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 リビングにはパノラマに広がる窓ガラスがはめ込まれている。ピクチャーウィンドウのように森が一望出来るのだから健康的だ。朝の穏やかな日差しがより濃度を高め、木漏れ日がフローリングに伸びる。  花にまみれたコーンフレークは原型をとどめないほど、牛乳の中でびちゃびちゃに存在していた。器の中にスプーンを入れたまま、渡されたスマートフォンの画面をタップする。これは私の所有物であって、所有物ではない。  ホーム画面は蜂の描かれたイラストが設定されている。ラフな線で描かれたその絵は、大森が描いたもの。羽根の線一本一本繊細に描かれた絵は、アーティストなだけある。  パスコードで開けSNSをタップした。  検索 #花餌  近年、花餌のハッシュタグをつける人間は減ってしまった。検索をかけて表れた写真は数年前、私のアカウントからポストされたものが大半だ。観覧数が多いものから表示される仕様のそれは、私の写真で埋め尽くされている。 青色、赤紫色の痣の上に咲く花の写真。正しくは花のタトゥー。  大森のおかげで痣の上にタトゥーを入れることができなくなった。痣の上に白色の墨で描いてもらったタトゥーは流石に偽物だと、研究者は分かっていたと思う。肋骨の上にある痣とタトゥーの写真。今でも痣が増えるたびにタトゥーを入れることに執着してしまうが、ここの主人大森は許さない。ポストされた私の写真を開くと、コメントが一件入っている。  あまり花餌ということを明記しないほうがいいですよ  お節介なそのコメントを無視した昔の記憶を思い出し、おもわず笑えてしまう。私を知らない人間が自らの正義のために、エゴイズムで入れてきたコメントになんの意味があるのだろう。  美味しい瞬間をとうに過ぎたコーンフレークはぐちょぐちょで、少しずつ口に入れるけれど、感触が気持ち悪く喉を通らない。ピンク色のバラを噛みながら、自分のアカウントを辿っていく。私という管理者を失ったアカウントは無法地帯と化し、知らぬ間に沢山のタグが付けされていた。  九条 華を探しています  この顔に見覚えがあるかたはご連絡下さい  母のアカウントからポストされたその投稿には勿論母の連絡先番号も明記されている。 「……発症して五年で死ぬっていう人間探すなんて、どんだけ暇なのよ」  喉を伝って入っていく甘い牛乳。ふにゃりと噛みごたえのないコーンフレークも胃に飲み込まれていく。最後の一滴残さず、大森から貰う食事を平らげ、約束通り薬を飲み込む。  私の所有物ではないこのスマートフォンは遠隔操作アプリが入っている。私が今なにを検索したのか、大森はパソコンから眺めているころだろう。SNSを閉じ、今度はインターネットを開いてみる。  検索 大森眞琴  グロテスクな彫刻、ペンキが飛び散った絵、幾何学模様に折られたパイプ。樹脂の中に沈めた肉片。すべて、生と死に直結した作品だ。
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