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悪魔のささやき
吉井一穂が流9洲の人間ではないことは、彼の名前すら知らない櫟士にさえも一目瞭然だった。
だがしかし、コイツは明らかに、”俺と同じモノ”を持っている。
そう確信した瞬間、櫟士の愛すべき右腕が吉井を殺さんとして牙を剥く。
あまりにも唐突な一撃を、吉井は涼しい顔で躱してみせる。そして、おまけのように呟いた。
…私の何が気に入らなかったのかな?
勿体ないなぁ、怒りの無駄づかいは
櫟士はどういうワケか、この男の態度がどうしても解せなかった。
次は左、正真正銘の怒りをここで発動させるも、やはりカスリすらしない。
吉井に秘められた恐るべき感情が、櫟士の拳の向かうべき先を理解させる。
僕は君だ。そして、君は僕なんだ。
ようやく、ここに来て初めて”お仲間”にあった気がする…
吉井は思わずほくそ笑んだ。
名前は?って、聞く耳ないか___
耐えられない…
櫟士は堪え切れない殺戮的衝動に支配されていた。
誰でもいい、誰でもいいから、この肉体をもってして打ちのめしたい。
返り血を浴びて、拳に伝わる肉の感触を受け歓喜に震えたい。
吉井によって引き起こされた動乱の火皿、流9洲三大勢力「オルガノ」「救民連合」「ラカン」の三つ巴の中に、堪らず飛び込んだたった一匹の鼠。櫟士。
もう、ダメだ。
櫟士は、真っ先に視界に入り込んだラカンのリーダー、シンジに殴り掛かる。
誰でもいい。もう、誰でもいいんだ。
おいおいおい、なんで俺に殴り掛かんだよ。百歩譲っても、まずお前がヤるべきゃアイツら背広野郎共だろうよ…
シンジが当惑して言葉を失っている矢先、背後から先走ったラカンの若い衆の一人が、櫟士目掛けて弾丸を放つ。
当たるはずがない弾丸は、オルガノの構成員の一人に命中。
一度崩れた均衡は、もう誰にも止められない。静まり返った空間は、怒号と弾丸がこだまする戦場と化した。
そんな中を、彼はほくそ笑みながら闊歩する。
戦え闘え、潰し合え___
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