岬にて

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 そもそもどうやって判別するのだろう。遺書が残されていれば自殺なのか。何時に帰ると家族に伝えれてあれば自殺ではないのか。遺書らしいものを持っていても、当人に死ぬ気はなかったかも。周囲にはただの旅行だと言っていても、本心では死のうとしていたのかも。いずれにせよ、当人は死んでしまったのだから正解は分かるまい。  いや、正解などないのだ。なぜなら当人は死んでしまったのだから、彼の“本心”もまた死んでしまったことになる。この世に存在しない。  存在しないものを、あたかも存在するかのように語る。愚かだ。蒙昧だ。くだらなさが頭に来る。 「自殺の名所で死にたいと思います?」  また、右側から男の声が投げかけられた。私は眉をひそめ、返事をせずにいた。男の問いかけがうっとうしかった。だが男は私の横顔に向かって気にせず言葉を続ける。 「“名所”って、それに対して満足度が高い場所って意味もあると思うんですよね。つまり自殺の満足度が高い場所なんですよ。とすると、自殺するならやっぱり名所がいいってことになりますかね? どう思います?」  私は男に向き直った。ひょっとして彼は、私が自殺志願者だと思い込んでいるのだろうか。自殺を止めようとして、こんなふうになれなれしく話しかけてくるのだろうか。だとすると悪い人ではない。邪険に接するのは大人げなかろう。私は顔の緊張を緩めて小さく笑みを浮かべた。 「なんです、自殺の満足度って。死んじゃったら満足も何もありませんよ。自殺する人の考えることなんて想像もできません。想像で勝手なこと言うのも気が引けますしね」 「まあねえ」  また風が吹き抜けた。男は頭の上ではためく帽子を片手で押さえ、風の音が収まったころに言葉を次いだ。 「確かに、死んじゃった人の感想は聞けません。とすると、生きてる人が決めることになるんですか。つまり自殺を見てた人です。その人が死んでいく様子を見てれば、苦しんで死んだのか眠るように死んだのか分かりますよ。苦しまない方が、そりゃ満足度は高いはずでしょうね」 「理屈はそうかもしれません。現実的にはそんなの見る人めったにいないでしょうけど」 「見たいと思います?」 「まさか」  私がかぶりを振ると、男は仏のような薄笑いを浮かべてゆっくりと何度か頷いた。含みありげな仕草だと思った。一瞬静寂が流れ、次いで笛のような長細い音を立てて風が吹き去っていった。開けた岬にふさわしくない、小さな穴に響くような音だった。  黙り込む私に対し、男は穏やかな声で言った。 「ちょっとした話があるんですけど、聞いてもらえます?」  改まった申し出に好奇心を覚え、私は頷いた。  男が語ったのはこんな話だった。
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