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諒が瀬戸の様子を伺っていると自然と目が合う。
有名な不良と称されているだけでなく、そもそもあまり表情を変えないために思考が読めず、加えて睨みつけてくる切れ長の目は相当に鋭い。常に周囲を警戒しているように思えた。
しかし偏見を抜けば瀬戸はとても端正な顔をしている。モテないわけが無い、と確信させる。さらに腕っ節も強いとなれば尚更だ。不良と呼ばれるには珍しく、長くも短くもないスッキリした黒髪で艶がある。染めた事がないのかもしれない。
耳朶から軟骨まで複数のシンプルなピアスはバランスよく配置され、少し着崩された制服と好戦的で高圧的な雰囲気を持っている。
瀬戸は諒と人ひとり分の近距離まで来て止まった。その背丈の高さに、諒は彼を少し見上げなければならなかった。
諒の身長は175cmくらいだが、瀬戸は190cmはあるのではないか。高身長も過ぎると考えものだが羨ましい。制服の上からとはいえ、体もしっかり鍛えられていると安易に想像がついた。それもまた羨ましい。
喧嘩で鍛えられたのか、正当なトレーニングかは定かでは無いけれど、単純に力負けしそうだなと諒は思った。
「お前、なにモン?」
「……へ?」
投げられたぶっきらぼうな質問に、瀬戸の外見から中身まで憶測で思考を巡らせていた諒は素っ頓狂な声を上げた。
「こいつら、柔道部と工業科の奴らだ」
瀬戸の視線は再び先輩に向けられた。威嚇を含んだ声を感じながら、諒もまた未だに寝転がる彼らを見た。
進学校とはいっても南ヶ丘の一部の生徒は血の気が多く、物騒な思春期で更に拗らせている奴もいる。どうにも逆らえない相手もいるようだが、基本的に直情径行で感情に振り回されている者が殆どだ。
一応倒れている半分は先輩であるが、瀬戸には関係ない事なのだろう(これは諒にも言えることではある)。部活を知っているということは、少なくとも瀬戸個人と彼らには関わりがあったようだ。
応戦中の違和感などを思い出した諒は、小さく感心した声を漏らす。
なるほど、動きに癖があったわけだ。納得納得。と、心の中で完結させた。
それよりも早く誰か1人を起こして〝お願い〟をしたい。
「……ふうん、そ…ッ!」
興味無さげに話を切り上げようとしたのが悪かったのか、諒は瀬戸に勢い良く胸倉を掴まれた。唐突な衝撃に息が詰まる。
身長差で爪先立ちになり、さらに近距離に整った顔が近付く。その顔はまさに鬼の形相だったが、諒はその眉間のシワが無くなる瞬間はあるのだろうか、と呑気な事を思った。
「あんな動きも蹴りも、見たことねぇ。大人しそうな見た目で随分喧嘩慣れしてるんだな。どこのヤツだ?」
と、矢継ぎ早に問われ、やはり瀬戸は一部始終を見ていたのだと確信した。
趣味悪いな、と諒は溜息とともに呆れた目を向けてみるも、射殺すようなそれは変わらない。互いの吐き出した息が混じる。
瀬戸の言った〝どこのやつだ〟とは、つまり諒がどこの不良グループに入っているのか、と言う質問である。
瀬戸がそれに属しているかは別として、グループの存在を認知しているならば、場数を踏んだ迫力を持っていることも納得出来る。好戦的な所もまた、今回のことに興味が湧かないはずはないだろう。
しかしこの気性で喧嘩に乱入しなかったのは意外ではあった。けれど〝観察〟という選択肢が当たり前に瀬戸の中にあるというのは、闇雲に売買される喧嘩に興じているわけではないのかもしれない。
しかし諒自身、瀬戸の疑問も真っ当であるとも思った。例えよくいる不良同士の喧嘩やそれに準ずる動きであっても、諒にそれを教えてくれた師と呼べる人の攻撃方法や立ち回りは個性的なものがある。
それにあの人は滅多に喧嘩しないしな、と諒は自分の師匠を思い浮かべた。どんな理由や立場であっても、夜の界隈に身を置くなら簡単に耳に入ってくる、大きなグループの存在。それなりに興味を唆る事は間違いない。
ただ〝師匠〟とはいえ彼は同じ高校生でひとつ上の先輩であり、諒が在籍する南ヶ丘の兄弟校、東ヶ丘にいる。、南とは違い共学校ではなく男子校の全寮制であり閉鎖的な空間だ。
しかし当該の〝先輩〟は「お坊ちゃん育成環境なのに外で不良グループだなんて青春の一環じゃん」などと言っていた(夜中の外出はちゃんと許可を貰っているらしい)。
立場上、彼と会う機会は少ない。しかし諒が中学生の頃からの付き合いである。そして仲良くなったきっかけは、ふたりとも大の甘い物好きという事だった。喧嘩という仄かに血腥い刺激とは正反対の出会い方をしている。
「おい、聞いてんのかよ」
そろそろまた一緒にスイーツバイキングに行きたいな、と考えてしまっていたが、締め上げる力が増して現実に引き戻される。一層険しくなった表情は、なぜか瀬戸の方が苦しそうだった。眉間にはがっつりとシワが刻まれている。
制服が縒れてしまうことが気にかかるが、諒は瀬戸から「何者だ・不良グループに所属しているのか」と唸るような声で問われていたことを思い出した。
まずは何者であるかという問いに答えよう、と口を開く。
「ニンゲン。なまもの」
「───…は?」
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