第二章

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__  入江の撮影を見学した日の夜、俺は居酒屋で、文学サークルの元同期たちとひさしぶりに飲むことになっていた。 「相原ぁ!こっちこっち」  サークル長だった箕輪(みのわ)が、ガタイのいい腕を大きくふっている。その隣には副代表だったのっぽで馬面の橋間(はしま)。そして二人の向かいには、純文学オタクの恭平、BLにどハマり中の絵凪(えな)がそれぞれ座っていた。 「おそくなってごめん。前の予定が長引いちゃって」 「俺らもう3杯目頼んだところだから、お前もはやく追いついてこい」  箕輪は言ったそばからグラスを()け、新しくハイボールを注文した。  俺が新刊を出すたびに、みんなこうして集まっては感想を聞かせてくれる。    テーブルがおかれているいちばん(かべ)側にはメニューが立てかけてあり、その手前にはハードカバーサイズの写真たてと、お猪口(ちょこ)に入った日本酒がおかれていた。  写真たての中には、ひとりの笑顔の青年の胸から上だけがピッタリとおさまっている。  このメンバーで飲むときの、いつもの光景だった。そして俺はいつも、この写真をまともに見ることができないでいた。 「いいなあ!さっきまで撮影見学してたんでしょう。私も入江くんにあいたかったあ」 「夢をこわしたくないなら、あわない方がいいんじゃないかな。かなりクセが強いから」 「ていうか、入江くんのお相手ってどんな人なの?わたしニュース見てびっくりしちゃった」 「ああ、実はゲイだったってやつか。べつに今どきめずらしくもないだろ」  橋間が冷めた口調で会話に入ってくる。 「あの入江くんがだよ?全国の女が何人泣いたことやら。Twitterが大荒れしてたもん」 「へえ?あいつってそんな人気あるんだ」  ただ感想を言っただけなのに、絵凪から天然記念物でも見るかのような目を向けられる。 「人気どころか、日本の芸能人の中ではトップレベルだろ。活動再開してすぐに映画の主演なんてやれちゃうわけだし」  橋間が枝豆を口の中に飛ばしながら言った。恭平はホッケをおかずにご飯を食べている。酒を飲む気はさらさらないらしく、がっつり夕食を食べにきているようだった。 「活動再開って、そいつ休業でもしてたのか」  箕輪が俺と同じ疑問を口にした。 「うん。それで一年半くらい露出なかったんだよね」 「それは、またなんで」 「忙しすぎて、体壊しちゃったみたい」 「それで一年以上も?」 「まあいろいろあるんでしょ」  絵凪が、物わかりのいい子っぽく肩をすくめた。  俺はすこしショックを受けていた。入江は、これまでかなり苦労してきたのかもしれない。生意気すぎてしばしば腹が立つこともあったけれど、年上らしくもっと広い心で接しようと、そう心にきめた。 「でも休業前に、ちょっとゴタゴタしてたっぽいよね。主演でキャスティングされた映画、お蔵入(くらい)りになってなかった?」  それまでだまって耳だけかたむけていた恭平が、ぽろっとこぼす。絵凪が大げさにのけぞった。 「あー!あったあった!倉木(しん)とW主演だったやつでしょ?めっちゃ残念だったよねえ」  また知らない名前が出てきた。 「倉木慎って誰だっけ」 「俳優よ。たしか入江くんと同い年くらいじゃなかったかな」
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