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金曜夜の六本木は、派手な身なりをした若者たちでごった返していた。
喧騒をスモークガラス越しにながめながら、俺は重い気分でため息をつく。滝がチラリとバックミラーに視線を向けた。
「着いたぞ。降りないのか」
「今行くよ」
後部座席のドアからのろのろと降り立つ。黒いヴィトンのタキシードは、いやになるくらい体にフィットして動きやすかった。
…ここ最近は、ほんと、最低な気分になることばっかりだ。
相原には調子を狂わされるし、仕事でやらかして、滝を落ち込ませちまうし。
…それに、今日も。
俺は、滅入りそうな気持ちをなんとか奮いたたせる。
「緋希、お前ってこういうの苦手だったか?」
「そんなことねえよ」
今日は、事務所のスポンサーが主催するパーティに呼ばれていた。名だたる大企業の関係者も集まるため、俺のような所属のタレントたちが、こぞってかり出される。
こういうのはよくあることだし、てきとうに愛想をふりまけばいいのだから、わりと得意だ。
けれど今夜は、事前に事務所の社長から、嫌な話を聞いていた。
『緋希。…今日、もしかしたら彼も来るかもしれない。君はわかっていると思うけど、彼もゲストとして呼ばれてるんだ。もしはち合わせしても、くれぐれも騒ぎ立てるなよ。いいな?』
…くそ。なんなんだよ。だったら俺以外のやつに来させろよ。ふざけんじゃねえ!
滝の車が走り去ったあとも、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。拳を強くにぎりしめ、体がふるえ出さないよう必死でおさえる。
同じく招待された連中が、不思議な顔を向けながら横を通り過ぎていった。
…落ち着け俺。そもそも来ているかどうかだってわからない。それにこれだけ大きい会場なんだから、たとえ来ていたって会うことはないかもしれない。
俺はようやく足をふみ出し、パーティの受付へ向かった。
会場のホールには、ドレスに身を包んだ招待客がすでにわんさかといた。俺は少しほっとする。
ウェイターが近くによって来て、ウェルカムドリンクのシャンパンを手渡してくれた。どうせなら、このまま不安を忘れるくらいに酔っぱらってしまいたかった。
しばらくして、軽快な音楽とともに場内アナウンスが入る。
主催者の男が開会のあいさつを述べると、いよいよ立食パーティが始まった。
グラスを片手に、あちこちで人々が輪になって、自己紹介をしあっている。俺のまわりにも人だかりができて、名刺を交換するのに忙しかった。
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