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彼と私が付き合い始めたのはある春の日の頃。 外には例年より遅めの開花の桜の蕾が膨らみ始めた頃で、彼の方から私に告白をしてくれた。私と彼は職場の先輩後輩の立場ではあるが、彼は新入社員のころから人気があった。 若くて笑顔が可愛らしい彼は、すぐに女の子たちに囲まれていた気がする。 私は別に興味もなかったし、イケメンだのなんだのは目の保養で十分だったから仕事の付き合い以外は一切しなかった。 そう思っていたはずなのに、彼が入社してから半年経った頃。残業でオフィスに残っていた私のところに彼が顔を出した。もう誰もいないと思っていたので驚いたけれど、彼はひょこっと顔を出して、私に珈琲を差し入れしてくれた。 誰もいないオフィスはこの部屋以外は電気も節電のために薄暗くなっている。 この空間は本当に静かで集中できる環境だった。 私は気に入っていたのに彼の存在で居心地の良い世界が壊される。 差し入れしてくれたことが悪いとは言わないけれど、私にとって彼は異物だ。 「お疲れ様です」 「お疲れ様。誰もいないと思っていたから驚いたけれど、どうしたの?」 「隙もないからなかなかお話できなかったんですよね。残業しない日はすぐ帰っちゃうし」 「早く帰りたいと思うのは普通じゃない?」 「それはそうですけど……本当につれないですね。俺がこんなに好きなのになー」 「……は?」 私が口を開けてポカンとしていると彼はしてやったり顔で笑う。普段はもっと愛想よく振る舞っている気がしたのに、小悪魔のようにしか見えなかった。 「訳の分からないことを言って楽しい?珈琲どうもありがとう。私はもう少し残っていくから、気をつけて帰って」 「またそうやって俺を除け者にするー。ブラックが好きなことも知ってるのに酷いですよね。ま、そういうところが好きなんだけど」 「そういうのは貴方のことが好きな子に言ってあげたら?」 「……真面目に言ってるのに。これ、告白ですよ?」 「はいはい。私は今日中に終わらせたいから。お気持ちだけ受け取っておくから」 適当にあしらえば立ち去るだろうと、私は彼に見向きもしないで珈琲のプルタブを引き上げ一口飲む。指をキーボードの上に乗せると今度はその手を掴まれた。何事かと彼の方を向くと、今度は唇を塞がれてしまった。優しく触れた唇は手入れされているのかしっとりとしていて、私が彼を押しのけるまで唇が触れたままだった。 「……ね?」 「こういう行為って何て言うか知ってる?」 「なんだろうなぁ?」 「もういい。早く帰って、邪魔だし」 「本当に酷いなぁ。でも、いいですよ。今日は帰ります。俺、諦めませんから」 そう言って彼はふてぶてしく笑って去っていった。私の手の中にはブラックの缶珈琲、唇には妙な甘さが残って、その後の仕事はあまり捗らなかった。
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