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1.母の愛
小さい頃から息子の隆正は実に良い子だった。母である私の言いつけはちゃんと守るし他所の子のように騒ぎ立てることもない。勉強もよくできた。将来はうちの病院を継ぐことになるのだから当然といえば当然だ。それでも二度だけ私に逆らったことがある。
「ダメよ、許しません」
隆正が小学五年生の時だったか、友人と一緒に海に行きたいと言い出した。
「でも昌くんのお母さんが連れて行ってくれるって……」
珍しく口答えする息子。昌くんというのはクラスメイトの高橋昌行のことだ。母親がうちの病院で麻酔科医をしているのでよく知っている。チャラチャラした女でしかもバツイチ。私は大きくため息をついた。あんな女に大事な息子を任せられるはずもない。
「いけません。母さん許しませんからね。たかちゃんは母さんの言うことを聞いていればいいの。そうだ、海に行きたいなら今度の夏休みハワイにでも行きましょう」
息子は何か言いたげにしていたがやがて頷いた。そう、それでいいの。私は満足気に息子の頭を撫でてやる。
「なぁ、たまには隆正の意見も聞いてやったらどうだ。友達と一緒に行くから海も楽しいんだろう」
横から夫が口を出す。婿養子の癖に私に意見するなんて何て図々しいんだろう。この病院の院長になれたのだって私と結婚したから、それだけなのに。
「あなたは黙っていてください。この子の教育方針は私が決めます。第一あなた、もし海で事故でもあったらどうするんです。うちの大事な跡取り息子なんですよ」
ぐっと黙る夫。どうせ言い返すこともできないんだから最初から口なんて挟まなければいいのに。
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