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「じゃあさっきのも、クスリのせい?」
「じゃないの。まだ完全に抜けてないんだろ」
あの入江が、ドラッグを?
生意気なやつではあるけれど、そういうものに手を出すようには思えなかった。
話がヒートアップしてきたところで、滝が現場に戻ってくる。一気にあたりが静まりかえった。
離れたところで、カメラマンたちと話していた向井監督がふり返る。
「ああ、滝さん。どうです、入江くんの様子は」
「あと30分だけ、時間をいただけませんか。それまでには復帰すると本人が言ってまして」
「30分か。ほんとに大丈夫なんでしょうね。とりあえず、先に別のシーンを撮りますから。もし戻って来られないようなら、このままリスケするしかないですね」
滝はそれには答えず、うつむくだけだった。
「滝さん」
俺は後ろから声をかける。
「ああ、相原さん。今日も来ていらっしゃったんですね」
「入江くんに頼まれましたからね」
滝は眉をひそめ、俺に小声で耳打ちした。
「せっかく来ていただいたところ申し訳ないですが、あの様子だと今日は、撮影再開はおそらくムリです」
俺は軽く息をのむ。
「どうせヒマでしたし、俺は大丈夫ですよ。というか入江くん、何か病気ですか」
「いや、きっと精神的なものです」
気まずそうに、滝は言葉をにごす。
「…なら俺は、今日は長居しないほうがよさそうですね。入江くんに一言声だけかけて、このまま帰ることにします」
「ご迷惑をかけて、ほんとすみません」
俺は滝に楽屋の場所を聞くと、スタッフたちの間をすり抜けてそのままスタジオを後にした。
入江は主役なので、楽屋もいちばん広くて良い場所にある。”入江緋希様”と紙が貼られたドアをノックすると、しんと、静寂がおとずれた。
もう一度ノックする。
「入江?俺、相原です」
返事はない。
「調子がよくないって聞いたけど、お前大丈夫か」
待ってみたけれど、やはり入江の声は聞こえなかった。
…もしかして寝てるのか?
「おととい会ったときも具合悪そうだったなお前。今日は、仕事終わったらはやめに休めよ。…撮影はむずかしそうって滝さんが言ってたから、俺も今日は帰るよ」
声をかけても、部屋は静かなままだ。
俺はあきらめて、くるりと身をひるがえす。そのまま帰ろうと足を踏みだしたが、どうも入江を見捨てたようで後ろめたくなり、また楽屋をふり返る。
「入江」
ドアノブをそっとまわしてみると、カチャリと音を立ててドアが開いた。
鍵、かけてなかったのか。
ゆっくりとドアを押し広げると、すき間から二人かけサイズのソファが見えた。その上に、ブランケットをかぶって小さく丸まっている人影が。
いつもの生意気で堂々とした青年はそこにはなく、想像していなかった姿に、俺は心臓がとまりそうになった。
「…入江、入るぞ」
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