4月 : この手は甘味を口に運ぶ為にあります

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3人は中学卒業と同時にピアスを開けた。ひとつは3人ともお揃いのもので、多貴と伊織はヘリックスに同じものがある(そのピアッシングは諒が担当した)。 伊織と多貴だけが同じ場所に同じピアスの理由は、中学の頃から2人が交際しているからだ。同性であるが、紆余曲折を経て今では彼らの両親も、ちなみに校内でも周知であり、共に有名人扱いである。 交際自体は中学だったけれど、諒はその前から多貴と伊織が両思いである事を知っていて、渦中でそれぞれの相談なども聞いていた。一部始終でなくとも、ふたりが隠さず話してくれたからだ。幼少期から共に過ごし苦難を乗り越えたからこそ、3人は互いを家族同様に想いあっている。 「なにしてたんだよ、諒ちん」 多貴はふざけて人を呼ぶ時、語尾になぜか〝ちん〟と付ける。〝ちゃん〟は女の子限定らしい。どんなこだわりだろう、とそれを使い始めた最初こそ違和感しか無かったが、今はもうそれが当たり前になっていた。 「・・・・・・あー、拉致られてた・・・?」  諒はぐったり机に伏せながら答える。語弊は無い。自分の意思でついて行ったけれど、相手の意識的には似たようなものだ。  空腹状態で強制運動したせいか余計にエネルギー不足を感じ、手早く糖分を摂取出来る飴を鞄から取り出した。果汁100パーセントのフルーツキャンディは諒の常備品である。  つぎは確か数学か、と口に飴を放る。数学の担当は大抵遅刻だった。ズボラ教師と有名なA組担任でもあるので尚更、こうして糖分摂取の余裕が出来た。 「拉致…?」  若干雰囲気が変わった多貴の声に、諒が正面を見ると美形ゆえに迫力のある険しい顔があり、思わず苦笑いが浮かぶ。伊織も無表情になっている。 「わり、遅れたー」  ふたりに説明する間もなく堂々と入ってきたのは、ゆるいネクタイにシャツのボタンを二箇所も開けた、私立高校にはいただけない風貌でしかし色気を纏う美男、数学教師、松本(まつもと)誠二(せいじ)27歳独身である。選ぶ職を間違えた人、と一部で言われている。  女子生徒と一部の男子生徒に人気だ。主に、ズボラな所とからしい。だらしない所を好きになるのは母性本能というやつだろうか。そんな所に好意を抱くのはやめたほうがいい。 「───んだよ、瀬戸はサボりかぁ?」  雑に出欠確認していた数学教師は、諒の後ろの席に視線を寄越した。  机に俯せていた諒は起き上がって、集中出来ずに頬杖をつきながら、滑らかに始まった授業をぼんやり聞いていた。 しばらく経った頃、扉のスライド音がした。授業の邪魔にならないよう、南ヶ丘の引き戸は全て病室と同じ作りになっている。 「・・・・・・遅れマシタ」  どこぞの教師と同じように遅刻しても堂々と教室に入ってきたのは瀬戸で、教室にいた生徒の視線がそこに向けられ、瀬戸と分かった瞬時に空気が緊張し、ほとんどの生徒がサッと前に向き戻る。後ろの席だとそれがよく見えた。  怖がりすぎだろ、と心でツッコミを入れながら諒は淡々と板書を写す作業を続ける。伊織も扉の方を見ていないが、多貴はノートを取っていても常に横向きの為、観察しているその横顔を諒は見ていた。 「ったく、遅れたなんて知ってるっつーの。謝罪をしろ謝罪を。なんで語尾片言なんだよ」 「………」 「シカトかコラ」  どうやら瀬戸には松本の声が耳に入っていないようで、教師は「まあいいか」と慣れた様子で授業を再開した。  至近距離の足音に諒がつい視線を向けると、瀬戸と目が合った。いや少し違う。瀬戸はずっと諒を凝視している。  不満げに眉間のシワを寄せたまま、けれどそれでも変わらず男前な顔で諒を見ていた。もはや睨んでいるに近い。 口止めを押し付けた事に文句があるのだろうか、と思い当たる理由を考えていたが、瀬戸から声がかけられることはなかった。 後ろの席に座った音がしても、何もない。  瀬戸はちらほらとクラスの視線を受けているが、本人はその事を気にしてない。というよりも眼中にないようだった。そして諒は背中に視線の針が刺さる錯覚を抱いた。  普段から諒の周りの席にはなぜか美形男子が変に集合していて、様々な生徒からの視線が向けられるというのに。 「・・・・・・諒ちん、なんかしたの」 「・・・いや、」  横向きの多貴が諒の席の机に腕を置いて身を近づけ、こっそり聞いてくる。きっと瀬戸の視線を追ったのだろう。明らかに彼は諒を見ているのだから、心配性の気がある多貴が無関心なはずも無かった。  諒はシャーペンでノートをつつきながら、屋上での出来事をいつ話すか悩んでいた。  席に座るまでも、座ってからも瀬戸の視線が諒に刺さり続ける。そういう気配に特別敏感ではなくてもわかるくらいの強さだ。 伊織は一瞬だけ諒と瀬戸を見たものの、特にリアクションはなかった。多貴はノートすら取らずに後ろを観察している。流石にその授業態度は近々担任に突っ込まれると思う。 しかし、意図の掴めない視線はどうにも鬱陶しい。 疲労と空腹は諒の眠気を増加させ、頬杖をついていると瞼が落ちてくる。ここの席の並びで今寝たら、確実にこっちにもツッコミが入ってしまう。とにかくお腹が空いた。 果汁の酸味と砂糖の甘さ、喉の渇きとべたつきを残して、口の中の飴は溶けて無くなった。
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