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入江の撮影を見学した日の夜、俺は居酒屋で、文学サークルの元同期たちとひさしぶりに飲むことになっていた。
「相原ぁ!こっちこっち」
サークル長だった箕輪が、ガタイのいい腕を大きくふっている。その隣には副代表だったのっぽで馬面の橋間。そして二人の向かいには、純文学オタクの恭平、BLにどハマり中の絵凪がそれぞれ座っていた。
「おそくなってごめん。前の予定が長引いちゃって」
「俺らもう3杯目頼んだところだから、お前もはやく追いついてこい」
箕輪は言ったそばからグラスを空け、新しくハイボールを注文した。
俺が新刊を出すたびに、みんなこうして集まっては感想を聞かせてくれる。
テーブルがおかれているいちばん壁側にはメニューが立てかけてあり、その手前にはハードカバーサイズの写真たてと、お猪口に入った日本酒がおかれていた。
写真たての中には、ひとりの笑顔の青年の胸から上だけがピッタリとおさまっている。
このメンバーで飲むときの、いつもの光景だった。そして俺はいつも、この写真をまともに見ることができないでいた。
「いいなあ!さっきまで撮影見学してたんでしょう。私も入江くんにあいたかったあ」
「夢をこわしたくないなら、あわない方がいいんじゃないかな。かなりクセが強いから」
「ていうか、入江くんのお相手ってどんな人なの?わたしニュース見てびっくりしちゃった」
「ああ、実はゲイだったってやつか。べつに今どきめずらしくもないだろ」
橋間が冷めた口調で会話に入ってくる。
「あの入江くんがだよ?全国の女が何人泣いたことやら。Twitterが大荒れしてたもん」
「へえ?あいつってそんな人気あるんだ」
ただ感想を言っただけなのに、絵凪から天然記念物でも見るかのような目を向けられる。
「人気どころか、日本の芸能人の中ではトップレベルだろ。活動再開してすぐに映画の主演なんてやれちゃうわけだし」
橋間が枝豆を口の中に飛ばしながら言った。恭平はホッケをおかずにご飯を食べている。酒を飲む気はさらさらないらしく、がっつり夕食を食べにきているようだった。
「活動再開って、そいつ休業でもしてたのか」
箕輪が俺と同じ疑問を口にした。
「うん。それで一年半くらい露出なかったんだよね」
「それは、またなんで」
「忙しすぎて、体壊しちゃったみたい」
「それで一年以上も?」
「まあいろいろあるんでしょ」
絵凪が、物わかりのいい子っぽく肩をすくめた。
俺はすこしショックを受けていた。入江は、これまでかなり苦労してきたのかもしれない。生意気すぎてしばしば腹が立つこともあったけれど、年上らしくもっと広い心で接しようと、そう心にきめた。
「でも休業前に、ちょっとゴタゴタしてたっぽいよね。主演でキャスティングされた映画、お蔵入りになってなかった?」
それまでだまって耳だけかたむけていた恭平が、ぽろっとこぼす。絵凪が大げさにのけぞった。
「あー!あったあった!倉木慎とW主演だったやつでしょ?めっちゃ残念だったよねえ」
また知らない名前が出てきた。
「倉木慎って誰だっけ」
「俳優よ。たしか入江くんと同い年くらいじゃなかったかな」
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