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「言われなくても帰るっつうの」
「緋希、俺はこの前言ったよな?最低限の礼儀は身につけようって」
「わかってるよ。じゃあな相原。もうお帰りくださって結構だぜ」
「そうじゃないだろ!」
何だか夫婦漫才じみてきたな。
やいやい言い合う二人を見ていると、なぜだか心が落ち着いてくる。
「緋希のやつ、最近忙しいのとマスコミにつけ回されているのとで、心が荒んでしまっているんです」
「これくらいで荒まねえよ。なめんな」
「ああ、なるほどね」
笑いをかみ殺していた俺は、自分のカバンから一冊の本を取り出した。
「じゃあ家では心をリラックスさせないとな。これ、気休めになるかはわからないけれど、この前新刊出したからあげるよ。読んでみて感想でも聞かせて」
ハードカバーの薄めの本を入江に手渡すと、思いっきり警戒した顔で帯を読みはじめた。
「ふうん。『鏡像』?どんな話なの」
「…それは読んで確かめてよ」
入江は、気が向けばな、と言って自分のカバンにしまった。
「なあ。また次も、呼んだら来るよな?」
「え?…ああ」
正直、毎回見学するのは面倒だなあ、と思い始めてもいた。1、2回ならいいけれど、そうではないもんな。
うまく返事ができずにいると、入江はひどく怯えたような顔をした。
…そんな顔するなよ。断りづらいだろうが。
なぜだかこの時は、入江の反応を、演技だとは思えなかった。
「お前もなんか俺に頼み事しろよ。そしたらフェアだろ」
「そう言われても、思い浮かばないんだよなあ。…あ、ていうかメガネ返せよ」
「いいぞ。それが願いか」
「いやいやいや。山賊かお前は。借りたものは普通に返せ」
「今日は持ってないから、また次あった時にわたす。他には?」
「うう…ん」
願い、ね。別に欲しいものとかもないし、あったとしても、年下の子にねだるのはちょっとな。
強いていうなら、俺はこの入江緋希って青年に興味が…
「そうだ。ならこうしよう。俺がお前の撮影を見学するたびに、ひとつ質問に答えてくれないか」
「質問?インタビューみたいな?」
「そう。俺はさ、お前みたいな秘密主義者がまわりにいないもんで、お前の存在自体にちょっと興味があるんだよ」
入江は、そんなこと、と首をかしげる。
「いいけどさ、取材ならいろんな雑誌で受けてるから、そういうの探した方がいいんじゃないの」
「でもきっと、正直に答えてないやつもあるだろう。俺が質問したことは、どんなに答えづらいことでもちゃんと答えてもらうから」
お前が嘘をついても、俺にはわかるからね、とダメおしの言葉とともに。
実際はそんなのわかるはずもないのだけれど、入江はまるで、オセロで相手を罠にかけようとしたけれど、逆に角を取られてしまった子どもみたいな顔をした。
「…わかったよ」
「じゃあ、交渉成立な」
ふてくされた顔でスタジオを後にする入江を見送り、俺は、次回作はいいものが書けるかもしれない、と根拠のない予感をいだいた。
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