第二章

11/19
前へ
/49ページ
次へ
**  港区にある高級ホテルの近くで、滝が車のブレーキをふんだ。そのまま車は静かに路肩(ろかた)()ってとまる。  この、夜空に負けないくらいに真っ黒なスモークがはられたボックスカーの後ろで、俺はこっそりため息をついた。 「それじゃあ緋希、また明日むかえに来るから」  俺は無言でうなずくと、隣においていたシャンパンの包みを手に持った。滝があわてて声をかける。 「一応、帽子(ぼうし)とマスクはつけてけよ」 「つけてない方が、このあと隠し撮りされるときに俺だってわかりやすいだろ」  おどけて言うと、滝が頭をかかえてふり返る。 「こういうのはわざとらし過ぎてもダメなんだよ。わかるだろ?今日の”密会”が茶番だってマスコミにバレたら、また炎上するぞ」  俺が正直にめんどくさいと言ったら、滝はそれでもやれとまた怒った。 「だいたい、ほんとにマスコミ来てんのか?やけに静かだけど」  スモークガラスの外に目をこらしてみるが、通行人がちらほらいるだけで、こちらのスクープを虎視眈々(こしたんたん)とねらっているような(やから)は見あたらない。 「来てるに決まってる。他でもない、お前のスクープだぞ。今日のために、丁寧にエサをまいてきたんだから」 「へえ。それはおつかれさま」  この中に記者がまじっているのだとしたら、やつらは一般人に擬態(ぎたい)するのが、相当にうまいらしい。 「わかってると思うけど、ちゃんと台本どおり動けよ」 「あんな雑なものが台本ってよべるなら、ガキでも脚本家(きゃくほんか)になれるわ」 「うるさい。あと、今日はぜったいに成田さんに手だすなよ。ややこしいことになるから」 「出さねえよ、ばか」  俺はつばのあるキャップと黒いマスクをつけて、後部座席をおりた。シャンパンのボトルを抱えると、ドアは自動で閉まり、そのまま滝の車は走り去っていった。  さりげなくあたりに視線を走らせる。すると、建物の(かげ)で何かが動いた気がした。  視線を感じてふり返ると、反対側の歩道にいる二人組が不自然に顔をそむけたのが見える。  滝の言うとおり、ちゃんとエサには食いついているようだ。  俺は前を向いて、ホテルのエントランスに入っていった。そのまま受付をスルーしてエレベーターへ。ポケットからカードキーを取りだしてかざすと、夜中だからか、すぐにエレベーターはやってきた。  すばやく乗り込み、最上階のボタンをおす。滝が言うには、フロアをまるまる貸し切ったらしいので、ついてしまえばあとは気を抜いていいらしい。  俺はふうっと息を吐いて帽子をはずした。かたまった髪をかき上げるように手ぐして乱す。最上階にとまりドアが開くと、正面におかれたソファで、成田さんは座って待っていた。
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加