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たまに大森は私に存分に甘えてくる。それが、恋人のようなものなのか、家族のようなものなのか分からないが、とても居心地がいい。
薄っすらとシワのついたシーツに潜り込む大森。水を含んだおかげでより濃度を高めた黒髪は、男性らしく中途半端に濡れていた。いつもは頼りになる凛々しい顔つきをしているが、眠いときは子供のようなとろんとした表情をする。
色気を存分に醸し出しているのは、年上の魅力なのかもしれない。
「いつも私に髪の毛きちんと乾かしなさいって言うのに、自分は特別?」
「そ、特別」
ふにゃり、笑ってベットの中から私を呼ぶ覇気のない男。カインを呼ぶときみたいに指で、おいで、とジェスチャーされる。恋人でも家族でもなくペットか……。
「……眞琴さんが風邪引いたら私、飢える」
「華は偶におかしなことを言うよね。今はなんでも通販で買えるし、宅配してくれる」
「ああいえばこういう」
大森の母親にはなりたくないが、彼を心配している。だから口を酸っぱくして小言を言ってしまう。飢えるという言葉を使ったが、彼が大切だからだ。……まぁ、私に厳しく、自分に優しい大森に腹が立ったのは間違いないけれど。
「……、わ!」
ぶつくさと文句を言えば、ベットから大森の腕が伸びてきて、白い世界に引き摺り込まれてしまった。柑橘系の中に煙草の香りを携えた大森の胸元。ラフな部屋着の下から感じられる、逞しい筋肉に顔を埋めていしまう。
「あとでたっぷりお説教は聞くから、今は寝よー」
私の腰にゆるりとまわされた腕は、すでに脱力気味だ。もう既に彼はこの寝室にいない。上下に膨らむ胸板、重力に逆らわない艶やかな髪の毛。
「おやすみ」
私が彼にかけた言葉は届いていないと思う。徐々にベットの中は温かくなっていく。心臓の鼓動が私を包み込む。
「……お、やすみ」
夢とうつつの間で大森は微かにそう呟いた。私の腰をゆるりと撫でる手はこんな時でも私を想ってくれている。
「華ちゃん、や、わらかいね……」
大森の口から寝ぼけながら出てきた言葉。それに思わず息を飲む。見開いてしまった瞳から一筋涙が溢れ出た。痩せすぎて女を感じられない身体が嫌だ。柔らかいはずがない。
「……馬鹿じゃないの」
このまま死んでもいい。むしろこの腕の中で死んでしまいたい。
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