赤に染まった駄作でも

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 僕は恐怖のあまりに、昔虐めてきた小学校の同級生の名前を挙げてしまった。西岡は少し考え込む仕草を見せると、僕の手を取った。 「居場所は分かりますか?」  彼女は僕の腕を手錠のように強く縛り付けた。僕は操り人形のように後を着いていく事になった。逃げようとしても、赤に彩られた笑みが僕の四肢を麻痺させた。 「へえー。結構大きいですね」 「この辺りでも1番の金持ちらしい……です」 「敬語なんてやめてください、先輩?」  西岡は(ふところ)からライターを取り出した。桃色のライターに仄かに血が付着していて、彼女は愛おしそうにその赤を見つめていた。  彼女は家のチャイムを鳴らした。 「……何をするつもりなんだ」 「ちょっと焚き火がしたくて」  僕は止めるべきだったと思う。一端の正義感があれば。でも僕のそれは、恐怖に染まって機能しなくなってしまっていた。  彼女は玄関で立っている。家からお父さんらしき人が挨拶に来る。そのまま中に入っていって、ドアが閉められた。  蝉が喧しく鳴いている。空に散在している星も、孤独に佇んでいるお月様も僕の事を助けてはくれなかった。待つだけだ。待つ以外の選択肢は元々与えられていなかった。 「終わりましたー」  ほんの数分で西岡は戻ってきた。血で錆びていた包丁に、新しい血がこびりついていた。 「先輩を虐めてた人から許さないって言われちゃいました。先に酷い事したのはあっちなんですけどね。先輩の話によると」 「……こんな事して、警察が黙ってないぞ」 「生贄に捧げたのは先輩でしょう。だから立派な共犯者ですよ」  生贄に、捧げた? 「先輩は私という道具を使って、いじめっ子に復讐した。捉え様によってはそう言えますよね?」 「い、いや……僕は」 「私に殺されたくないから、生贄を用意した。自分の事しか考えられない利己主義者が、先輩なんですよ」  僕は映画のワンシーンを思い出していた。目の前の家が焼かれていく。西岡が中でライターを使ったのだろう。窓から火が見えた。 「家の中に油が全然無くて、火種に死体を使っちゃいました」  そう言って、殺人鬼は笑った。  僕は共犯者になって、焚き火になった家を見つめていた。自分の退廃的だと思っていた心が、少しずつ変わっていこうとしていた。
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