第三章

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 そっと近づいていくと、ブランケットの下から荒い呼吸音が聞こえる。 「おい、苦しいのか」  あわててブランケットをめくると、どこか焦点(しょうてん)のあっていない目を見開き、無表情で深呼吸をくり返す入江がいた。  目の(ふち)が赤い。顔は、涙の(あと)でぬれていた。  俺はすぐに声を出せなかった。 「なんで、こんな…お前どうしたんだ」  すると、瞳だけがくるりと上向き、じっと俺を見つめた。 「勝手に入ってくんなよ」  心臓ははげしく波打ってうるさくて、入江の声が遠く聞こえる。今自分が見ているものが、現実とは思えなかった。 「…今日は帰ろうと思って、最後に声だけかけにきたんだけど」  どうしていいかわからず、とりあえずテーブルの上においてあるティッシュが目につき、一気に五枚くらいとって入江の顔に押しあてた。 「うわっ!何すんだやめろ!泣いてねえよもう」 「え?」  言われて気づいたが、たしかに涙は止まっていた。入江はゴホゴホと(せき)こむ。  …なんだったんだ、今の。 「はあ。つうか帰るってなんだよ。俺のこと見張るんだろ」 「お前、その顔で撮影できるのか」 「大丈夫でしょ。これウォータープルーフらしいし。…ほらな」  顔にへばりついたティッシュをはがし、ヒラヒラとかざしてみせた。 「そっち(メイク)じゃなくて。目、赤い」  手をのばし、ぷくりと()れた涙袋にふれる。入江はびくりと目を細めた。 「冷やしたほうがよさそうだな。入江、ハンカチか何か持ってるか」  ブスッとした顔であごをしゃくられる。どうやらカバンの中に入っているらしい。 「()らしてくるからちょっと待ってろ」  カバンの中からタオルを取り出すと、そのままトイレの手洗い場へむかい、蛇口(じゃぐち)にかざして水にさらす。  小走りで戻ると、入江はソファに横たわったままぼうっと待っていた。  …いつも軽口ばかりで(にく)たらしいのに、こう大人しいと調子が狂う。 「目閉じてろ」  ()れたタオルを細くたたんで、入江の目を(おお)った。上から手をあて軽く押さえつける。 「…あんたって、けっこう甲斐甲斐(かいがい)しいんだ」  そのまましばらく無言になった。どのくらいの間、そうしていただろうか。ゆったりと流れる時間に身を任せていると、おだやかな呼吸音がかすかに聞こえはじめた。  おや、と思いタオルを(はず)すと、入江は目を閉じて寝ていた。口元がかすかに開いた、無防備(むぼうび)な寝顔。思わずほっと息を()いた。  …俺なんかに、こんな顔さらしちゃって。起きたらコイツなんて言うかな。  いつもの悪態(あくたい)を想像し、俺はふっと笑みをこぼす。ソファの肘掛(ひじか)けに頬杖(ほおづえ)をついて、すやすやと寝入(ねい)る入江を見おろした。
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