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おたまじゃくしの再燃
付き合うときの、あの日の決意は胸にある。
仕事もちゃんとします、それは確かに気をつけてきた。
ただ、新米においての仕事は、業務だけじゃなく日々の精進も必要だと奈央は痛感していた。
「違う違う。須藤さんは、座学がめっぽう弱いよねえ」
奈央に女性の性周期についての質問を投げ続けていた北村が、呆れ声を吐く。
各々が終業へ向けての作業をしている培養室で、奈央の未熟さは全員に筒抜けだ。
「すみません……」
入職して半年が経とうとしている奈央は、このところ先輩たちから基礎的な知識を叩き込まれている。
卵子や胚、精子を扱う手技は徐々に向上しているものの、もともと勉強が苦手なのも相まって、奈央が地に足のつかない夏を過ごした代償は、知識不足という同情の余地がない事態だった。
「家でも中野くんに教えてもらったら? 中野くん勉強家だし、教えるのうまいよ」
「いや、まあ……はい」
歯切れの悪い奈央に、隣のデスクで顕微鏡のメンテナンスをしていた森本が茶々をいれてくる。
「そんなの、ただのイケナイ授業になっちゃって、勉強になりませんって。ねえ、中野さん?」
信じられないことを本人にぶっ込む森本に、中野はパソコンの画面から目を離すことなく背中で応えた。
「……森本さんは、もう少しデリカシーを覚えるべきだと思う」
「うわっ、中野さん怒りそう。今のナシで、もう黙りまーす」
中野のため息が聞こえ、焦る。
今の会話は奈央と中野にとって、ナシにできない地雷を踏みつけていた。
「わわわ私が、ちゃんと自分で勉強します!」
もうこれ以上事態を悪化させたくなくて、慌てて意気込みを宣誓して場の空気をぶった斬る。しかしこれは口から出まかせではなく、事実、有言実行の決意なのだった。
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