と、仲良くなっちゃう、とんでもない女の人にシャンルメを描きたかった訳なのです。  マーセリともコウリョとも仲良くなるシャンルメが、どうしてもフィルクには嫌われて、他にも、どうあっても仲良くなれない女性がいる。  それもまた、面白いんじゃ無いか、と思っています。 しかしタイトル「女性の戦場」なのに、あんまり女の闘いな話に、なっていないかも知れないです。  今回のタイトルは実は、結構悩みました。どういうタイトルにするかなあ、って。  主人公のシャンルメは、女性ながら戦場に立つ女性ですが。ジュウギョクの妻のフィルクも、あと、コウリョも一応「女の戦場」にいると、言えない事も無い女性かもなあ、と思い。ついでに戦う相手に1人、女性を持ってこようと決意して。それで、今回はこんなタイトルにしてみました。  今回、実はタイトルを考える前に、表紙に描いていたの、トーキャネだったんですよ。  いやいや、「女性の」ってタイトルなのに、表紙がトーキャネじゃ、おかしすぎ。  それで急遽、シャンルメを描いてみたんですが……  トーキャネの絵は思い切って、インスタに載せます。うん、この絵を載せるのは、半分願掛けです。  この作品って最初、シャンルメとトーキャネが主人公って思って、描き出したんですよね。  気がついたら、ショークがすっかり主役を張って、トーキャネは脇役になってしまいました。  そもそもショークと言うのは、歴史上の人物がモデルなんですけど、それ以上に、物凄く特別な感情で大好きだった小説の主人公の、「ここだけは嫌だ」と思っていたところを無くして、とても強い男にパワーアップして描いた、と言う人物。  だから、描いていて、好きにならない訳が無いんだけど……それにしても、作者の自分とシャンルメの、ショークが好きでしょうがない感じは、何なんだろう、なんて思っていたりします。  そして……ですね。  今回6話の発表が終えたら、来月から「ホームページで発表していた、ガンダムの物語行きます」みたいな事を言っていたんですが……  なんだか、二次創作って、「それはいかん」と判断されたら、怒られたり削除されたりする模様。  どうなんだろう。自分の二次創作って、怒られたり消されたりしないと言い切れるかな。  ええと、ですね。主人公はシャアなんですね。  主人公であるシャアが、最後までザビ家と戦おうとする物語で。宿敵たるギレンとシャアの全面対決で、物語が終わるんですけど……  4話のあとがきで「ヒロインはキシリア」と言ったのですが、実はキシリアは「シャアに対するヒロイン」ではありません。シャアのヒロインは、また別にいます。他の人物にとってのヒロインが、キシリアなんです。じゃあ、シャアのヒロインって誰?って言うと、それは、読めば分かるのですが……  主人公が異なるとは言えど、初めの方とか、部分部分かなーり原作通り。  なのに、原作と展開やヒロインが異なる。  これって、怒られるタイプの二次創作である可能性が無いかなあ。  怒られて、発表している最中に削除されてしまって、途中から見れないよ~。なんて可能性もあり? うーん……どうなんだろう。  と、少し悩み出してしまった次第。  一応、完成してる作品。シナリオも絵も、データは残っているから、いつかはうまくやって……  例えば、原作者様達にお断りをして。もしも必要なら、いくらかお金をお支払いして、それから……  エブリスタなり、新しく作ったホームページなりで、発表するのが筋なのかも? なんて考え出してしまった次第です。  そして、ですね。  個人的には、出来ればまた、ホームページをやりたいな。  今回のあとがき、ちょっと長めですが……  あとがきで語りきれない事、色々発信したいし。  また出来ないかな。もっと読者様が得れたら。  なんて思っていたりします。  容量がパンクしないやり方も、あるんじゃないかな。まあ、今はちょっと、お休みしていますが。  なので、ですね。万が一楽しみにしていた方がいらっしゃったら申し訳ないのですが。  来月から、ガンダムの物語「宿業の星」に行くのは、いったん無しと言う事にします。  それよりも、やっぱりこの作品、「戦乱の聖王 悲願の天獣」をスムーズに早めに発表していく。それを頑張るべきだな、と思いました。  7話が、思ったよりも早めに完成しそうで……一応11月を目指しています。もしかしたら10月に行けるかも。  表紙を「シャンルメとショーク」に、しようと思ったのですが……  この2人、年齢差も犯罪ですが、身長差も犯罪で。  シャンルメが、ちょこっとしか入らない(笑)  そこで、ショークの横顔の絵も描いてみたんだけど、これがまた凄く難しい。なんか、いい絵にならない。頑張って描いているけど……  シャンルメがちっこくしか入らないけど、2人の絵にする方が、いいかも知れないなあ。  うーん……どうしよう。  さーて。絵も文章もうまく行くかなあ。  なんて感じです。  ちなみに、宝くじも買わなきゃ当たらない。  こちらの「戦乱の聖王 悲願の天獣」の1話、2話、3話の途中まで。を、1巻として、賞に出そうと思っておりまして。  今、そちらの直しもしている最中です。  で、そこを1巻と考えると、3話の途中から5話のラストまでで2巻、6話と7話で3巻。  そこで、8話に当たるところからは……賞は受賞なんて無理なんだろうけれど、書籍化のお声をかけていただけると信じて。  1冊の長さになるように、執筆しています。  そう、だから表紙は必要なくなるだろうと、描いていたトーキャネを発表しちゃう訳です。  ちなみにこの物語、全部で5巻みたい。  意外に短いですね。もっと長いかと思ってた。 そっちもうまく行きますように。頑張りたいです。  でも、その一方で、少なくとも7話まではこのエブリスタで発表をしようと思っています。  まあ、ホント、宝くじは買わなきゃ当たらない。  やってみない事には、絶対に本に出来ない。  チャレンジするだけでも、やってみないと。  5話を少しお待たせし、6話もお待たせしましたが、7話もお待たせしそうです。11月に発表がスムーズに出来ますように。また10月に発表出来たら。少し早めてみよう。と思っています。  そして、いつかはですね、ホームページで発表していたガンダムの作品も、ご覧いただきたいなあ。  気長に一生懸命、これからも頑張りますので……  どうぞ、よろしくお願いいたします。
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