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 ぴちち、鳥の鳴き声が木々の間を通過する。テラスに置かれた一人掛けのソファの下に、カインが寝転んでいる。そよ風が彼の艶やかな毛を遊び、少しだけ獣の匂いを私に届けてくれた。アニマルセラピーは効果があると確信する。  持ち出した煙草を大森はいつ気付くのか。  花餌という病を世に知らしめた事件がある。いまだ未解決の事件で、犯人逮捕に至っていない。当初、花餌を差別する傲慢なサディストだと言われていた。 「煙草なんて持ってどうしたの?」  水も滴る良い男。大森は清潔そうな白いバスタオルを首に掛け、上半身裸の姿で私の前に立っていた。大森の肌にまだらな影が浮き上がる。揺れる木々で作られる痣は、綺麗に割れた腹筋をよりセクシーに見せてくれる。 「シャワー、一緒にしないって言ったから拗ねたの?」 「そんなわけない」  研究者の間で花餌は伝染病ではないか、という見解が私の生まれる前からあった。最近では遺伝ではないかという考えも出てきているが、いまだ全貌は把握されていない。その不確実な研究結果のおかげで、私は恋人を失った。ひた隠しにしてきたけれど、痣は止まることを知らず身体中に咲いた。  大学デビューで手っ取り早く人気者になりたかった元カレは、恐ろしいほど簡単に私を切り捨ててしまう。知識の乏しいやつだった。  ……もし遺伝だとしたら、子供を産むという選択肢は私の中から消える。たとえ突然変異だろうと、確率が低くかろうと、私にそれを選ぶ資格はない。女であることの全てを否定されてしまったような、花餌はひどく惨い病だ。  大森は私を差別しない。男女の関係に友情はないというが、私はそうは思わない。セックスについて考えるけれど、それを強要しようとも、搾取されてるとも思わない。安心と穏やかな日々が続いている。 「今日はとても気分が良いの。最高に気分が良いから外で煙草を吸う。それって贅沢でしょ」 「健康管理している俺にとってはあまり良いことじゃない」  困った顔をしながら大森はカインを撫で、その流れで私の手の中から、煙草を抜き取った。私が大森に制限されていることは多い。私が大森に制限していることも多いのではないのか。 「なら、眞琴さんが吸ってもいいよ」  私を優先するあまり疎かになっていることもあるだろう。もしそれが煙草であり、性欲でもあるなら私が許し、与えるほかない。私がここに住むことを願った男と、ここに住むことを承諾した女が同じ空間で生活しているんだから。 「華がそんなこと言うなんて、本当に体調が良いんだね」 「明日死ぬかも」 「冗談でもそう言うこと言わないの」  大森の健康的な肌は穏やかな風のおかげで、徐々に乾いていく。水気のないさらりとした指が私の頬を摘む。軽く目を吊り上げた大森に、ごめんと謝ると、彼は煙草を口に咥えた。大森の肩にてんとう虫が一匹止まる。  自然の中に無い火が大森の手によって灯された。
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