言葉はじゅんさい

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言葉はじゅんさい

言葉ってじゅんさいですよね。 あれ?「じゅんさい」ご存じない? 私結構好きなんですけど。 そう、アレ。 わからない方はチアシードならいかがでしょう? ※ツブツブが苦手な方には画像検索おすすめしません。 チアシードも10年くらい前に流行って以来、最近あまり話題にならないので「じゅんさい」で進めます。 余談ですが今日飲んだカルディのフローズンドリンクにスイカの種に見立てて入れられていました。10年くらいぶりでした。 いや…どうでもいいんですけど。 何が言いたいかというと、言葉には中心になる意味(辞書引くと出てくるような)のほかにも、"まとわりついているもの"がありますよね! ってことです。 見えてきたでしょう? 文字の外側に、じゅんさいのプルプルのように透明な何かが…! ※見えなくても物書きライフに支障は出ません。 はい、このへんでやめときますね。 本題に入ります。 今日のお話は、具体的には、用例用法よりも外の、おそらく広く共通認識として定着している使われ方やニュアンス、です。 たとえば「コーヒー」とは「黒褐色で苦い飲み物」ですが、オフィスで飲むコーヒーは、朝、昼下がり、夜でニュアンスが変わります。 -------- 出勤後、仕事に取り掛かる前に缶コーヒーを飲む。 -------- -------- 昼食も取らずに画面と睨めっこしていると同僚がコーヒーを淹れてきてくれた。 -------- -------- 後輩を先に帰して、自販機までコーヒーを買いに行く。 -------- これだけの情報でも、朝は「今日もがんばろう」、昼下がりなら「ちょっと一息ついたら?」、夜なら「もう一踏ん張り」みたいな状況、浮かびませんか? コーヒーを飲まない人でも、コーヒーがどういう飲まれ方をしているかは文化として浸透しているから、「作者の意図」は汲んでもらえるのではないかと思います。 ただ、捉えどころのないプルプルとした透明な何かは、100パーセントの人に同じ印象を与えるものではない。あくまでも解釈の余地です。 上のコーヒーの例では文脈で余地の幅を調整しています。 もちろん読み手は作者の意図など無視して字面だけ追えばいいんです。私はその前提で、字面だけでも意味の通る描写を心がけていますが、プルプルを味わえない人にはあまり楽しめない文章かもしれません。 良い悪いではなく、表現手法のひとつとしてプルプルを使う選択肢がるあるよ、と言いたかったのでした。 →実際のJoeの文章で解説、次のページへ
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