第二章

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**  滝和麻(かずま)は、腹の底に怒りをため込みながら小走りで廊下(ろうか)を進んでいた。  …なにやってんだ、緋希のやつ。  スポーツブランドの新作水着の撮影がそろそろはじまるというのに、いっこうにスタジオに姿を見せない。  この撮影が終わったら、そのまま別の現場でバラエティの収録がはじまる。一秒だってムダな時間はなかった。  いやな予感がして楽屋まで来てみると、ちょうど緋希がドアを開けて出てきた。  ほっと胸をなでおろしたのも束の間、緋希の有様(ありさま)を見てぎょっとする。 「おっ…まえ、なあっ!!」  絶叫(ぜっきょう)しながらかけ足で近よると、その姿にめまいを起こしそうになった。  よぉ、と右手をあげた緋希は、衣服ははだけ、髪は無造作(むぞうさ)に乱れ、汗で肌にはりついていた。 「ヘアメはどうしたっ!いったいどういう状況だ!」 「あー…やっぱこのまま撮影じゃダメ?」 「あたりまえだろ!鏡見てみろよ、ぼろぼろじゃないか!」  緋希はふてくされたように頭をかいている。こんなにもみすぼらしい姿なのに、なぜか色気だけはだだもれていた。 「スタイリストはどこだ、文句言ってやる!」 「いや、あの、ちょっと」  緋希が止めるのもかまわずに楽屋のドアを勢いよく開けると、そこには半裸(はんら)の青年がタオルで下半身をぬぐっているところだった。青年はあわてて秘部を隠し、ガタガタとふるえながらうつむいていた。  俺はもう、言葉が出なかった。  青年の肌はピンク色に上気(じょうき)していて、肌のあちこちに赤い(あと)が落ちている。  そしてこの、汗にまじって香る、独特の臭気(しゅうき)。  ここでなにが行われていたのかは明らかだった。  人は怒りが限界を越えると、思考が停止する生き物らしい。俺は呆然(ぼうぜん)としたまま立ちつくすしかなかった。 「…悪い」  緋希がボソリとつぶやく。だが謝られたところでどうしようもない。知らず、目から(しずく)がこぼれた。緋希は目を見はり、苦しげに顔をゆがめる。 「どうしちゃったんだよお前。昔はこんなことするやつじゃなかったのに」  緋希は顔をそむけ、悪かった、とだけ口にした。  そう、前はこんなことをするやつじゃなかった。映画の監督や原作者にたてついたり、仕事に不誠実(ふせいじつ)な人間を人一倍きらっていたはずなのに。  去年、一年半の休業をとってから、緋希は変わった。それまでは、ぜったいにこんなことを起こしはしなかった。 「ブランドマネージャーと撮影監督に、謝ってくるよ」  はだけていたボタンをとめ、髪を手ぐしで整えると、そのまま滝が走ってきた方向へと向かっていった。  …事務所の社長に、なんて報告をしよう。この後の収録には間に合うだろうか。
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