第三章

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 大手食品会社のマーケティン部門のトップやら、IT系ベンチャーの社長など。  ぜひとも次のテレビCMの枠を買って、俺らを起用してほしいお客さまばかりだ。 「あっ!入江くんだあ」  やけにねばっこい声がしてふり向くと、インフルエンサーとして活躍中の女性Instagrammerが、グラスを両手でかかえはにかんでいた。  栗色をしたふわふわの巻き毛が、(あわ)いピンク色のシフォンワンピースにたれている。(すそ)からは、白くて小枝のように細長い太ももがすらりとのびていた。  俺は営業用のほほ笑みを浮かべ、軽くグラスを持ち上げる。 「はじめまして。知っていてくださってうれしいです。たしか、サナさんですよね、ネットニュースとかでよく話題になってる」  サナは手をほほにあててはしゃいでみせた。 「あたしのこと知ってるんだ!うれしい。あ、ちょっと待っててね」  そう言ってサナはスマホを取り出した。連絡先でも聞かれるのかと思っていたら、だれかにメッセージを送っているようだった。 「それは何をしてるんです?」 「えっとね、あたしの友達が入江くんに会いたいって言ってたから、ここにいたよって教えてあげてるの」 「友達?」 「うん!この会場にいるはずだから探してって頼まれてたの。今から来るから、このままここにいてね」 「はあ」  俺は言葉がつなげなかった。失礼な女、と思ったけれど、こういうのもよくあることで、俺は言われたとおりにその友達とやらを待つことにした。  その間も、サナは俺の腕に手を絡めてくっついてきたり、まるで内緒ばなしでもするみたいに顔を近づけてきて、そのたびにウンザリさせられた。 「入江くんて、ほんとかっこいいなあ。なんでゲイなの?女はぜったいムリ?」  カミングアウトしてから何度となくされてきた質問にも、めげずに笑顔で答える。 「ぜったいムリじゃないですよ。彼女いたことはありますし」 「えっそうなんだあ!じゃあ希望持とうっと」  サナはあざとくほほ笑み、上目づかいでこちらを見た。正直女性にまったく興味はないけれど、どちらかというと女性ファンの方が多い俺は、こういう風に答えざるをえない。  心の中でため息をついていると、ぞろぞろと人が近づいてくるのが横目で見えた。 「あ、友達来たっぽい!」  サナが大きく手をふる。同世代くらいの若い男女が、十人くらいかたまって向かってくる。 「俺に会いたがってたのって、どの子…」  視線を走らせた俺は、思わずグラスを落としそうになった。そのままある一点で、視線が(くぎ)づけになる。 「いちばん後ろにいるよ!ほら、倉木くん」  飛び抜けて背の高い男が、サナに手をふり返した。すこし長くのびた黒髪を耳にかけ、すっと切長のふたえを柔らかく細める。 「ありがとうサナ。助かったよ」  どこか鼻にかかったような、甘ったるい声。俺に向きなおると、その男はゆるりと口角を上げた。あくまで、自然な笑顔だった。
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