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色の重ね方
Watercolor by Shibasaki(画家の柴崎春通)さんのYouTube動画をたまに観ています。といっても、まだクレヨン画3本くらいですけど。
色数の少ないクレヨンでも息づかいを感じるほどの人物が描き出されていく様子は圧巻。素人には思いもかけない色を置いていくので、出来上がりがどうなるのかワクワクさせてくれます。
色塗りしながら解説もしてくれていて、絵の描き方って結構文章(文芸)にも通じるものがあるなと思ったので、今回はそのお話を。
具体的には「7000円のクレヨン。何が凄いのか?」という動画を観て感心したポイントのご紹介です。
冠を頭に載せた少女の絵。
柴崎画伯は軽く下書きしたところにどんどん色を塗っていくんですよ。一色で済ませるところはなくて、何色も重ねて深みを出したり光を当てたり。
瞳の色ひとつとっても、塗り方で意志を表現することで、ストーリーというか、絵の奥行きを感じさせていました。
(お姉さんに冠を載せてもらって、私もお姉さんのように上手に踊れるようにと、幼いながらに決意を…というような)
文章でも「描写」といいます。
色を重ねるように、言葉を連ねて深みや立体感のある描写をしたいですね〜。
ところで私、文字読むのそんなに好きじゃないんですよ。
あ、いや違うな…シャンプーの裏まで読む時もあります。
えーと、「興味や目的なしに字を追えない」というのが近いでしょうか。
本屋に行っても、自分では小説を選べなかったりするんですよね。何か読みたいなと思ってても。
人気作品でも展開が遅いと読み進められないことが多くて、そんな感じなもので、書く時も本当に「あーこれ続き読んでもらえるかな」って気になってしまいます。
でもそれで簡潔に書くと、今度は「これで伝わる??」が心配になり、あれこれ書き足してしまう。
この時の書き足しは、絵でいう「色を重ねる」とは程遠くて、輪郭のないものを縁取るような作業だったり、「女性トイレのマーク=スカート穿いてる」みたいなステレオタイプ化だったりするんですよね。
伝わらない…かもしれないことへの恐怖心に打ち勝つと同時に、「これなら大多数がわかるであろう」という寄り添いと「わかる人にだけわかればいい」という開き直りをうまく使い分けることが、描写の鮮やかさ奥深さにつながるかなあ。
瞳に赤を塗る、みたいに、赤くないものを赤くして、上から違う色で塗るなんてできませんけど、最終的な脳内結像に向けて計算して行を立てていくことが、文章における"色を重ねる"ってこと…かもしれません。
結局何が言いたいのかわからなくなってしまいました。
みなさんはどう「描いて」いますか?
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