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港区にある高級ホテルの近くで、滝が車のブレーキをふんだ。そのまま車は静かに路肩に寄ってとまる。
この、夜空に負けないくらいに真っ黒なスモークがはられたボックスカーの後ろで、俺はこっそりため息をついた。
「それじゃあ緋希、また明日むかえに来るから」
俺は無言でうなずくと、隣においていたシャンパンの包みを手に持った。滝があわてて声をかける。
「一応、帽子とマスクはつけてけよ」
「つけてない方が、このあと隠し撮りされるときに俺だってわかりやすいだろ」
おどけて言うと、滝が頭をかかえてふり返る。
「こういうのはわざとらし過ぎてもダメなんだよ。わかるだろ?今日の”密会”が茶番だってマスコミにバレたら、また炎上するぞ」
俺が正直にめんどくさいと言ったら、滝はそれでもやれとまた怒った。
「だいたい、ほんとにマスコミ来てんのか?やけに静かだけど」
スモークガラスの外に目をこらしてみるが、通行人がちらほらいるだけで、こちらのスクープを虎視眈々とねらっているような輩は見あたらない。
「来てるに決まってる。他でもない、お前のスクープだぞ。今日のために、丁寧にエサをまいてきたんだから」
「へえ。それはおつかれさま」
この中に記者がまじっているのだとしたら、やつらは一般人に擬態するのが、相当にうまいらしい。
「わかってると思うけど、ちゃんと台本どおり動けよ」
「あんな雑なものが台本ってよべるなら、ガキでも脚本家になれるわ」
「うるさい。あと、今日はぜったいに成田さんに手だすなよ。ややこしいことになるから」
「出さねえよ、ばか」
俺はつばのあるキャップと黒いマスクをつけて、後部座席をおりた。シャンパンのボトルを抱えると、ドアは自動で閉まり、そのまま滝の車は走り去っていった。
さりげなくあたりに視線を走らせる。すると、建物の陰で何かが動いた気がした。
視線を感じてふり返ると、反対側の歩道にいる二人組が不自然に顔をそむけたのが見える。
滝の言うとおり、ちゃんとエサには食いついているようだ。
俺は前を向いて、ホテルのエントランスに入っていった。そのまま受付をスルーしてエレベーターへ。ポケットからカードキーを取りだしてかざすと、夜中だからか、すぐにエレベーターはやってきた。
すばやく乗り込み、最上階のボタンをおす。滝が言うには、フロアをまるまる貸し切ったらしいので、ついてしまえばあとは気を抜いていいらしい。
俺はふうっと息を吐いて帽子をはずした。かたまった髪をかき上げるように手ぐして乱す。最上階にとまりドアが開くと、正面におかれたソファで、成田さんは座って待っていた。
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