3話 疼き出す

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3話 疼き出す

家に着くとまず、雨でびしょ濡れの彼を風呂場まで案内してから、俺はそこら辺にあったタオルで適当に拭いて着替えると、メガネをかけ直しタバコを咥え、一服しながら彼が出てくるのを待っていた。 「あの…ありがとうございます」 「おう、今服洗濯してるから」 「はい、すいません…」 タオルを両手で抱えたまま立ちつくす彼を椅子に座らせ、タオルを掴み淹れたてのコーヒーを引き換えに差し出すと、戸惑いながらもカップを両手で抱え込み俯いたままなかなか口をつけない彼… 「コーヒー嫌い?」 「あ、いや…」 「遠慮しないでね」 そう言うと彼はコクリと頷き「いただきます」と小さく呟いた。 俺は頬杖をつき彼と向き合う… コーヒーを飲む度に上下に動く喉仏を眺めれば、彼も時折こちらに視線を移し目をパチパチさせて、そしてまた恥ずかしそうに俯くその仕草が何故だか俺の心を無性に擽った… 最初は特に聞くつもりもなかったのだけれど、少し彼に興味が湧いてきて、さっきの人達は誰なのか?何で追われてるのか、聞いてはみたものの何も答えてはくれなかった。 まぁ服が乾くまでの短い関係だ、話したくない事だってあるだろうし、聞いたところで俺がどうにかできる訳でもないだろう。 てか俺…腹減ってたんだ…笑 一人暮らしの小説家に、一日三食まともなお食事なんてあったもんじゃないけれど、朝から何も食べてなかったせいで流石に腹ぺこだ。 とは言え、冷蔵庫にロクな物がなかった事はさっき確認済みだし、彼一人留守番させとく訳にも行かないから、とりあえず何か頼もうと一応彼にも聞いてみる事にした。 「お昼食べようと思うんだけど…君も何か食べる?」 返事もなければ頷きもしないけれど、一人で食べるのも何だか気まずいからとりあえず二人分の出前を注文して到着を待った。 相変わらず下を向き、時よりコーヒーを口にする程度で相変わらず何も話してはくれないけど、ツヤツヤした肌に薄茶色の髪と瞳… 見れば見るほど綺麗で吸い込まれそうになる… 「なぁ、せめて名前だけでも教えてよ」 「……あお…い…」 「あおい…?へぇ…マジかぁ、すごい偶然」 「…えっ、偶然…?」 「おっ、気になる?」 やっと興味を持ってくれたと思ったら、バツの悪そうな表情でまた下を向いて黙り込んでしまった。 気になってるのかどうかなんてこの際無視して、ちびちびとコーヒーを啜る彼に向かって俺は一人喋り続けた。 「俺ね、物書きなの。今書いてる小説の主人公がさぁ、葵って名前なんだよね~。だからこんなこともあんだなぁ~と思ってさ?」 問いかけたって反応が無いのは承知の上で、彼の様子を伺いながら独り言のように勝手に話を進めていく。 「しかも俺がイメージしてた雰囲気そのものなんだよね、君。男の子なのに凄く綺麗で…あと、ちょっと訳ありっぽい所もね。まぁこれからのストーリーが結構波乱なんだけどね~」 ふふっと俺が笑うと、カップを掴む両手にギュッと力を入れて顔を上げ、初めて自ら口を開いた。 「その…あおい…は…幸せになれる?」 彼が興味を持ってくれた事に嬉しくなって頬杖を解くと、俺は少し前のめりになり葵くんの顔を覗き込んだ。 「そうだなぁ…まぁ完全に俺のさじ加減なんだけど。幸せにして欲しい?」 俺の問いかけにピクリと反応すると、彼は照れながら静かに頷いた。 別に彼に向けて言った訳でもないのに、彼のそんな初心な反応が刺さって、自分で放った言葉に急に恥ずかしくなる… そしてそんな気まずい雰囲気を打ち破るようにタイミング良くチャイムが鳴り、注文したご飯が届くとテーブルに二人分のお昼ご飯が並だ。 「食べない?」 「けど…」 「遠慮すんなって…お腹空いてないなら無理しなくていいけど、食べれそうだったら食べて?」 「…うん。ありがとう…」 パクッと一口食べれば、お目目をマン丸くしてちょっと頬を緩める彼に俺はまた釘付けだ。 少しほっとして自分もご飯を口に運ぶとほんと、思ってた以上に美味しかった。 ご飯も食べ終わり外を眺めれば、雨はまだ降り続いてるし、服が乾くまでにもまだ少しかかりそうだ。 昼飯も食べたし、俺は仕事を開始しするべく彼に声をかけようと振り返れば、口元にご飯粒をつけて箸を持ちながらウトウトと船を漕いでいる。 ねぇ、本当に可愛い… 心臓がトクンっと跳ねて、また俺の中の何かが疼いた。 「ねぇ…葵くん?」 「んぅ……あっ、はい!」 「ふふっ…疲れてんならベットで休んでっていいよ?」 「だっ、大丈夫ですっ」 「服まだ乾かないし、俺仕事するからさ…」 手で目をゴシゴシ擦って、眠気に耐えようと頑張ってる姿はまるで小さな子供の様… 俺は思わず彼に手を伸ばし、頬についている米粒をそっと摘みパクリと食べた。 「…っ!?」 「ご飯粒…笑」 「あっ…////」 照れてる…顔真っ赤にして可愛い。 けれどその綺麗な肌に付いた無数の傷が痛々しいし、相変わらず顔色もあんま良くない。 「顔色良くないから…少し寝なよ…」 自分でも限界なのか、彼は素直に頷き席を立って一歩踏み出したその時だった。 彼がフラっとよろけて、慌てて体を支えた俺の手にピリッと痛みが走る… 「…っ、大丈夫?」 「うん…っ、ちょっと…クラクラする…」 さっきまでは全く感じなかったのに… まさか、出逢って数時間の彼に特別な感情を持ち始めたって事なのか? 自分でもまだ分からないのに、今の今まで全く忘れていた自分の体質を今、ここで、まざまざと思い知らされるなんて… ただ、この関係も服が乾いてさよならしてしまえば終わるのだろうから、あまり気にする事でもないかと、深く考えるのをやめた。 手の痛みはさ程でもないし、彼を支えベットまで移動し寝かせるとそっと布団をかけた。 「ゆっくり休みな」 「ん…ありがとう」 少しは心を開いてくれたんだろうか… ふんわりと微笑み静かに目を閉じた彼の頬にそっと触れると、やっぱりピリッと痛み自分の気持ちを再認識すると同時に、俺はこの厄介な体質を恨んだ。
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