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 はじめてこの家に迎え入れられた時、なんて温度の無い、生活感の無い場所かと思った。男性の一人暮らしにしては、片付いた家だったけどそれは物が無いと同義だったように思える。殺風景さはいまだ健在。 「眞琴さん、一緒にシャワーしてもいい?」  私がこの家に越してきて、女物が散乱してきたが月日が流れても彼の私物は増えることがない。私は彼の名を検索し、インターネット上にあるものを見て、ようやく大森眞琴という実態を知ることができる。  スマホをリビングに置き去りにし、彼がいるバスルームに忍びこむ。洗濯機の上に無造作に置かれた洋服たち。脱いだ形のまま投げだされている。その隣には広げられたノートパソコン。遠隔操作で繋がり、情報を共有することが私たちの日課だ。 「年頃の娘がなにを言ってんの。だめに決まってるでしょ?」  扉一枚の距離でクスクスと笑う大森。蒸気のおかげで彼の身体は見えないが、ベージュ色が磨りガラスの向こうで揺れている。  彼と肉体関係はない。襲われたこともなければ、私から誘っても彼は乗ってこなかった。二十一歳という年齢の私は、性的な求愛を受けることに期待をしている。私の体内で育つ花が、受精されることを願っているのだろうか。とにかく私の人生の中で最期の男になるのは彼なのだ。人間としての最もらしい感覚なのか、寄生する花のせいなのか知らないが彼との関係を進めてみたい気がする。けれど、このままのプラトニックな関係も捨て難い。寧ろこのままでいい。相反する想いを抱えている。 「訊いてみただけ」  今日は久しぶりに身体が楽だ。倦怠感は少ない。洗面台の鏡に写る私の体には、痣と花のタトゥーが散りばめられている。大森はそれを美しいと言ってくれた。  脱ぎ散らかされた服の横に、鼈甲眼鏡が置いてある。それが伊達眼鏡だというのを知ったのはいつだっただろうか。  大森のジーンズの中に隠されたメンソールの煙草。それを抜き取り、バスルームを抜け出す。 「華」  廊下に出た瞬間、彼に呼び止められ、もう一度バスルームを覗く。ボディソープの香りがふわり、鼻を抜けた。彼はいつも柑橘系のものを買ってくる。花の香りで発作を起こすという嘘を信じているのだろうか。嘘を嘘と知りながら、それでも付き合ってくれるのだから彼は面白い。 「仮眠は付き合って」 「ん、仕方がないなぁ」  少し甘えているようなその言葉は私に存在意義のようなものを植え付ける。いつだって大森は私の中に、違う価値を見出しているだけなのに。 「テラスにいるから」  大森を一言で表すなら、知識を持ち合わせた獣だ。本能と理性を巧みに操る人間。
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