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施しを受けない理由
俺は、自分の身を、自分で守ろうとしただけだ。
右腕と左足を失った櫟士は、あてもなく街を彷徨う。
そういえば、あの夜から何も口にしていない。せめて食事をとって、それから…
あの日受け取った封筒の中身を口に咥えると、店の裏側にあるゴミ箱の上に倒れ込むように座る。
…
その音に感づいた店主は、彼の体たらくを見るや否やとても気の毒に思った。こんな状態の人からお金を受け取るなんて、できるはずがない。
彼女は粥の入った皿を彼の目の前に置き、無言のまま踵を返す。
これは、子を想う母親の気持ちにすら近い感情から出た”慈悲”だ。
冗談じゃない…俺は、誰かから施しを受けるほど落ちぶれちゃいない…落ちぶれちゃ、いないんだ…!
彼女の行動は、櫟士にとってそれはそれは気にくわないことだった。
櫟士は咥えていた全財産を地面に落とすと、そのまま、また何処かへ歩き去る。
俺は一人でも生きていける。今までそうしてきた、だから、これからもそうする。そうしなくちゃいけない。
櫟士は、己の力のみで生きることに人一倍固執していた。そんな彼にとって、地下の拳闘士は天職であり、彼の抑えきれない激情を解き放つに値する唯一の舞台だった。
己の腕っぷし頼りに相手をねじ伏せ、それにより己自身を賄う。
この街では力こそが全て。俺と街が唯一共有できる最上の価値観。
これだけが、俺の生きる道。倒した相手の返り血が、闘いで負った傷跡が、俺の生きた証。
__この時の俺は、そう思っていた。
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