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「心配しすぎだって! もう幼稚園児じゃないんだから、はぐれたってちゃんと自分で戻ってくるよ」
行き過ぎる人の顔を一人一人覗き込むようにして探している弘貴の、焦った顔に亜優は笑って声を掛けた。
過保護にも程度というものがある。
花火大会で迷子なんて、明日になれば笑い話なのに。
ところが、弘貴は真顔で立ち止まった。
「こんな日に、絶対一人にしちゃいけないんだ」
「?」
「亜優と圭介にはいずれは話すつもりだったけど」
「なにを?」
「ナオが声を出せなくなったの、周りには事故って説明してるけど、本当は事件の後遺症なんだ」
「事件?」
亜優は口の中が急に渇いてきた気がして、無理やり唾を飲み込んだ。
「半年前、直哉は母親のヒモみたいな男に刺されて、死ぬところだった。実際一度は…」
言いかけて弘貴は歯を食いしばった。
二度と思い出したくない。
胸と脇腹を刺され、倒れたとき頭も打っていた直哉が命を取り留めたのは、隣のおばちゃんが果敢にも応急手当をしてくれたおかげだった。
救急車が到着するまで身体を保温し、タオルで傷を押えていてくれた。
病院について治療が始まるまでの連携、担当してくれた医師の技量、本人の体力。
死線を往き来する直哉を、沢山の医師や看護師が必死で引き戻してくれた
タイミングや巡り合わせ、人との縁を含めて奇跡と呼ぶのなら、直哉は幾重もの奇跡に護られていた。
長い昏睡のあと、目を覚ました直哉は記憶の一部と声を失っていた。
母親のヒモは直哉たち親子に本当の名前を明かしていなかった。
名無しの権兵衛でしかも人相が判らないとなると、捜索は困難であり、そのことは犯人も承知していることだろう。
犯人の顔を特定できる人物、自身が手を掛け、殺し損ねた直哉の口を封じない限り、犯人は安穏とはしていられないはずだ。
「でも犯人は直哉がここにいること、知らないんでしょう?」
と亜優は言った。
弘貴は懐疑的だった。
事件は直哉の安全に配慮され、報道されなかった。
ただ……。
直哉の母親、薫は逃げたヒモと一緒にいるかもしれない。
少なくとも連絡ぐらいは取っているだろう。
弘貴は叔母である薫の美しく陽気だが無責任な顔を思い浮かべていた。
直哉を可愛がってはいたが、その可愛がり方は自分の親たちとはちがうように思えた。
甚平を着た小さな子どもたちが浜の方へ駆けてゆく。
兄と妹だ。
それを忙しそうに追いかけているのは、若い夫婦だった。
「危ないから、走っちゃだめ」
母親に捕まって手を繋がれ、不満そうにむくれる兄。
妹は父親に抱き上げられ、そんな兄を見下ろしている。
4人はなにか笑い合いながら、打ち上げの始まった浜の方へ急ぎ足で歩いて行った。
「オレ、はぐれた店の辺りまで戻るわ」
それを見送っていた、弘貴が口を開いた。
亜優は頷き、
「あたしはヒロくんち行ってみる。帰ってるかもしれないし」
「おう頼むな」
二人は楽しそうに浜へ向かう人波をかきわけ、それぞれの目的地へ駆け出した。
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