第二章

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「あまり動かないでくださいね。クリームがずれますから」 「気をつけますよ」 「というか、入江さん。さっき気づいて、ずっと気になってたんですけど」 「ん?」 「これ、大丈夫ですか」  成田さんは、俺の髪をかきあげ、うなじのすぐ手前あたりを指の背でそっとなでた。鏡越しに自分の首元を確認すると、丸い(あと)が赤く浮いている。  誰がどう見ても口づけのしるしだった。  …これって、相原のヤツにされた(あと)か。ぜんぜん気づかなかった。ていうか、強く吸いすぎだろ。  成田さんはニヤリと笑うと、わざとらしく(ほほ)をふくらませる。 「もう!だめじゃないですか。モデルさんなのにこんな(あと)つけて。このあと撮影ですし、今日のところはコンシーラーで隠しときますけど」 「はは、助かります。つうか、最悪…」  俺が顔をひきつらせると、成田さんはからかうように続けた。 「彼女さんですか?ずいぶんと仲がよろしいことで。若いっていいなあ」 「成田さんもそんな離れてないでしょ。あとこれは事故みたいなもんだから。俺、彼女も彼氏もいないし」 「彼女も彼氏もって、なんか意味深ですね。ひょっとして入江さん、同性に抵抗はないタイプですか」  俺はわざと声のトーンを落とし、 「んー、どっちかっていうとゲイ()りなんですよね。…あ、これ他の人には内緒(ないしょ)で」  成田さんは目を見開いた。 「それ、俺に言ってよかったんです?いやあの、もちろん誰にも言うつもりはないですけど」 「成田さんは、信用できると思ったから」 「…そんな調子で大事なことほいほいしゃべっちゃうと、あっという間に広まりますよ。人を簡単に信用しちゃだめです」  まっすぐに俺の顔をのぞき込み、どこか怒っているような口調だった。  …やっとこっちを見た。  きっと真剣に話をしてくれているのだろうけれど、俺は、健気(けなげ)でかわいいなあ、くらいにしか思っていなかった。 「へえ。じゃあ、成田さんのことは信用しない方がよかったかな」  弱々しげにそう言ってみせると、成田さんは何かをこらえるような顔をして首をふる。 「いえあの!…俺は、大丈夫です。実は俺もゲイですし」  知ってるよ。そんなこと。 「…マジで?ほんとに?」  成田さんは顔を真っ赤にしながらうつむく。俺は舌なめずりをしたい気持ちをぐっとこらえる。 「なんだ、よかった。じゃあ、俺のこと気持ち悪いともなんとも思わないってわけね。最高」 「思いませんよそんなこと!というかむしろ…」  成田さんはハッとしたように口元をおさえた。 「むしろ、何?」 「いや、違くて。これは」 「成田さん」 「はっはい!」  俺は成田さんのうなじに手を回し、ぐいと引きよせた。おでこがコツンとぶつかり、成田さんが(つば)をのむ音が聞こえた。 「あんた、かわいいね。すっげえタイプだわ」  先ほど保湿クリームをぬられた唇は、目の前でこわばった唇にやさしく吸いつき、そして音をたてて離れた。 「俺に抱かれてもいいと思うなら、このまま手をまわして」  撮影がはじまるまで、あと40分も残されていない。それまでにヘアメイクを終わらせないといけなかった。  何をバカなことを言っているんだ。そんなのわかっている。わかっているのに。  背中に、ゆっくりと両腕がのばされる。俺は愉快(ゆかい)でたまらない。  …そうだ。それでいい。みんな俺の上っ面にだまされていろ。         _______________________
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