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 確かな足取りで大森は自然の中を歩いていく。白いシャツにジーンズという都会ならではの出で立ちはこの森の中では浮いている。はじめて大森に抱き抱えられたのは、黒いグローブをはめた手だったはず。 「体の具合はどう?」 「さっき川に入ろうとしたとき、脚の内側に出来てた」 「痛みは?」 「ない」  大森に抱き抱えられると自分の残り少ない体力を漠然と教えられている気がする。私の体に寄生する花はいつか大きく咲くだろう。テニス部で好成績だった私の人生に寄生したのだからそれぐらいしてほしい。  大森は私のキャミソールの胸元をひと撫でする。そこには小さな花の形をした痣が数個、私を彩っていた。 「……えっち」 「おい、俺は心配してるんだよ」  大森は紳士的だ。私の病を一番に考え、できるだけいい環境で過ごさせたいと願い、残り少ない歳月を献身的に支えてくれている。私のそばに必ずカインを従えさせているのも、重度の心配性からくるものだろう。私の奇行にも黙って付き合ってくれている。 「帰ったらなにが食べたい?」 「コーンフレークに牛乳ひたひた。そこに薄いピンク色の薔薇」 「わかった作ってあげる。その前に手を洗って、カインの体についた土を取ってあげてくれる?」  私の奇行は誰にも理解されなかった。大森だけが許してくれ、それを支援してくれている。大森に抱き抱えられる腕の中は居心地がいい。カインに押し倒されない肉体は私の弱った体を支えてくれる。大森の力強い足取りで森の中から抜け出すと、目の前には人工的に作られたコンクリート剥き出しの家が現れる。先に到着していたカインはお尻を地面に落とし、待ての姿勢を維持したまま、悠然と家の前にいた。 「コーンフレークに花を入れたものを作るのとカインの世話をするのどちらが大変かっていわれたら、絶対私だと思う」 「……可愛げも花餌に取られた?」 「もとからそんなものない」  私は大森の腕を軽く叩き、地面に足を降ろす。大森のしなやかな腕は強引に降りようとした私のバランスを崩すことなく、解放してくれる。細身の体は体幹も抜群に鍛えられているらしい。  ブランケットを肩にかけたまま、カインの後頭部を撫でる。地面に落とした足は白く骨が浮き出ていた。数年前の筋肉質だった脚は物の見事になくなっている。 「行こう、カイン」
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