岬にて

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 遠いな、と思った。  凪いでいた。遮る壁のない岬の上は風が強いだろうと想像していたのに、空気は私の周りでただ浮いている。ぬるま湯のような七月の暑さに浸されていた。  突き出した地面の輪郭の向こう、青く敷き詰められた海原はどこまでも彼方に見える。水面もまた静かなのだろうか。それとも遥か上空から見下ろすせいで、波の起伏が見えていないだけなのだろうか。  私の立つ岬の上も、下に広がる海も動かない。同じくらい、動かない。同じように見える。それなのにどうして遠く感じるのだろう。 「自殺の名所、って言いますよね」  声につられて顔を上げた。右手の方を見やると、男が一人、私と同じく海に向かって立っていた。顎紐の付いた帽子をかぶり、薄茶色のリュックを背負っている。私を見てはいない。海と同じように動かず、ただ立っている。他には誰もいない。私は前に向き直った。 「どういう意味だと思います?」  再び男の声につられて、私は右側に顔を向けた。  今度は男がこちらを見ていた。口元に薄ら笑いを浮かべている。四十歳前後だろうか、乾燥してくたびれた印象の男だった。 「なんですか?」  私が返事をすると同時に、ゴウと突風が吹き抜けた。冷水が差し込まれたようで意識が冴える。  応える声は半分ほどかき消されてしまったはずだが、男には届いたようだった。顔だけこちらに向けた男は、頬を少し持ち上げて笑みを広げた。 「自殺の名所って言葉、あるじゃないですか。あれってどういう場所のこと言うんですかね?」  障害物は熱だった。ひんやりとした風にあおられながら、男の声はクリアに聞こえた。返す私の声もまたまっすぐに響いていくようだった。 「有名な場所ってことじゃないですか? オーロラの名所とか、花火の名所とかと同じですよ」 「“隠れた名所”って言葉もありますよ。つまり、よく知られているかどうかは関係ないんじゃないですかね」  私は海に向き直って考える。  投身自殺の多い岬だと聞いている。  夜になると、いないはずの人間が崖から飛び込む様が見られるだの、写真を撮ると海から伸びる白い手が見えるだの、噂話は枚挙にいとまがない。  実際、噂を惹き起こすに充分な事実もある。ここから身を投げた人間は報道されただけでも四人。そのうちどれが自殺で、どれが事故なのかは判然としないという。
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