第三章

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 俺はすこしほっとした。 「なら、これから迎えに行きます。そちらの住所だけうかがってもいいですか」  また一瞬、沈黙がうまれる。 「…いや、わざわざ大変でしょうし、僕がタクシーで送りますよ。入江くんの家の住所を教えてください。マネージャーさんは、入江くんの家で待っていてくだされば」 「そんな、悪いですよ」 「大丈夫ですよ」  また、かろやかな笑い声。 「入江くんを酔わせちゃって、申し訳ないなって思ってたんです。僕に責任を取らせてください」  俺は迷った。口を開きかけたけれど、ふたりが仲が悪いという話を社長から聞いていたので、住所なんてかなりプライベートなものを本人に教えていいのかとなやんだ。  目の前では、倉木の知り合いらしい女性がニコニコと笑顔を見せている。 「どうされました?」  女性が小首をかしげた。純粋そうな瞳がキョトンと、こちらを向いている。 「あ、いえ」 「入江くん、大丈夫そうでした?倉木くん、すっごい真っ青な顔して、入江くんのこと心配してたから。さっきは私までオロオロしちゃった」 「そうだったんですね…」  …仲が悪いのは、なにかケンカでもしたからなのかな。昔からの知り合いとは聞いているし、変な人ではないのかも。  俺はスマホをにぎりなおした。 「それじゃあ、申し訳ないですけど、お願いします。緋希の住所は…」  電話を切った俺は女性にスマホを返すと、そのまま緋希の住むマンションに向かった。駐車場に車をとめ、エントランスの前で待っていると、一台のタクシーが停車する。  中からはすらりと背の高い男と、緋希がおぶられるようにあらわれた。  …あいかわらず、でかいな。緋希だって背が高い方のに、それよりはるかに上だ。 「お待たせしました」 「わざわざ運んでいただいてありがとうございます。重かったでしょう。代わりますよ」 「いえ。このまま部屋まで運んじゃった方がはやいですから」  倉木の口調には、どこか(いつく)しむような響きがあった。どれだけすすめても、いっこうに緋希をおろそうとしない。  目が合うと、にっこりとほほ笑まれた。  …なんだか、独特の迫力がある人だよな。 「じゃあ、すみませんが部屋までお願いします」  俺はスペアのカードキーでマンションに入ると、エレベーターで緋希の部屋があるフロアへ向かった。 「いいところに住んでますね、入江くん」 「ここはセキュリティがしっかりしてますからね。変な人は入って来れないですし」  そこで、なぜか倉木が笑った。 「そうですね。変な人が入ってきたら困りますもんね」  チンと軽い音がなる。俺たちはエレベーターをおりて緋希の部屋に入った。 「ベッドはどちらです?」 「寝室は、その奥にあります」  俺は部屋の電気をつけた。倉木がそっと緋希をベッドに横たえる。 「ありがとうございます。それじゃあ帰りましょうか」 「はい。あ、そうだ。ちょっとトイレ借りてもいいですか」 「どうぞ。トイレは反対側の突き当たりです」  俺は先に部屋を出て、入り口で待っていると、しばらくしてから倉木が出てきた。  ここまで重労働だったはずなのに、倉木はやけに機嫌(きげん)がいい。そのことに、なぜだか俺は胸騒ぎがやまないまま、ふたりでエレベーターを下っていった。
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