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踊り場の友情
「キレーでウケんね」
「絶対焦るでしょ」
放課後部室の前に着くと、中から笑い声が聞こえてきた。引退した先輩たちの声だ。もしかすると、指導に来てくれたのだろうか。姿勢を正し、そっと扉を開けた。
雪。
一瞬、息が止まる。
私を出迎えたのは、降りしきる雪だった。どこかで見たことのある、蛍光色のピンクと黄色と水色。それが紙吹雪で、元は瀬川の台本だったことに気づくまで、時間がかかった。
「山野じゃん! おつかれ」
机の上に立つ先輩が台本をちぎるのを中断し、ひらひらと手を振った。笠井先輩。美人でやさしくて、瀬川が入部するまでは、一番演技が上手だった先輩。
「せん、ぱい……何やって……」
声がかすれた。体がぶるぶると震える。隣にいる伊藤先輩がにやにやしながら口を開いた。
「瀬川がカバンだけ置いてどっか行くのが見えたからさ。つい魔が差したっていうか」
「そーそー。見てよこのマークの量! 逆に読みづらいっつーの。もしかしてコイツ、馬鹿だったりする?」
──私、頭よくないから。
なぜか、瀬川の声が頭に響いた。ちょっと困ったような、どこかあきらめたような、そんな声色。
「取り消してください」
「は? 何?」
「瀬川は馬鹿じゃない」
先輩たちが顔を見合わせ、しばらく黙り込んだ後、大げさに吹き出した。
「あのさあ、山野だって瀬川のこと嫌いでしょ。いつも恨めしげに見てるのバレてないとでも思ってた? “親友役”になったからって、手のひら返しはさすがに笑うわ」
図星だった。顔が真っ赤になるのが自分でもわかる。だけど、違う。私が言いたいのは。
「だからって、こんな卑怯なことすんなよ!」
机によじのぼって笠井先輩から無理やり台本を奪い取ると、彼女はバランスを崩して尻もちをついた。
「瀬川に謝ってください!」
「なんだよお前、何がしたいんだよ!」
体勢を立て直した先輩が私の胸ぐらを掴み、わめき立てる。
何がしたいかって? そんなの、私にだってわからない。
瀬川が失敗すればいいと思っていた。舞台の上で転んでしまえと思ったこともあった。肝心なセリフで噛めばいいと願っていた。あのクールな顔が悔しさに歪むところを見たかった。
私と先輩たちの一体何が違うんだろう。言い訳を並べて嫉妬ばかりしてた私は、何か努力した? 朝たった一度でも、瀬川より早く来たことがあった?
私がずっとゆるせなかったもの。それは自分自身だ。私の敵は、いつだって私だった。
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