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俺は、『鏡像』を読み終わって感じたことをそのまま口にする。
「新刊の感想っていうわけじゃないんだけど」
相原は、つづけて、とでも言うようにアゴをしゃくった。
「『サンクチュアリ』の時も思ったけどさ、あんたが書く主人公っていっつも、何も行動を起こさないよな。基本、逃げの姿勢っていうか。あれってなんでなの」
しん、と、相原が無言になった。
「おい。お前が聞かせろって言ったのにだまんなよ」
「ああ、ごめんごめん。そっか、そこかあ。…はは。さて、なんでだろうな」
相原は笑顔だったけれど、さっきよりも声のトーンが下がった気がした。どことなくピリピリしていて、まるで道ばたですれ違う猫みたいに、警戒心を全開にしているように見える。
俺はもしかしたら今、こいつの地雷スレスレを歩いてしまったんじゃないかと思った。
面倒はごめんだ。俺は気づかないふりをして話題を変える。
「ああそういえば、次の撮影だけど、明後日にあるから忘れず来いよ」
「それってこの前スケジュール送ってきてたやつのこと?ちゃんと行くよ。急ぎの予定もないし」
「ありがとうな。あんたがヒマでほんと助かるぜ」
「作家ってのはそういうもんなの!」
まあ、誰にでも聞かれたくないことくらいあるしな。…俺にだって。
「じゃあ俺帰るわ」
くるりと身をひるがえすと、後ろからのびてきた手がそっと首すじにふれた。
「…よかった。もう痕は残ってないみたいだな」
思いがけずやさしい手つきに、肌がむずがゆくなる。一瞬だけ、こいつが相原だということを忘れて変に意識してしまった。
「そりゃあ、俺まだ若いからね。おっさんの場合は、なおるまで一ヶ月くらいかかるんじゃないの。そんな相手がいればだけど」
「二十代をおっさん呼ばわりするなよ。相手はいないけど、需要はあるって信じてるぞ」
「見苦しいなあ」
けらけらと笑ってやると、相原の目からふっと警戒の色が消えた。
「人がせっかく優しくしてやろうとしてるのに、お前ときたら」
「なんだよそれ。別にそんなこと頼んでねえし」
「俺が自分でそう決めたんだよ。お前、その年でかなり苦労してるみたいだったから」
「苦労ねえ。こんな仕事してたら誰だってそうじゃない?」
言いながら俺は、昨日みたいなことも苦労のうちに入るんだろうか、と心の中で考える。
「そうかもしれないけど。でもお前、この間まで休業してたんだろ。映画も、途中まで撮ってたやつがお蔵入りって聞いたし、なんか大変だったんだな」
なにげなく放たれたその言葉に、むりやり封じこめていた記憶の蓋をかっさらわれた。
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