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プロローグ
「Pleased to meet you」
はじめまして――紗良クルスが十四年間の人生の中で、最も多く放った台詞。
紗良は、パパの任地に合わせ、根無し草のように移住を繰り返す。
一度滞在した地に、再び訪れることは無い。パパから直接告げられたわけではない。けれど、同じ地を訪れた前例は無い。
短いときは二週間、長いときには一年程滞在。その後、国を跨ぎ移動する。
行き先は、出立直前に書き置きで知らされる。前夜に告げられ、翌朝に発つことも稀にある。
いつどこへ行くか、紗良には知る術が無い。もしも、パパが前もって転居日程を教えてくれれば、別れの挨拶くらいは出来るのに――紗良は、反抗的な態度を取ることは無いけれど、無感情の機械のような人間ではない。人並みに不満を抱くし、愚痴も零す。
本来の紗良は、依存心が強く、求められることに喜びを感じる。感情豊かなタイプ。
誰からも必要とされないよりも、どんな形であれ、求められることを嬉しいと感じる。身体だけ、お金だけ――何を求められ、どう扱われるかこだわりはない。でもせめて、存在する理由を与えてほしいとは願う。
けれど、築いた人間関係の数だけ傷付くばかり。別れるための出会いと、別れを重ね続けた結果、心神耗弱してしまった。
人間関係を構築したい欲求とは裏腹に、孤独であり続けなければならない現実に、打ちひしがれる。
パパが、最後に帰宅したのはいつだったか。家に居ることは殆ど無く、会話どころか、顔を合わせる機会も皆無。
『今日からパパだ』と云われ、繋げられただけの偽りの家族。だから紗良は、パパに会えないことに対し、寂しさのような感情は、抱いていない。
(I would rather end my life)
この生活を終わらせたい――この生活が、ずっと続くと考えるだけで辛い。紗良は、もう生きていたくないと思うほどに、追い詰められた。でも、死を望んでいるわけではない。死以外に、現状を打破出来る手段が存在するのなら、そうしたいと願っている。
けれど、その願いが叶うことは無かった。孤独であり続けることが、壊れた精神を虚無にしないための、唯一の手段。
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