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第三章
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入江の黒いウワサを耳にしたのは、サイン会があった日から二日後のことだった。
見学をするために『サンクチュアリ』の撮影現場に入ると、いつもならリハーサルがはじまっているタイミングにもかかわらず、なぜかスタッフたちがざわついていた。
現場には入江の姿が見あたらず、いつもと様子がおかしい。
「あれ、今日の撮影ってまだはじまってないんですか」
近くで固まっていた美術スタッフたちに声をかけると、気まずそうに顔を見合わせた。
「いやあの、入江くんが調子悪いみたいで、一時中断してます」
「入江が?そんな、撮影できないくらいひどいんですか」
本屋でばったりあったあの日に顔色が悪そうに見えたのは、気のせいではなかったのか。
「今日入りのときから明らかに白い顔してて。ちょっとやつれてましたし。まあ血色はメイクでカバーしたんですけども、ね」
「大丈夫かなって思ってたら、カメラが回りだしたとたん、ふるえながらその場にへたりこんじゃって」
「あの感じ、尋常じゃなかったですよ。冷や汗もすごかったし」
なんだか、思った以上に状況はよくなさそうだった。
「やっぱあれかな、ちょうど昨日、恋人と破局したってニュースが流れてたし、そのショックじゃない?」
「ええ?そういうプライベート、仕事に影響させるタイプに見えないけどなあ」
俺を置いてきぼりにしてスタッフたちがゴシップで盛り上がっていると、そのうちのひとりが口元をゆがめた。
「いやだから、あの入江くんの様子はそういうレベルのものじゃないって。…俺、前に聞いたことあるけど、入江くんて昔ドラッグやってたんでしょ?」
「ええっ?!」
どうやら他のスタッフたちも初耳だったらしく、一斉に声をあげてしまった。近くで聞き耳を立てていた照明係のスタッフたちが、目を輝かせながら輪に入ってくる。
「ああそれ、俺知ってる!休業する前の時期だろ?しかも、倉木慎もいっしょにやってたらしい」
「うそ、倉木も?そんなイメージなかったわあ」
「入江くんが休業したのも、クスリ絶つためだったって話。禁断症状がやばかったらしいよ。暴れて泣き叫んだり」
「まじか。入江やばいな。ていうか倉木と入江って仲良かったんだ。接点なんだろ」
「映画でしょ。ふたりで主演してたやつ」
「いやでも、もっと前から知り合いだったみたいだよ。ふたりでやばそうな店に出入りしてるとこ、週刊誌に撮られてたし」
「入江の父親って半グレから成り上がった社長なんだろ?そりゃ息子も道ふみ外すわな」
衝撃的な内容すぎて、俺は呆然とするしかなかった。
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