第二章

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「あ、おつかれさまです、入江さん」 「部屋にいるんだと思ってました。おつかれさまです」    成田さんは立ち上がってペコリと頭を下げると、俺が手に持ったボトルに視線を向ける。 「それは…?」 「これ、けっこういいやつなんですよ。あとで一緒に飲もうと思って。こうして会うのも今日で最後だから、お()びだとでも思ってくれれば。…ほんと、変なことに付き合わせちゃってすみませんでした」  ボトルをかかげてほほ笑む。成田さんの瞳が(かげ)った。 「そんなことないです。入江くんとのいい思い出ができて楽しかったです。僕みたいな人間が、ウソでも入江くんとデートできたんだから」  俺の”熱愛”記事がでまわってから今日まで、俺と成田さんは何度も会って、いっしょにご飯を食べたり買い物に出かけたり、とにかく付き合っているフリを続けてきた。  それもこれも、滝から『熱愛スクープがでてすぐに破局しようものならイメージダウンはさけられない』とおどされたからだった。  しばらくは”交際中”ということで様子を見つつ、ほとぼりが冷めたら俺が成田さんにフラれるかたちで、この騒動(そうどう)を終わらせようとのこと。 『なんで俺がフラれる側なの?まあいいけどさ』 『緋希がフる側だと、ほかの男に乗り換えたと思われちゃうだろ。それに、恋人を捨てるより捨てられる方が、悪いイメージが持たれにくいだろうから』 『なるほどね』 『成田さんには、スクープの騒動に罪悪感と責任を感じて、緋希の将来のために泣く泣く身を引く健気(けなげ)な恋人、を演じてもらう』  俺のマネージャーは、想像以上に有能らしかった。有能すぎて、あんまり怒らせすぎるとよくないかもしれない、と得体(えたい)の知れない不安がわきあがった。 「それじゃあ入江さん、部屋でそれ飲みましょうか」 「ですね」  部屋のドアをあけると、夜景が見下ろせる広々とした空間が目の前にあった。人が二、三人は寝ころべそうなソファがどしりあって、テーブルの上には水の入ったグラスがふたつおいてある。  先にソファに座り、成田さんがシャンパングラスを持ってとなりに腰をおろした。ふわり、と甘い香りがただよう。 「あれ?香水つけてるとか、めずらしいですね」 「あ、えっと、すみません。こういうの苦手でしたか?」 「いや、いいにおいだと思…」  成田さんがかあっと(ほほ)を赤らめて視線をそらす。そういえば、成田さんの髪は少しぬれていて、シャワーを()びたあとに見えた。  なんだがイヤな予感がしたけれど、気づいていないフリをしてシャンパンをグラスにそそぐ。
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