第三章

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「じゃあさっきのも、クスリのせい?」 「じゃないの。まだ完全に抜けてないんだろ」  あの入江が、ドラッグを?  生意気なやつではあるけれど、そういうものに手を出すようには思えなかった。  話がヒートアップしてきたところで、滝が現場に戻ってくる。一気にあたりが静まりかえった。  離れたところで、カメラマンたちと話していた向井監督がふり返る。 「ああ、滝さん。どうです、入江くんの様子は」 「あと30分だけ、時間をいただけませんか。それまでには復帰すると本人が言ってまして」 「30分か。ほんとに大丈夫なんでしょうね。とりあえず、先に別のシーンを撮りますから。もし戻って来られないようなら、このままリスケするしかないですね」  滝はそれには答えず、うつむくだけだった。 「滝さん」  俺は後ろから声をかける。 「ああ、相原さん。今日も来ていらっしゃったんですね」 「入江くんに頼まれましたからね」  滝は(まゆ)をひそめ、俺に小声で耳打ちした。 「せっかく来ていただいたところ申し訳ないですが、あの様子だと今日は、撮影再開はおそらくムリです」  俺は軽く息をのむ。 「どうせヒマでしたし、俺は大丈夫ですよ。というか入江くん、何か病気ですか」 「いや、きっと精神的なものです」  気まずそうに、滝は言葉をにごす。 「…なら俺は、今日は長居(ながい)しないほうがよさそうですね。入江くんに一言声だけかけて、このまま帰ることにします」 「ご迷惑をかけて、ほんとすみません」  俺は滝に楽屋の場所を聞くと、スタッフたちの間をすり抜けてそのままスタジオを後にした。  入江は主役なので、楽屋もいちばん広くて良い場所にある。”入江緋希様”と紙が()られたドアをノックすると、しんと、静寂(せいじゃく)がおとずれた。  もう一度ノックする。 「入江?俺、相原です」  返事はない。 「調子がよくないって聞いたけど、お前大丈夫か」  待ってみたけれど、やはり入江の声は聞こえなかった。  …もしかして寝てるのか? 「おととい会ったときも具合悪そうだったなお前。今日は、仕事終わったらはやめに休めよ。…撮影はむずかしそうって滝さんが言ってたから、俺も今日は帰るよ」  声をかけても、部屋は静かなままだ。  俺はあきらめて、くるりと身をひるがえす。そのまま帰ろうと足を()みだしたが、どうも入江を見()てたようで後ろめたくなり、また楽屋をふり返る。 「入江」  ドアノブをそっとまわしてみると、カチャリと音を立ててドアが開いた。  鍵、かけてなかったのか。  ゆっくりとドアを押し広げると、すき間から二人かけサイズのソファが見えた。その上に、ブランケットをかぶって小さく丸まっている人影(ひとかげ)が。  いつもの生意気で堂々とした青年はそこにはなく、想像していなかった姿に、俺は心臓がとまりそうになった。 「…入江、入るぞ」  
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