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序章:黄金の午後
とある名もない日の、金色に輝く昼下がり。温かな光で満ちている中、
「泣かないで、アリス」
あの人は、優しい声でそう言った。だけど私の瞳からは、勝手にぽろぽろと涙がこぼれ続ける。
「あの道をまっすぐ行けば、アリスの世界に帰れるから。ね?」
「でも、──────は、一緒に来てくれないんでしょう?」
そう訊ねると──────は、困ったように微笑む。
けれどしゃがみ込んで視線を私と合わせると、──────の翡翠色の瞳と私のそれとが宙の一点を通してまっすぐに絡み合う。
「ねえ、アリス。本は好き?」
「すっ……き……、好き、大好きっ!」
「どうして好きなの?」
「だって知らないことが、たくさん、たくさん書いてあるから」
「そっか、アリスらしいね。それなら大丈夫。僕たちは、また会えるよ」
「えっ、本当……?」
「うん。それまでこの鍵は、アリスが持ってて」
「なあに、これ?」
「これは、僕とアリスを結ぶ物。この鍵がある限り、僕とアリスはまた会える。だからアリス、どうかその日まで、その心を忘れないで──……」
刹那、まぶたに柔らかくて温かな感触が降ってきた。次にそれを開いた時には、──────は、いなくなっていて。残ったのは、私の手の中の鍵だけだった。
この鍵は、私とあの人を繋ぐ大切な──……。
そう、とても大切な物。
それは、六年経っても変わらなくて──……。
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