第二章

18/19
前へ
/49ページ
次へ
 俺は、『鏡像』を読み終わって感じたことをそのまま口にする。 「新刊の感想っていうわけじゃないんだけど」  相原は、つづけて、とでも言うようにアゴをしゃくった。 「『サンクチュアリ』の時も思ったけどさ、あんたが書く主人公っていっつも、何も行動を起こさないよな。基本、逃げの姿勢っていうか。あれってなんでなの」  しん、と、相原が無言になった。 「おい。お前が聞かせろって言ったのにだまんなよ」 「ああ、ごめんごめん。そっか、そこかあ。…はは。さて、なんでだろうな」  相原は笑顔だったけれど、さっきよりも声のトーンが下がった気がした。どことなくピリピリしていて、まるで道ばたですれ違う猫みたいに、警戒心を全開にしているように見える。  俺はもしかしたら今、こいつの地雷スレスレを歩いてしまったんじゃないかと思った。  面倒はごめんだ。俺は気づかないふりをして話題を変える。 「ああそういえば、次の撮影だけど、明後日(あさって)にあるから忘れず来いよ」 「それってこの前スケジュール送ってきてたやつのこと?ちゃんと行くよ。急ぎの予定もないし」 「ありがとうな。あんたがヒマでほんと助かるぜ」 「作家ってのはそういうもんなの!」  まあ、誰にでも聞かれたくないことくらいあるしな。…俺にだって。 「じゃあ俺帰るわ」  くるりと身をひるがえすと、後ろからのびてきた手がそっと首すじにふれた。 「…よかった。もう(あと)は残ってないみたいだな」  思いがけずやさしい手つきに、肌がむずがゆくなる。一瞬だけ、こいつが相原だということを忘れて変に意識してしまった。 「そりゃあ、俺まだ若いからね。おっさんの場合は、なおるまで一ヶ月くらいかかるんじゃないの。そんな相手がいればだけど」 「二十代をおっさん呼ばわりするなよ。相手はいないけど、需要(じゅよう)はあるって信じてるぞ」 「見苦しいなあ」  けらけらと笑ってやると、相原の目からふっと警戒の色が消えた。 「人がせっかく優しくしてやろうとしてるのに、お前ときたら」 「なんだよそれ。別にそんなこと頼んでねえし」 「俺が自分でそう決めたんだよ。お前、その年でかなり苦労してるみたいだったから」 「苦労ねえ。こんな仕事してたら誰だってそうじゃない?」  言いながら俺は、昨日みたいなことも苦労のうちに入るんだろうか、と心の中で考える。 「そうかもしれないけど。でもお前、この間まで休業してたんだろ。映画も、途中まで撮ってたやつがお蔵入(くらい)りって聞いたし、なんか大変だったんだな」    なにげなく(はな)たれたその言葉に、むりやり(ふう)じこめていた記憶の(ふた)をかっさらわれた。    
/49ページ

最初のコメントを投稿しよう!

67人が本棚に入れています
本棚に追加