67人が本棚に入れています
本棚に追加
考えることが多すぎて、うまく思考がまとまらない。楽屋の中で縮こまっていた青年は、ひたすら泣いてふるえていた。
滝はため息をつき、後ろ手でドアを閉めると、そのまま鍵をかけ、青年に向き直る。
「成田さん、ですよね。本日のメイク担当の」
「はい…」
「いろいろと聞きたいことはありますが、まずは一番大事なことを。あなたは、緋希の恋人なのでしょうか」
成田は首を左右にふった。表情は暗く、目が赤く充血している。
…だと思ったよ。
「あなたのご様子を見るに、とても憔悴されていらっしゃいますが。緋希には、その、無理矢理関係されたということでしょうか」
今度はブンブンと勢いよく左右にふった。合意の上ということか。
「合意なら、あなたにも責任がありますね。どうしてこんなタイミングで受け入れてしまったのですか。いい大人でしょうに!」
「それは…本当に申し訳ありません。ずっと憧れていた人といい雰囲気になって、バカなことをしてしまいました」
「謝罪はもういいです。今回の件、丸くおさめるために、あなたに協力してもらうことが出てくるかもしれませんが、いいですね?」
もちろん、断るなんて許さない。
「もちろんです」
「今日はいったん、このままお帰りください」
成田は最後にもう一度頭を下げて、そのまま楽屋を出ていった。滝は急ぎ足でスタジオに戻ると、緋希を取り囲んで撮影スタッフたちが激しくもめていた。
「入江くん、あんたは社会人だろ。これから撮影だってのに、そんなカッコで現れて。理由が言えないっていったいどういうことだ!」
緋希はただ深々と頭を下げていた。そりゃそうだ。まさかセックスしてたなんて、正直に言えるはずがない。
俺は大きく息をはくと覚悟を決め、そのまま輪の中心へと向かっていく。
「都合が悪いことをだまってすまそうだなんて、それで謝罪のつもりかよ!」
「大変申し訳ありません。私から事情をお話しします」
いっせいに注意がこちらに向いた。緋希はハッとしたように、
「滝、いい。俺から話すよ」
俺は緋希を無視して話しだす。
「今回のことは私のミスです。実は、本日緋希のヘアメイクを担当していた成田、という男ですが、彼は緋希の元恋人でした」
緋希はポカンと成り行きを見守っていた。スタッフたちがざわつきだす。当然だ、緋希が同性愛者だということは一般には公表していないのだから。
「詳細の事情はプライベートなことなので伏せますが、穏便に別れたわけではなかったので、今日ばったり再会してしまい、別れ際のいざこざが再燃してしまって、メイクどころではなかったとのことでした」
私が担当者についてちゃんと下調べをしておけば、と、滝は深く腰をおった。緋希は場に合わせるように、神妙な顔で話を聞いている。
最初のコメントを投稿しよう!