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「それだけしんどい思いしながら映画撮ったのに、急に公開中止ですからね。心が折れちゃったんだと思います」
「それは…大変でしたね」
飄々としたふるまいの裏で、あいつはどれほど悩んで生きてきたのだろう。
電話を切った俺は、もういちど楽屋に入って、入江の寝顔をながめた。
まだ大人になりきれていないような、あどけない素顔をそこに見た気がして、どうしようもなく庇護欲をかきたてられた。
芸能人とは、みんなこうなのか。勝手によくないウワサをされ、記者に追いかけられ、それでも、自分の本心は隠したまま、何ごともなかったようにふるまい続ける。
こいつには、一日の中で安らげる時間が、どのくらいあるのだろう。
俺は後ろ手でドアのカギを閉めると、入江のそばにしゃがみ込んだ。
せめて今だけは、誰もこいつの眠りを邪魔しないように、見守っていよう。
ずりおちそうになっていたブランケットをかけ直してやると、入江がぬくぬくと気持ちよさそうに顔をうずめる。
プラチナの髪が、動きにあわせてきらきらとかがやいた。
それはとてもまぶしかった。ほとんど無意識に手をのばし、やわらかそうなその髪をなでる。そのまま頭の輪郭にそっていき、かつて口づけをしたうなじに指を這わせた。
きっと、こいつがタチだと知らなければ、俺はこのままこいつに落ちていたかもしれない。
手を離すのが名残りおしく、しばらく肌をなでていると、
「いつまでさわってんだよ」
「うわ入江っ?!」
反射的に後ずさり、その勢いで尻もちをついた。入江がソファから体を起こし、じとっとした目でこちらを見る。気まずい空気がながれた。
「俺は眠りが浅いんだよ。んなベタベタされたら起きるっつうの」
「…ごめん」
こんなにもこの世から消えたいと思った瞬間は、人生ではじめてだった。いたたまれない状況に、俺の目がはげしく泳ぐ。
「つうか何そのさわり方。0点だな。ぜんぜんその気になんねえ」
入江は、やれやれ、と半笑いの顔で肩をすくめた。
「あのな、べつに誘ってたわけじゃないんだよ」
「じゃあどういうわけなんだよ」
「どうもこうもない!だいたいタチの俺がタチのお前を誘うわけないだろ」
「なんだ、俺に抱かれる覚悟ができたんだと思ってた」
「誰がするか、そんな覚悟」
お互いヤケクソの会話をくり広げていたところ、ちょうどドアがノックされた。カギを開けると、滝が心配そうに顔をのぞかせる。
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