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そっと近づいていくと、ブランケットの下から荒い呼吸音が聞こえる。
「おい、苦しいのか」
あわててブランケットをめくると、どこか焦点のあっていない目を見開き、無表情で深呼吸をくり返す入江がいた。
目の縁が赤い。顔は、涙の跡でぬれていた。
俺はすぐに声を出せなかった。
「なんで、こんな…お前どうしたんだ」
すると、瞳だけがくるりと上向き、じっと俺を見つめた。
「勝手に入ってくんなよ」
心臓ははげしく波打ってうるさくて、入江の声が遠く聞こえる。今自分が見ているものが、現実とは思えなかった。
「…今日は帰ろうと思って、最後に声だけかけにきたんだけど」
どうしていいかわからず、とりあえずテーブルの上においてあるティッシュが目につき、一気に五枚くらいとって入江の顔に押しあてた。
「うわっ!何すんだやめろ!泣いてねえよもう」
「え?」
言われて気づいたが、たしかに涙は止まっていた。入江はゴホゴホと咳こむ。
…なんだったんだ、今の。
「はあ。つうか帰るってなんだよ。俺のこと見張るんだろ」
「お前、その顔で撮影できるのか」
「大丈夫でしょ。これウォータープルーフらしいし。…ほらな」
顔にへばりついたティッシュをはがし、ヒラヒラとかざしてみせた。
「そっちじゃなくて。目、赤い」
手をのばし、ぷくりと腫れた涙袋にふれる。入江はびくりと目を細めた。
「冷やしたほうがよさそうだな。入江、ハンカチか何か持ってるか」
ブスッとした顔であごをしゃくられる。どうやらカバンの中に入っているらしい。
「濡らしてくるからちょっと待ってろ」
カバンの中からタオルを取り出すと、そのままトイレの手洗い場へむかい、蛇口にかざして水にさらす。
小走りで戻ると、入江はソファに横たわったままぼうっと待っていた。
…いつも軽口ばかりで憎たらしいのに、こう大人しいと調子が狂う。
「目閉じてろ」
濡れたタオルを細くたたんで、入江の目を覆った。上から手をあて軽く押さえつける。
「…あんたって、けっこう甲斐甲斐しいんだ」
そのまましばらく無言になった。どのくらいの間、そうしていただろうか。ゆったりと流れる時間に身を任せていると、おだやかな呼吸音がかすかに聞こえはじめた。
おや、と思いタオルを外すと、入江は目を閉じて寝ていた。口元がかすかに開いた、無防備な寝顔。思わずほっと息を吐いた。
…俺なんかに、こんな顔さらしちゃって。起きたらコイツなんて言うかな。
いつもの悪態を想像し、俺はふっと笑みをこぼす。ソファの肘掛けに頬杖をついて、すやすやと寝入る入江を見おろした。
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