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小学校低学年くらいの頃のこと。彼は両親と兄一人と一緒に一軒家に住んでいた。彼が物心つく前、祖父が亡くなったのをきっかけに祖母も同居するようになったという。
祖母は穏やかで控えめな女性だった。子供だった彼は祖母の正確な歳を知らなかったが、八十歳くらいだろうと根拠なく思っていたらしい。いつも何をするでもなく、一人で背中を丸めて座敷に座っていた。話しかけられてもうんうんとほほ笑みながら頷くくらいで、遊んでもらった思い出などはほとんどなかったそうだ。
彼も一人遊びが嫌いではなかった。家族のいる空間がなんとなくわずらわしく感じると一人で寝室の押入の中に潜り込み、暗闇の中、詰まれた布団の上で過ごすのが楽しみだったという。
その日も彼は押入の下の段に籠っていた。食事の後の昼下がり、暗い中で布団に腹ばいになっていると必然、うとうとしてくる。彼はそのまま心地よい昼寝を始めたそうだ。
目を覚ましたのは、笑い声が聞こえたからだった。押入の中で眠り込んだことを思い出し、布団にうつぶせになったまま顔だけを持ち上げる。くすくすと笑う女性の声がなおも聞こえていた。笑いながら、楽しそうにおしゃべりしている。
声が響いてくるのは、押入の奥だった。薄い壁の向こうから、女性の愉快気な話し声が聞こえる。
――ああ、おばあちゃんか。彼は当然のように思った。寝室の隣は祖母の部屋である座敷なのだ。そうと気づけば、聞こえる声は確かに祖母のものに違いない。
彼は祖母が声を立てて笑うのを見たことがなかった。笑いながらおしゃべりする様子なんてなおさらだ。仲の良い友達でも来ているのだろうか。子供ながらに微笑ましい気持ちになって、祖母の笑い声につられて自分も笑みを浮かべながら、彼は祖母のおしゃべりに耳を傾けた。
――あら、そうなの? そんなに簡単なの? 不思議ねえ、だってね、私……あはは、なるほどねえ、それは知らなかったわ。あははは……。
耳を傾けてみれば、祖母の話している内容まではっきり聞こえてくる。子供の理解力で何の話かまでは分からない。ともあれ押入の壁は思っていたより薄かったらしい、と彼は思った。
ただ、聞こえてくるのは祖母の声だけだったという。祖母の声が止んだときには話相手がしゃべっているはずであろうに、そちらの声は何も聞こえない。相手の方がよほどひそひそ話しているのか、もしくは祖母の方がいつになく大きな声を出しているのか。不思議に思いながらも、彼はそのまま祖母と誰かの会話を聞いていた。
そのうち、母親の声で名前を呼ばれて目を覚ましたという。どうやら祖母の声に聞き耳を立てているうちに、再び眠り込んでしまったようだ。
押入を這い出てみればとっぷりと日が暮れ、夕食の支度が始まる時間になっていた。母親が呼んでいるのは手伝いをしろということだ。
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