第一章

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第一章

『助けなきゃいけないとわかっていて、何もしない大人たちが嫌いなんですよ』  そいつは画面のむこうで、インタビュアからの問いかけに真面目な顔で答えていた。 ”正義感がお強いんですね”  すると今度は眉尻(まゆじり)を少しだけ下げて、口元に手を当てる。 『というより、街中であたり前に手を差しのべる光景に、憧れがあるんです。前にネットで見かけたアメリカのドッキリで、寒空のバス停でひとり心細そうにしている子どもがいたらどうなるんだろうっていうものがあって』  インタビュアは真剣なまなざしを向けていた。銀フレームのメガネから(のぞ)く形のよい瞳に、見とれているのかもしれない。 『子どもの隣に座った大人たちは、老若男女問わず、子どもに声をかけて、親が来るまで待ってあげたりだとか、寒くないようにマフラーを貸してあげたりだとかしていたんです。そういうあたり前の優しさを、もっと多くの人が持てる社会になったらなって』  さらさらとメガネにかかる黒髪が、男の誠実そうな印象を引き立てていた。  俺はマネージャーが隣で打ち合わせをしているにもかかわらず、思わずぽろりとこぼしてしまう。 「偽善者」  マネージャーは勢いよくこちらを振り返り、そして机をはさんで向かい合う映画監督の代理人にむかって身をのり出した。 「大変失礼なことを。申し訳ありません。うちの入江はまだ、自分に自信がなくて人にあたってしまうところがあるんです。向井監督の映画にでる自覚を持つよう、言い聞かせますから」  気のよさそうな代理人の男は、ほがらかに笑って言った。 「いえ、入江くんはまだ22歳とお若いですからね。これからいろいろ身につけてもらえれば大丈夫ですよ」  マネージャーは恐縮したように頭を下げた。 「向井は、デビュー作から入江くんを追っかけているんです。端役でも自然な存在感があって。今回のキャスティングもね、セリフで多くを語らない、謎めいた役を演じさせるなら画面に映るだけで観客を引きこむ入江くんがぴったりだ、と即決でした」 「ありがたいことです」  態度の悪い俺にかわって、マネージャーはひたすら営業スマイルを崩さない。  代理人は、画面上でインタビューされていた先ほどの男を指差して、俺に向き直った。 「ところで入江くんは、相原(あいはら)(せん)の原作を読んだことはあるかな」  俺はゆるりと首をふる。マネージャーは軽蔑(けいべつ)した視線をよこした。 「そうか。向井もね、今回のような社会派の作品には興味がない方なんだけれど。フィクションだからこそ許されるダークヒーローの存在が、小説の重たさを和らげていてエンタメとして出来がいいと言っていたよ。よければ、せめて、初回の顔合わせまでには目を通してもらえるとありがたいかな」  マネージャーは、当然ですとでもいうようにブンブンと首を振っていた。俺は先ほどのインタビュー映像をみて、相原泉という男にすっかり興味を失くしていた。
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