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8話 葵の苦悩
紫雨さんに触れたい…っ
手を伸ばせば直ぐ届くのに、何だか触れてはいけない気がして伸ばした手をそっと引っ込めた。
肩で息をしながらすごく苦しそうだけど、ほっとけって言われてしまったらただじっと待つしかできない。
紫雨さんの腕の痛みは作家さん特有の疲労かなにか、それとも何かの病気なのか…
じっと耐えながら考えてみるけど、そう言えば知らない事が多すぎる。
俺、紫雨さんの事どれだけ知ってるんだろう…
けどそれならきっと紫雨さんも同じだ。
俺だって何も話せてないんだからそんな事、図々しく聞けるはずもない。
そもそも紫雨さんは、何でこんな俺の事気にかけてくれるんだろう。
俺に関わって良い事なんて何一つないのに…
紫雨さんのお陰で、今までより働きやすい環境を手に入れられた事は確かだけど、紫雨さんは一体俺の事…
本当はどう思ってるんだろう…
紫雨さんもアイツらと同じように、都合のいい道具として見てるんだろうか。
でも、そうだとしたらもう捨てられるかもしれないな。
今日ので俺が他でシてる事に気がついただろうから…
でも、俺にはこうするしか他に方法はないんだ。
せっかく気に入って貰えてたのに、また元の生活に戻るしかないのかな…
いや、最初からそんなに長居するつもりもなかったはずだろ?
俺の住むべき場所はこんな居心地のいい場所じゃない、元々住む世界が違うんだ。
どっちにしたっていつまでもここにはいられない。
そうだよ、いずれ離れていかなきゃならないんだから…
そう思うと、心臓の奥がギュッと苦しくなる。
この時俺は、与えられた居心地のいい部屋でも環境でもなく、ただこの人と離れたくないのかもしれない…そう思ってる事に気がついてしまったんだ。
紫雨さんはまだ痛むのか、震えながら時より小さく声を上げる。
痛みを和らげるにはどうしたらいいんだろう…
どうにかしてあげたい…けど何をどうしたらいいか分からなくて、声をかけることすら躊躇してしまう。
触れたいけど触れられない。
こんなにも心配なのに―――
結局俺にはどうすることも出来なくて、悔しくて拳に力を込めて握りしめると、背を向ける紫雨さんから目を逸らしてだただ泣きながら眠りについた…
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