岬にて

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 どん、と肩に衝撃を感じた。よろめいた。地面を踏んだ。足がもつれた。地面を確かめようとした。足先で探った。見つからなかった。倒れ込んだ。背中が空気をつぶした。頭が下になった。全身が柔らかな摩擦を感じた。空気の筒だ。筒の中を滑っている。落ちている。落ちている――。 「見てもわからないんですよ」  ゴウゴウと喚く風の音に混ざって、男の声がした。目はまだ閉じていた。それでも男が私と一緒に落ちているのが分かった。 「結局、生きてる人が見えるのは死ぬまでのことです。死んだ後のことは分からない。死んだ後に満足できると思えるか、そこまで確かめないといけませんよね」  目を開けまいとした。なのに男の薄ら笑いが視界に映る。私の眼前で、私を見ている。私は落ちている。落ちている私を見ている。  ――大丈夫だ。  脳裏にそんな言葉が浮かんだ。  ――いずれ終わる。男がいつまでも私を見ていることはない。なぜなら私は落ちているから。永遠に落ち続けることはない。ありえない。いずれ到達する。終わるのだ。終わりさえすれば、何もなくなる。苦痛もまた、存在しないということ。  何を観察するというのだろう。終わりには何もない。それが終わるということ。死とは生の終わりだ。生とは考え、感じること。意識と感覚の終わりこそが死であり、観察される私自身がなくなることを意味する。  見ていても無駄だ。果てに行き尽き、消えうせる。ただなくなるだけ。  そうだ。それが真理だ。  私は恐怖を感じるのをやめた。意味のないことなのだから。  まだ落ちている。きっと、そろそろ終わる。すべてに終わりがある。終わりこそが死。生の果てが死。生きている限り、必ず終わる。  生きて――
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