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「うわ、見たまんま弱いとかありえねー」
げらげらと笑う声が聞こえた。彼は自分の拳が当たったことに一瞬驚いていたが、すぐにその場の事実だけを抜き取って都合よく得意になり、嘲笑う。
当たり方が良くなかったのか、頬の裏側を噛んでしまい、痛みの出処を舌先で撫でると少し沁みた。
痛いのは好きではないが、馬鹿にされたままはそれよりも腹立たしい。そしてこういった輩に対して、言語による説得などまず不可能だと知っていた。
諒は(幼馴染み曰く)爽やかな笑顔で彼らに向き合った。
「散々避けられて、やっと当たった一発でそこまで喜べるなんて、カワイイとこあるんですね、先輩」
名前も知らない男子生徒6人からの理不尽な報復だか八つ当たりを黙って受け入れるつもりも、やられっぱなしでいる気もサラサラ無かった。
そして諒自身のプライドもある。
対峙する彼らのように屈強な見た目ではないからこそ、何かと同性に襲われやすい幼なじみを守れるように、喧嘩の対処方法を教えてもらったのだ。
暴力は善ではないと分かっていた。しかしその手がないと守れない場合もある。
この程度でやられたら、他人に心身的苦痛を与えて興奮する性癖が垣間見える先輩に散々弄られてしまう。身内に優しいとはいえ、恥ずかしいことに変わりは無い。それは勘弁願いたい。
諒は咥内に溜まった血と唾液を飲み込んだ。口端に付いた血を指で拭う。
後輩からの〝煽り〟をしっかり受け取った男子生徒は、頭に血を登らせ赤くなった顔で威嚇しながら諒の方へ向かってくる。
「───これ過剰防衛になっちゃうかな・・・」
と、諒は小さく零したが、興奮する彼らには聞こえていない。諒は拳を振り上げる相手を認識すると、今度ははっきり愉悦を湛える笑みを浮かべて脚に力を入れた。
❊
「───はー…、しんど…」
ガシャッ、と豪快に音を立て、諒はフェンスを背に座り込んだ。体躯の良い6人の相手は体力的に苦しくなってくる。
多人数相手の喧嘩など滅多にない。そもそも普段は相手を完全に潰す必要もないし、お互いに傷害罪に引っかかってしまう。警察や大人が来るまでの時間稼ぎだとか、確実に逃げられるようにする程度だった。
しかし今回のような輩が今後また現れない保証など無い。幸いにも彼らのような生徒達が怪我をしている事は日常茶飯事だったので、やり返された傷について追及される事はないと願う他ない。
ただ多少なりにも痛い思いと屈辱的な実感があれば、それで良い。例外もあるけれど、諒の経験上、この手のタイプはそうでなければ納得しない節がある。だからこそ武力行使で繰り返すのだ。
圧倒的でなくとも力で負けたのだ。仲間内で匿名の噂にでもなれば、厄介な相手に絡まれる事も幼なじみに危険が及ぶことも減るはずだ。そうなってほしい。
あとで1人起こしてお願いしておこう。
殴られた腹や顔、蹴られた足などの痛みに深い溜息を吐き出しながら淡々と計画を立てていると、喧嘩中は緊張と興奮で隠されていた空腹がはっきりと音を立てて主張した。
「あー・・・もー・・・超甘いもん食いてー」
糖分が欲しい。
諒は二酸化炭素と嘆きを吐きながら立ち上がった。節々の痛みに眉をひそめたが、避けていた購買の袋が無事である事を確認してホッと息をついた。と同時、視界で何かが動いた。貯水槽の更に上。
気のせいか、鳥か、と思ったが、今度ははっきりと姿が見えた。
「・・・ええ・・・なにしてんの」
力の抜けた情けない声が出た。何故そこに登ろうと思ったのか、諒自身は全く理解出来なかったが、現れた人物が誰なのかは知っていた。
同じクラスで後ろの席の学校内で有名な不良と扱われている男子生徒、瀬戸である。
関わりがないので諒は下の名前を知らなかったが、存在は知っている(始業式後のホームルームで自己紹介があったはずだが記憶には無かった)。
諒は瀬戸と話したことはない。後ろの席とは言っても、興味が無いのでそもそも意識すらしていなかった。威嚇を表す顔をした瀬戸の目は鋭い。
「………昼寝」
間はあったものの、諒が予想していたよりもあっさりと答えが返ってきて、受け答えはもっと荒々しいと思い込んでいたせいか、諒は少し呆気に取られる。
関心がなかったとは言え、瀬戸の噂だけは少し聞いていた。
理由は主に素行の悪さについてだが、その噂の結果、学校内で廊下を歩けば勝手に道が出来るとか、基本的に生徒は近寄らないし話しかけない、教員ですら控えめなくらい恐れられてるという話だった。
しかし実際対面してみるとそんな雰囲気は感じられない。警戒心の強さは悪では無いし、個人的な事情はそれぞれだ。素行の詳細は知らないが、所詮は噂の域を出ない。
瀬戸は後頭部を掻きながら、軽い身のこなしで貯水槽から降りて来る。結構な高さがあるのだが、随分と軽々しく慣れた様子だ。
ポケットに手を入れたまま近付いて来る瀬戸の視線は、倒れている6人に向けられた。
貯水槽にいて、あの騒ぎに気づかないわけがない。もしかして一部始終見てたのだろうか、もし見てたなら手助けして欲しかったな。と諒は勝手に恨めしい気持ちを抱いたのだった。
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