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予想外の返答だったのか、その問いに対して今までそう答えてきた相手がいただろうか。
困惑する気持ちは分かるよ、と思いながら、諒はその時の表情までもが鮮明に脳裏を過って少し笑った。瀬戸は呆気に取られてる。
「そこらへんによくいる一介の男子高校生でーす」
「ッ、…テメェ、ふざけんな!」
瀬戸の張り上げた声が、喧嘩の際に打たれた頭に響いた。煽られて頭に血が上っているとは言え、近距離での大声はいけない。
冷静そうに見えるだけで煽り耐性は低めなのだろうか、と考えるうち、大声で顰めた眉が徐々に平常に戻る。
「あんなん、そこらへんのヤツが出来るもんじゃねぇんだよ。喧嘩慣れした奴の動きだ」
うん、だよなぁ。そうくるよな。
諒は頭の中で瀬戸に答えるが、煽った自覚はあるので発言してもまた怒鳴られそうだと黙ることにした。しかし瀬戸の追及に対して、空腹や疲労の気だるさを抱えている事も相乗してか、心底この問答が面倒くさいとも思っていた。
早く終わらせたい。彼らに〝お願い〟をして教室に戻らないといけないし、ご飯を食べたいし、何よりまず糖分が欲しい。
「てか、苦しいんだけど?」
「あ゙?」
ただ、話なんてまともに出来る体勢では無いことに早く気づいて欲しかった。
やはりお互い冷静に話をする気にはなれない、と諒は心中で溜息を深く深く吐いて(実際は表に出てたかもしれない)、爪先立ち状態の足の片方に力を入れた。
「まあ聞けって」
「───ッぅ!」
そう言いながら、諒は足の爪先で瀬戸の脛を打った。簡単には離してくれないと思って気持ち強めにしたが、案の定、脛はダメだったようで諒はあっさりと解放される。
シワがついてしまったシャツを直しながら瀬戸を見れば、声は出さなかったがしゃがみ込んで足を摩っている。
そんな強かっただろうか。しかし謝るつもりは無い。諒は短い溜息を吐いて瀬戸と同じ目線になるようにしゃがむ。しかしそれでも目線は瀬戸の方が上になってしまうのは仕方ない。
「あのさ、何者って言われても俺はそこらへんにいる普通の人間で、普通の男子高校生なの。瀬戸がどんな返事を期待してるのか知んねーけど、」
こちらを見た瀬戸を見据えたまま、諒は呆れた雰囲気を隠すこと無く続ける。
「不良グループになんて入ってねえし、」
師匠である〝先輩〟は大規模で有名なグループの傘下にいるけれど、諒自身は所属していない。あくまで関わりがあるのは〝先輩〟個人である。
「キミに逆ギレされる筋合いもねぇの」
睨み付けてくる相手へ諒が更に顔を近付けると、その勢いに押されたのか、瀬戸が尻もちをついた。
「・・・っ、なん、」
「それに・・・どんだけ有名な不良だか知らないけど、お前もただの人間なんだから」
瀬戸は何か言い返そうと口を開いたが、しかしその口からは何も発せられず、ただその見開かれた目に映るのは吃驚だった。
そんな驚くような事を言ったかと諒は軽く首を傾げた。本人は和やかに話をしているつもりで口元に笑みを作って見せているものの、目は伴っていない事を自覚していなかった。それを知るのは瀬戸だけである。
話は終わり、と返事も待たずに立ち上がった諒を、瀬戸は黙って見上げている。
さて先輩たちを起こそう、と倒れたままのひとりに足を向けた時、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
「うそ、もう時間!? あー・・・そーゆーわけで。俺急ぐからその先輩達が起きたら二度とやんなって口止めもヨロシク!」
「・・・・・・は!?」
諒は慌てて手を挙げながら早口で言うと、呆気に取られる瀬戸をそのままに、手早く購買の袋を回収して屋上から出て行った。
瀬戸も同じように戻るべきなのだが、諒の思考からはさっぱりと抜けていた。
❊
「───…っ、セーフッ!」
「チャイム鳴り終わってっからー」
「先生来てなくてよかったね」
A組の教室へ駆け込んで乱れた息を無意識に整えながら、窓際で後ろから二番目にある自分の席に戻った諒に2人の声がかかる。
諒の前の席で、北条多貴が窓を背に横向きで座っている。177cmの高身長から、細く見えるがほぼ筋肉の体躯である。表面的な高さとその奥には色気を感じる低い声。少し長めの明るい茶髪をナチュラルにセットしていて、はっきりした細めの眉に少し垂れ気味の目の右下にはホクロがあり、それが色気を追加している。両耳たぶにひとつずつ、左耳の上、ヘリックスにひとつピアスが着いている。
数多の女性を泣かせてきた遊び人のような風貌と言動をしているが、その表面上からは想像に難しいほど正反対な、誠実で一途な性格をしている。勉強は苦手らしいが、苦手なだけである。
諒の右隣の席では望月伊織が微笑んでいた。
伊織は例え男子用の制服を着ていても女子高生と必ず間違えられる。優しく柔らかい声も少し高めで、二重瞼の大きく穏やかさのある目、影を落とすほど長く多い睫毛。丸みのある顔の骨格、和服が似合う雰囲気を持っている。それがゆえに男性的な短髪が似合わないため、艶のある黒髪に鬢が顎辺りまで長く、前髪も眉の少し下あたりで切りそろえられているが、邪魔なので襟足は短めにしていた。彼もまた多貴と同じ3箇所にピアスを付けている。
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