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蒼司は自分と馨の関係性について、第三者からの視点を否定はしても、それで憤慨することはない。しかしこれ幸いと愚痴は瀬戸と廣田が聞かされていた。
傍観者を貫く幼馴染み3人組はそんな蒼司の変化に、喜色を含めた笑みでそっと頷き合う。
客観的に見ても諒に執着していた蒼司が、曲がりなりにも他に目や意識を向けるという現状に「好転して安心した」と伊織は言った。
面倒臭そうな表情や何だかんだと文句を言いながら、それでも蒼司の愚痴を聞いている瀬戸の優しさに諒が密かに惚れ直した所で、教室に担任の松本が入って来た。本令は数分前に鳴っているので当然遅刻である。
「久しぶりだなーお前ら。休みボケしてねえかー」
名簿を肩叩きに使いながら気怠そうな態度の松本に、生徒たちは漠然と、この人は生涯これを貫くのだろうなと彼の未来を想像した。
「今日は始業式だけだから、終わったらさっさと帰れよ。あ、でも廣田は資料室な」
「職権乱用も甚だしいですね」
「お前は休み明け当日から辛辣が絶好調だな」
「ありがとうございます」
「褒めてねえから・・・とりあえず席戻れー」
呆れた様子で着席指示を投げる松本に、生徒たちは笑いながらそれに従った。
この松本と廣田の言い合いはテンポが良くて面白いからと、クラスではコンビ扱いで人気である。
資料室に行かない、とは言わない廣田も優しいよな、と彼の背中を見送っていた諒は、見えた表情にまた違和感を抱いた。
一見して変化がなく思える廣田の表情が、なぜか妙に悩みを抱えているように見えたのだ。
諒はどうにも気になって、松本が出席をとっている間に廣田を観察した。頬杖をついてぼんやりしているものの視線は真っ直ぐ教卓に向き、視線の先には担任が居る。観察していて気が付いたが、松本もまた廣田に目を向けている。
彼が普段から生徒をよく見ている事も知っているし、視線を向けられているから見てしまうという心理現象もあるので、周りの生徒も普段と変わらない態度だ。しかしそれでも諒には何かが違っているような気がしてならなかった。
冬休みを挟んだからだろうか、と違和感の正体を探ろうにも納得出来る答えは見つからない。
とは言え今日だけの違和感だ。たまたまかなと考えていた諒は、始業式のため講堂に移動する時、友人たちが昼飯について話す声を聞きながら、廣田の姿を見てまた意識に引っかかりが起こる。
この連続的な違和感は何なのだろう。
何日か観察してみよう、と好奇心の天秤が傾いた諒は、軽い気持ちで自分の食べたいものを提案した。
「塩ラーメン食べたい」
さり気なく投げられた諒の言葉に素早く反応したのは幸春だった。
「オレ豚骨派っすね」
「私豚骨醤油~」
「森くんは太麺好きそうだよね。僕はこの間鶏白湯を食べたけど、結構美味しかったよ」
「えっなんで分かるんすか?太麺めっちゃ好き」
「オレは細麺が好きだな~」
話題が麺の種類に移行した幼馴染みカップル2組を横目に、諒は斜め後ろにいた瀬戸と蒼司を見る。
「瀬戸は何ラーメン好き?蒼司は味噌だっけ」
「食うなら塩」
「うん、味噌だったんだけど、釧路のラーメン食べたら醤油派になったんだよね・・・」
「あれ、北海道ラーメンって味噌が主流じゃないん?」
「北海道ラーメンっていってもそれぞれで、札幌は味噌が多いけど、醤油も塩もあるよ。ラーメンは地域によって違ってた」
「そうなんすか?味噌バターコーンしか浮かばなかったっす」
「ピンポイントだね・・・」
蒼司のその話から話題は北海道のラーメン事情に変わり、自然とその口になってしまった彼らの昼食がラーメンになったのは言うまでもない。
───諒は始業式の翌日も、また次の日もそれとなく廣田を観察した。文化祭以降は自然と会話も増えていたので、観察するには困らない。そしてやはり休み前とはどこか雰囲気が違うように思える。
廣田とよく喋るようになったからとも考えたが、その理由では納得出来なかった。
そして休み明けからしばらく経った朝のことである。
「───・・・あ?」
「どったん」
外履きから上履きに換えていた諒は、隣から聞こえた低い声に顔をあげた。瀬戸は上履きを片手に、もう一方は下駄箱から何かを取り出している。引き出されたその手には桃色の封筒があった。
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