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声に、花に、願いを込めて。
何年前かの八月下旬。
まだ賑わいのある夏祭りも、そろそろ終わりを迎える頃。
私は幼馴染で同級生の家のベランダから、ぼんやりと祭りのある通りを見下ろしていた。
「――はい」
掛け声と共に視界に映ったのは、冷たそうなラムネの瓶。
顔をあげると、そこには夏だと言うのに真っ白い肌を持つ男の子がいる。
「……ありがと」
「それはこっちのセリフだよ」
彼――透哉はニカッと歯を見せて笑った。確かに、と私も笑い返す。
私はここに来る途中、一度夏祭りに寄って、適当に食べ物や飲み物を買ってきた。
透哉が食べられるかどうかは置いといて、少しでも夏祭りの空気感が感じられるように。
ここは透哉の住む小さなマンションの四階。両親は共働きで、夜遅くまで帰ってこない。
理由は透哉の身体のためだった。生まれつき心臓に抱える持病を治すための手術費を稼いでいると聞いていた。
家族ぐるみで仲がいいので、私もよくプリントを届けたり、クラスメイトを連れて遊びに来たりしていた。
ただ、最近は皆受験のために来なくなってしまったが。
彼も今年は、必要最低限以外、ほとんど外に出ていないらしい。
「……なんか食べれそう?」
ラムネを開けつつ聞く。
ぷしゅっと音と泡が漏れる中、透哉は、ああうん、とうなずく。
「やきそばとか、ポテトとか食べれる。あとはかき氷とか」
指を折りながら答える透哉の口元は上がっていた。
――よかった。
ホッとしつつ、泡の落ち着いたラムネに、そっと口を付ける。冷たい液体が喉を伝い、暑さで怠かった身体が少し軽くなった。
透哉も遅れてラムネを開け、それから焼きそばを頬張る。最近あまり元気のなかった彼でも、ちょっとは元気が戻ればいい、とその横顔に思う。
「あ、花火あのさ、今度はアレ買ってきてほしいな」
「……アレ?」
「なんだっけな……あ、そうそう! タピオカ!」
「……あー、」
いいんだろうか、と首をかしげると、彼は笑って、お願いだよ、と言う。
「夏祭りのじゃなくていいからさ、お願い」
「……しょうがないな」
あとで彼の両親に許可を取らないと、と思いつつ、近くに置いていたデジタル時計に目をやる。
時刻はそろそろ夜八時を指そうとしていた。
「……透哉、そろそろ時間だよ」
「ん、もう?」
透哉がまん丸く膨らんだ口を動かしながら言う。私はうなずいて、パッと上を見た。
夏祭りの音は変わらず聞こえてくるが、花火の時間だからか、ざわめきがより一層強くなっていた。
「――ねえ、花火」
呼ばれて目をやると、食べかけの焼きそばを横に置いた透哉がふと、上を向いて言った。
「今日、一番最初に上がる花は、何色かな」
目はじっと紺色の空を見つめ、夏祭りのやわらかな光を反射している。
「赤色ならいいんだけどな」
その声は、小さな願いのように熱がこもっていた。
私は透哉を見つめたまま口を動かす。
「――……たぶん、赤だよ」
――赤であれ。
私も願うように、上を見上げる。
やがて、ひゅう、と空に向かう白い線……だが、パン、と音を立てて開いた大きな花は、赤ではなかった。
「――違ったね」
「……そうだね、虹色だった」
「残念。凄く綺麗だけど」
ため息を吐く透哉。私も少し目を細めて空を睨んだ。だが、透哉はすぐに話題を変えて、あのさ、と私の方を向く。
「オレさ、今度入院するんだ。ちゃんと手術するんだって」
「……そう、なんだ」
小さな花火が二つ連続して上がる。今度は青と黄色だった。淡い光が私たちを照らして消える。
「だからさ、花火――」
ひゅるるるる、と、長く長く、音が鳴る。
「来年は一緒に、夏祭り行こう!」
パパパパパ、と連続して色とりどりの花が、夜に咲いた。私は、もちろん、と大きくうなずいて笑った。
透哉もニカッと笑っていた。ひどく、泣きそうな顔をして――。
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