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押し返そうとしても、音を立てないように抵抗するには限界があって、うまく力が入らない。倉木はただ幸せそうな笑みを浮かべ、俺を見下ろしている。
この狭い空間にふたりきりという状況は、俺をパニックにさせるのに十分だった。
呼吸が乱れ、必死で息をかみ殺す。
すると、額と額がコツンとぶつけられる。ほとんど吐息のようなささやき声が聞こえた。
「兄さん、可愛い」
倉木は俺の両手首をつかむと、そのまま頭上に固定する。ゾッとして、視線だけで倉木を見返した。
「怖がらないで」
ゆっくりと、唇が重ね合わされる。小刻みにふるえる俺の体が個室の壁につたわり、異様な物音がたった。
外にいた男たちがこちらに気づいたのか、一瞬、しゃべり声がやむ。けれど、すぐに下品な笑いがおこった。
「あの個室、めっちゃふんばってんじゃん」
「がんばって出せよ」
倉木はまったく気にしておらず、固くひき結ばれた俺の唇を舌先でなぞっては、まるで感触を楽しむかのように唇を唇でこすられる。
あまりにもやさしいその愛撫は、このふざけた状況とひどくちぐはぐで、得体の知れない恐怖が俺を支配していく。
「くち、あけて」
先ほどから赤く熟れた舌が、唇をわって入ろうとうごめいていた。俺は黙ったまま相手をにらみつける。
倉木の瞳がいっそう影を落とし、まるで獲物を見つけた野生動物のように鋭く細められた。
固定していた俺の両手を片手でまとめると、あいた手で俺の鼻をつまむ。
…こいつ!
唇は合わさったまま、目の前のこの獣は軽く笑みさえ浮かべ、こちらが息絶えるのを待っていた。
外はまだガヤガヤとさわがしい。俺の焦燥感はひたすら増していく。
ついにたえきれず、酸素を求めて口をひらいた。倉木は恍惚の表情を浮かべる。その時、外にいた連中がまたぞろぞろとトイレから出て行った。
俺は必死でもがく。
「はなせこのっ…!」
けれど体はびくとも動かず、倉木はただほほ笑むだけだった。押し当てられた腰のあたりに硬い芯のようなものを感じとって、背すじが一気に凍りつく。
「その顔見てると思い出すよ。また兄さんの中に入りたいな。あのときは、ふたりともいく前に終わっちゃったから」
「次その話したらぶっ殺す」
「忘れられないんだ。あの感触が。信じられないくらいに気持ちがよくて」
「だまれっ!!」
この男は完全にイカれているのだ。ただひとり悦に入り、人のトラウマを土足で踏み荒らしていく。
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