第二章

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**  平日の昼下がり。  ついに入江からの呼び出しを受けてしまった俺は、都内のスタジオに『サンクチュアリ』の撮影を見学するために来ていた。  入江のマネージャーにも久々に会ったけれど、なぜかものすごくやつれていて、倒れてしまわないかとひやひやした。  …映画の撮影がはじまったし、きっとものすごく忙しいんだろうな。そうでなくても、あちこちに引っ張りだこの売れっ子モデルなのに。  目の前でリハーサルをしている入江は、全身真っ黒のスーツに身を包み、異様な存在感を放っている。 「なんか入江くん、やせました?」  この前に会った時よりも、顔のラインがうすくなっている気がした。横でリハーサルを見ていた滝は口ごもり、やがて困ったように眉根(まゆね)をよせた。 「相原さんって、あまりテレビとかニュースは見ない方ですか」 「家にテレビがないんですよね。ニュースも、そうですねえ。毎日は見ないかな」 「そうなんですね。実は、コレのせいでちょっと周りが騒がしくなってまして」  そういって差し出されたスマホ画面を見ると、ニュースアプリのトップ画面に、入江の記事がずらっと並んでいた。 『熱愛発覚!人気モデルの入江緋希(22)、メイク担当の同性N(24)と極秘交際』『メンズモデル入江のお相手は、メイクアップアーティストとして活躍中の男性Nだった!』『入江、キスマークで話題の水着CMが来週から放送開始』『首すじのキスマークは独占欲の表れ?恋愛カウンセラーが語る恋人の深層心理』『入江はゲイではなくバイ?高校時代の元カノが証言』『入江本人は、恋人の存在を否定』  なんだこのゴシップたちは。タイトルを見ただけで同情したくなる。マスコミたちに家まではりつかれているのが嫌でも想像できてしまった。 「すっごい量ですね。入江くん、急にマスコミのターゲットになった感じですか。…ていうか、え?首すじのキスマーク?」  俺は、かつて入江にやってしまった自分の愚行(ぐこう)を思い出す。  …まさか、アレじゃないよな。  ソワソワと落ち着かない気分になってしまったので、話題を変えるためにリハーサル風景に目を向けた。 「それにしても、入江くんはすごいですね。あくまで演出もセリフも脚本(ほん)どおりなのに、入江くん独自の解釈(かいしゃく)をこっそりと演技にまぜることで、(さかき)がとらえどころのないミステリアスな存在になっている」  これは本心だった。前に、『自信がなければ顔合わせに来ていない』と言ってのけた入江の言葉は、大げさでもなんでもなかったのだ。  滝はさみしそうな顔でほほ笑む。 「才能はあるんですよね。もう少しやる気を出してくれればいいんですけど」  
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