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絵凪が、この子だよとスマホを向ける。画面をのぞきこむと、さらっとした長めの黒髪に、すっきりと整った顔立ちの青年がみえた。
「なんというか、雰囲気のある俳優だね」
俺は思ったことをそのまま口にする。
「倉木慎もそこそこ人気あるよ。ちなみに彼は作家でもあるんだけど、そのお蔵入りになった映画って、原作は倉木慎なんだよ」
絵凪が上機嫌で笑っている。
「ふうん。その原作ってのはどういうストーリーなの」
「ええとね、たしか主人公の男が別の男に付きまとわれる話だよ。その男はまわりから信頼されてて、だから主人公はストーカーにあってるって信じてもらえないの。どんどん追いつめられていって、最後はいやいやその男のモノになっちゃう話」
「ずいぶんドロドロしてんだな…」
絵凪はけろりとしている。恭介は楽しげに肩をゆらした。
「僕はそういうの好きだな。読んでみたい」
橋間がふんっと鼻をならす。
「どうでもいいけど、倉木ってやつは大丈夫なの、そんな話を書いてさ。俳優ってイメージが大事なんだろ」
「倉木慎は陰があるところが魅力だからね。ファンになる子も、メンヘラっぽい子が多いらしいよ」
世の中にはいろんな需要があるんだなあと、このとき俺はのんきに考えていた。
そのままお酒をのみつつ新刊の感想なんかを話していたら、あっという間に二時間以上がすぎた。
箕輪がチラチラとスマホの画面を気にしだす。
「夏菜さん?」
「ああ。まだ帰らないのって」
「そろそろいい時間だしな。んじゃあそろそろお開きにするか」
橋間が会計のために店員を呼ぶと、箕輪が申し訳なさそうに手を合わせた。
恭平が、立てかけてあった写真を布でくるみ、こわれ物でも扱うようにカバンにしまう。
「次の新刊はいつ出すの?」
「半年以上は先かな。その入江くんとさいきん話す機会がふえたから、彼をモデルにしたキャラクターを出したらおもしろそうだなって思ってて」
とたんに、絵凪の目がかがやく。
「なにそれ!私ぜったい発売日に買うよ」
俺は苦笑いしながらありがとうと言った。恭平はどこかさみしそうに目を細める。
「そんなキャラ、出てなくたって真っ先に買うよ。毎回言うけど、ずっと応援してるからね」
「はは、プレッシャーだなあ。でもうれしいよ」
ほほ笑んでみせた裏では、逃げたくてしかたのない自分がいた。
「まあ、俺らの中で作家になったのって相原だけだもんな」
橋間が皮肉っぽく笑う。
「ほんとほんと。佐々木の分までがんばってね」
「あいつ、かんなぎ賞とること夢だったろ。なら相原、お前の夢もかんなぎ賞だな」
「それはさすがにムリだなあ」
情けない声を出すと、場が笑いにつつまれた。俺は顔が引きつらないように必死だった。体の奥にしまっていた痛みが、冬眠からめざめた熊のように起き上がりそうになる。
…佐々木の分まで、ね。俺にはそんな資格なんてないんだよ。
それから家に帰るまで、俺はなんとかその熊をなだめすかしてやり過ごした。
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