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「鈴ちゃん、またね!」
「また明日、鈴」
「バイバイ。二人ともバイトと部活、頑張ってね」
今日も友人たちと、「暑い」と言ってるうちに一日が終わった。
「私も帰るか」
一人呟いて、教室を出る。
凛太は、今日も友達と遊んでから帰るのだろうか。
時折思う。
もし、この学校に凛太がいたらどうなるのかと。
一緒に授業を受けたり、お昼を食べたりするのだろうか。
誰もいない空き教室で時々サボってみたり、屋上でどうでも良いことを真面目に話したり。
凛太との高校生活は、きっと凄く楽しいのだろう。
凛太のペンの持ち方や、教科書を音読する時の癖も、全てが愛おしくなって私の心をセンチメンタルにさせるに違いない。
澄んだ夏空を見上げて、一人物思いに更けて見れば浮かぶ人はこの人だけ。
放課後のオレンジ色に輝く廊下が、凛太の仕草や笑顔を反芻させる。
それと同時に、今ここに凛太がいてくれないことに、胸の奥が鋭い音を立てた。
「違うよ、これは」
そう、この気持ちは絶対に違う。
傾いていく夕日に、凛太の色素の薄い茶色の瞳が重なった。
あの人の真っ直ぐな眼差しが、好きなだけ。
十八時のニュースが始まる頃、私は家に着いた。
「ただいまー」
「おかえり、鈴」
「良い香り。今日のご飯はカレーだね」
「そうよ。夏野菜カレー」
「やった! 着替えたら私も手伝うよ」
「ありがとう。ゆっくりで良いわよ」
母は、料理が好きだ。
二人暮らしだった頃は、母は生活を支えるため正社員として働いてくれていて、料理をする時間がなかったように思える。
今は父のお陰で、母は家事と両立しながら無理なくパート保育士として勤められている。
ふと思う。
父と籍を入れてから、母の笑顔が比べ物にならないくらい増えた。
あの時の毎日疲れきって帰ってくる母を思い出し、何も出来なかった当時の私が憎く思える。
やっぱり、父と凛太は救世主だ。
父は母を助けてくれた。
凛太も母に笑顔を増やしてくれた。
私にできる事は、家族を壊さない事。
何があっても、笑い続ける。
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